男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2024/09/26 20:29:43|その他
望み
 人は、自分の希望はちゃんと言うべきだと思っています。言わなければ、最初から相手にして貰えず、積み重ねると人生で大きな損をすることになります。しかし、それに反論されても自分の希望、欲望に固執してはいけません。それが世の中を生きて行くための術だと思っています。
 今日通院して、今度大学病院に入院することになり、看護師さんが聞きました。
「入院なさるときの部屋は個室を希望されますか、相部屋でいいですか?」
 僕は、自分の希望ははっきり言うべきだと思って言いました。
「はい、相部屋が良いです。できれば、若くてきれいな女性と一緒が良いです。」
 途端に今まで陽気で明るかった看護師さんの表情が険しくなっていいました。
「いいえ、それはありません。あなたとの同室は、同年齢の同姓ばかりです。」
 やっぱり個室の方が良いのでしょうかねえ…‥







2024/09/26 6:40:06|エッセイ
牛と女房
 僕の田舎に「牛と女房は、3日目に叩け。」という、女性解放運動家に聞かせたら、頭から湯気をたてて怒られそうな諺がありました。男が結婚したら、最初にビシッと決めておけと言うのです。
 人が2人以上集まれば、どっちかがリーダーを勤めなければ、組織運営はうまくいきません。家庭生活も同じで、一家を運営するには、亭主なり女房なりのどっちかが主導権を取ることになります。
 どっちが主導権をとるかは、結婚生活の最初の時期に決まります。そして最初に決まった関係が一生続きます。以上のような理由から、先の諺が生まれたものでしょう。
 元来、男は弱く、女は強いです。神様は、子供を産み、育てなければならない女性にいろいろな力を与えられました。多弁、泣く、愚痴る、拗ねるといった様々な武器を与えられたのです。世の中の男で、これに泣かされなかった男は、まずいないでしょう。それでは男があまりに可哀想だからと、神様は、男にせめてもの武器として腕力だけを与えられました。
 その点、飼い主さんは立派です。結婚して3日目に、泣く、愚痴る、拗ねるをやって、以後、ずっと僕を尻に敷いています。







2024/09/25 16:23:32|エッセイ
犬と猫
 僕は、犬派か猫派かと聞かれれば、明らかに犬派です。犬は、人間に尻尾を振って懐いてくれますが、猫は、自分中心で人間の機嫌を取ることがないからです。
 子供の頃、家で猫を飼っていました。その猫は、普段は人間に無関心で知らん顔をしていますが、腹が減ったときは体を擦り寄せて来ていました。
 我が家にも似たようなのがいます。まだ若い頃のこと、夜の生活に満足しているときには知らん顔をしていますが、しばらく御無沙汰していると猫なで声になったり、体を擦り寄せて来たりします。
 猫は虎の仲間で、群で暮らしていた狼の子孫の犬と違って、一人暮らしの習性があるので、放っておいても大丈夫なのです。どうも、飼い主さんも同じようです。







2024/09/25 0:29:11|その他
白鳥と女
 白鳥は、バレー「白鳥の湖」の物語のヒロインにもなり、チャイコフスキーの音楽に見られるようにとても優雅なイメージです。湖に泳いでいる姿は、とても優雅です。
 手賀沼に、白鳥が居着いています。夏でも北国に帰らず、丘の上で尻を振りながらヨタヨタ歩いています。彼等の糞はベチャッと汚いし、農作物は荒らすし、子供などが近付けば咬みついたりします。およそ遠くから見る泳いでいる姿とは、イメージが違うのです。
 僕は、高校時代は男女クラスが別々でしたし、その後も男ばかりの社会にいました。遠くから見る女性は、まさに憧れの存在でした。ところが、いざ一緒に暮らしてみると、現実は優雅どころではありませんでした。
 白鳥も、女も、遠くから見ている方が良いのかもしれません。







2024/09/24 3:43:42|その他
 結婚して初めの頃、多くの亭主は自分の妻を躾て思い通りになる女にしようと試みます。僕も例外ではなく、今思えば無駄なことでしたが、やってみました。
 まずは料理、僕は、ごちゃごちゃと手の込んだものはあまり好きでなかったので、飼い主さんが一生懸命料理の本を見ながら作った料理を出してきたときに、「料理は、素材のままの方がおいしいんだ。」と言いました。そしたら、野菜は切っただけ、魚は刺し身だけになりました。
 あまり手を抜くので、「野菜はサラダにするとか、魚でもちょっとは手を加えたらどうなんだ。」と言いました。すると今度はポテトサラダなどスーパーのパックに入ったまま出てくるようになりました。それで、また言いました。
「スーパーのパックではいかにも品がないので、せめて皿に移しかえて出せよ。」
 次のときは、さすがにサラダは皿に移しかえてありましたが、サラダの上の部分には、パックの底のギザギザがついたままでした。気がつかずにそうしたものか、厭味でそうしたものかはわかりませんが、女房の躾は本当に難しいです。
 料理に関しては、あまり余計なことは言わずに、美味しい、辛い、甘いなどだけ言った方が良いのかも知れません。