妖精の歌−01− その日は、朝から雨でした。間もなく梅雨入り宣言がされてもおかしくない時期のことです。前からメール交換をしていた美鈴から、和歌が届きました。そこには、こう書かれていました。
「空泳ぐ 雲に変わりて ふわふわと 君住む町に 辿り着けたら」
まだ30歳にもならない美鈴と、50歳になろうとしている私のメール交換が続いているのも考えてみれば不思議なことです。メールフレンド紹介コーナーで知り合って、交換するメールの内容でお互いのフィーリングがピッタリ合って、こうして1年も続いているのです。私の方からは趣味で書いているエッセイを、美鈴からは日々のでき事や、ときおり和歌や俳句を送ってくれていました。人と人の心が結ばれるのに、年齢は関係ないようにも思います。最初はインスピレーションで近づいたとしても、その後お互いが理解し合おうとすれば、人間関係は深まって来るのです。この句を読んで、私の胸がなぜか騒ぎました。それは不思議な感情でした。大きく胸が騒ぐのです。それは句に感動したというより、句の内容、句から伝わって来る美鈴の心に感動し、恋心のようなものが急に芽生えたのでした。 人と人の心が年齢差を超えるものであっても不思議はないのですが、それが男と女の間であったとすると事情は違って来ます。50歳、もう世の中のことを概ね知り尽くし、何があっても驚くこともなく、また感動する気持ちさえ失い掛けている年齢なのに、こんな胸騒ぎがする、それは自分にとっても信じられないような現象でした。 そのときから、私はいても立ってもいられないような気持ちになっていました。美鈴はどんな人だろう、保育園で保母さんをしているというから優しくて子供好きなのだろうし、メールの内容からしてもきっと頭のいい人に違いないなどと考えますが、実際に会ったこともなければ写真さえ見たことがありません。 私は、空想が膨らむとともに、「一度でいいから会ってみたい。」と思うようになりました。 思い込むと、居ても立ってもいられなくなるのが私の性格です。しかし、一方で躊躇がありました。私と美鈴の年齢差、しかも私は結婚しており、それに美鈴を女として意識しているという引け目です。もし会いたいなどというメールを送って美鈴に嫌われたらどうしようという気持ちもあり、しばらく私は悶々とした日々を送りました。そういう心の中の障害が大きければ大きいほど、会いたいという気持ちは募ります。 何日かそんな苦悶の日々を送り、とうとう自分の感情に勝てず、「美鈴さんに会いたい。」というメールを送りました。 ―続く― |