男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2024/09/15 18:03:09|エッセイ
反省
 今から30年前のこと、宮崎に単身赴任していたとき、町の神社の境内に銀杏(ぎんなん)が落ちていて、誰も拾う様子がないので僕が拾って来ました。
 素手で拾って、手を洗わずにおしっこをして酷い目に遭いました。あそこが猛烈に痒くなったのです。たまたまその日に飼い主さんがやって来ました。久し振りなので向こうはすっかりその気だったのでしょうけど、こちらはそれどころではありません。その結果、すっかり単身赴任中の生活を疑われてしまいました。
 今日は、伊藤公記念館の庭でたくさんの銀杏を拾って来ましたが、昔の反省に懲りて素手で触ることはありませんでした。でも妻に触ることがない今となっては、あそこが痒くても昔ほどの影響はないのですけどねえ・・・・・







2024/09/15 17:36:20|畑と釣り
今日の畑

 昨日は行かなかったので、今日は朝一番で畑に行って来ました。
 昨日の予報では今日は雨が降る予定でしたが、朝から良い天気、雨は降りそうにありません。それでも野菜達は何とか生き延びていました。
 草刈りを始めましたが、暑いのですぐにやめて、茄子やピーマン、インゲン豆などを収穫して帰って来ました。







2024/09/15 0:27:26|エッセイ
ご利益
 僕は、神様でも仏様でもキリスト様でも、ありがたそうなものは何でも拝みます。信心深いというよりは、拝むことによって何かのご利益を期待するからです。
 飼い主さんとの最初のデートは、茨城県の筑波山でした。山登りをすれば、手を握るチャンスくらいあるだろうとの計算からでした。
 筑波山には、男体山、女体山の2つの山頂があって、麓の筑波山神社は縁結びの神様として有名です。
 筑波山のご利益はてき面でした。結局、その半年後に僕達は結婚しました。
 結婚を望む人達には、筑波山参りのデートをすることをお勧めします。縁結びのご利益てき面ですから。
 但し、神様はせっかちで、必ずしもベストカップルだけを結びつけるわけではありませんので、ご了承ください。







2024/09/14 5:15:50|エッセイ
見合い
 我々は、デートのときなど、着る物を選び、髪をなでたりして、自分を飾ります。ありのままの姿を見て貰うより、自分の一番良いところを見て貰うためです。
 遠い昔、故郷に帰省したある夏の日に、見合いをしました。喫茶店で会ってお茶を飲んでから、後はお決まりのパターンで、「それではお二人で」ということになりました。僕は、彼女と海岸を散歩し、ボーリングに行きました。海岸では、随分ロマンチックな雰囲気にもなりました。
 ボーリングに行ったとき、小柄な彼女の薄いブラウスの上から見ると胸が小さいのです。僕の感覚だと、見合いをするときくらい自分の一番いいところを見て貰うよう努力すべきで、彼女もパットくらい入れていても良いのではないかと思いました。結局、彼女との話は流れました。
 その点、今の飼い主さんは立派です。最初の出会いはミニスカートでしたし、化粧も上手で、おまけにボインです。僕は、こっちに決めました。
 それから数十年、どっちが良かったのか、今の僕にはわかりません。







2024/09/12 5:23:33|エッセイ
廻し
 売春防止法が施行されるまでは、公認の廓がありました。中でも有名なのが、3大廓と言われた大阪の新町、京都の島原、東京の吉原です。
 吉原には、�W廻し�Wと言われる独特の制度がありました。花魁(おいらん)が、一晩に複数の客を取るのです。江戸幕府が開かれたときたくさんの男が集まって来て女が少なかったことからそうなったのでしょう。
 客たちは、花魁の気を惹くために気を使い金を使いましたが、花魁にも好き嫌いがあって、嫌な客のところには足が遠のいてしまいます。高いお金を払って花魁が来ない客はたまったものではありません。そのことは、しばしば落語のネタになっています。
 にも拘わらず、吉原の大門を潜ることが男達の夢だったと言います。
 そんな吉原ですが、昭和33年3月31日の売春防止法の施行に伴って姿を消し、男の夢がひとつ消えてしまいました。