男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2024/10/06 4:03:27|その他
北風と太陽
 イソップ物語の「北風と太陽」は、僕が好きな話のひとつです。
 北風と太陽が、どっちが旅人の外套を脱がせるかを競うことにしました。まず北風が吹くと、旅人はますます外套の襟を立てました。次に太陽が暖かくふりそそぐと、旅人は外套を脱ぎました。
 この物語で、旅人の外套とは人の心です。人の心を開かせるのに北風のように厳しくアプローチするのが良いのか、太陽のように優しくアプローチするのが良いのかを物語で教えているのです。
 人間には、2種類のタイプの人がいます。強く出ると言うことを聞くが下手(したて)に出るとバカにして言うことを聞かない人と、強く出ると反発するが優しく頼むということを聞いてくれる人です。前者には北風的アプローチが有効で、後者には太陽的アプローチが有効です。
 僕は、飼い主さんには太陽のごとく優しくすれば、素直に言うことを聞いてくれるものだと思っていました。ところがそうではなく、優しくしたらバカにして言うことを聞かないし、だからと言って強く言えばふて腐れてしまいます。
 世の中には、強く出ると反発してふて腐れ、優しく下手に出ると付け上がるタイプの人間がいて、飼い主さんはまさにそのタイプだったのです。







2024/10/05 5:35:15|その他
ときめきか安らぎ
 昔、作家の渡辺純一が、何かの本に書いていました。
「男が女に求めるものは、ときめきか安らぎである。」
 そうです。恋をしているときにはときめきを感じさせ、結婚したら安らぎを覚えさせてくれる女性が、まさに男にとって理想です。
 この話を息子にしたら、息子が言いました。
「父ちゃんは、可哀そうだね。母ちゃんにはどっちもないもんなあ。」
僕に似て正直な息子です。
 それにしても、安らぎが欲しい今日この頃です。







2024/10/04 5:19:10|エッセイ
指輪か首輪か
 キリスト教の結婚式では、指輪の交換が大きな意味を持つようです。
 その昔、友人のお嬢さんの結婚式のときのことです。指輪の交換のとき、神父さんが、これからお互いの結婚生活を大事にしていかなければならないというようなことを言ってから、「では、これから指輪の交換をします」と言いました。この神父さん、流暢な日本語を話すとはいえ、何分にもスペイン人です。少しですが訛りがありました。僕には、「指輪」が「首輪」に聞こえてしまうのです。
 考えると、指輪も首輪も、意味するところはそんなに違わないのではないかという気がしてなりません。どちらも結婚により相手を束縛するものです。まさか首輪をして歩く訳にいかないから、首輪の代わりに指輪をするのではないかとさえ思ってしまいます。
 もしかしたら、あの神父さんは、本当に首輪と言ったのでしょうかねえ。そうだとしたら、彼は人生を熟知した立派な哲学者かも知れません。







2024/10/03 14:25:32|茶臼山
神様はご存じ

 畑から帰って来て、そのまま茶臼山に登って来ました。
 登山口に神社があっていつもお祈りをしているのですが、今日は山での安全と雨が降らないようにと祈って来ました。
 雨の後なので登山道の落ち葉が濡れていましたが、お陰様で尻餅をつくこともなく、また登山中は雨が降らず帰って来た今になって雨が降り始めました。
 神様は、僕の日頃の行いが良いことをちゃんとご存知で、祈りを受け入れて下さったのです。
 皆さん、日頃の行いが大事です。神様はちゃんと見ておられるのですから。







2024/10/03 2:08:57|エッセイ
結婚指輪
 最近は、若い男性でも結婚指輪をしている人がけっこう多いように思います。夫婦の絆の強さを示しているようで、見ていても微笑ましいものです。
 僕も、結婚前に飼い主さんから、「結婚指輪はどうしますか。」と聞かれました。僕は、何も鎖から放たれた犬が、首輪をつけて歩く必要はなく、「僕には妻がいます。」と、宣伝しながら歩く必要もないから、「お前には買ってやるが、僕はいらない。」と答えました。そして僕は、指輪の代わりにライターを買って貰いました。
 僕のライターは数年でなくなりましたが、飼い主さんはいつも指輪を着けていました。僕は、自分が飼い主で、飼い主さんが飼い犬であるような錯覚と満足感を覚えていました。
 ところがそれから10数年、あるときふと見ると、飼い主さんの薬指に指輪がありません。どうやら飼い主さんも、放し飼いの味を覚えたようでした。