男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2025/02/02 6:54:54|小説「妖精の歌」
妖精の歌−06−
妖精の歌−06−

「気持ち悪いわ。」
 幽霊屋敷の前で、思わず美鈴が私にしがみつきます。次のシーンでは、四谷怪談のお岩さんが井戸の中から出て来ているのですが、顔が怖いくらいでとてもリアルです。次のシーンでは、いろいろなお化けがいました。ろくろ首や、一つ目小僧、傘のお化けなどがたくさんいます。お化けもたくさんいると賑やかです。
 美鈴も、ちょっとホッとした様子です。次のシーンは荒れ果てた野原、人魂がふわふわと飛んでいます。奥の壁が開くと、そこからゆっくりと人形が出て来ます。やせ細って、青白い顔は焼けただれ、見るからに恐怖心を煽るような幽霊がこっちに近づいて来ます。美鈴が、怖そうに私に体を寄せます。
いよいよ近づいて来たとき、その人形が急に歩き出して美鈴に襲いかかりました。
「キャーーー!」
美鈴が、私にしがみつきます。実はそれは人形ではなく、本物の人間だったのです。
そのとき、美鈴の胸が私の腕に触れました。私は、彼女の身体がビクッと震えたのを敏感に感じ取っていました。
「ごめんなさい。」
あまりにびっくりした美鈴に、幽霊が謝っていました。
 幽霊屋敷を出た私達は、再び遊園地の中を歩いて行きます。ジェット・コースターやフリーフォール、幽霊屋敷などでお互いに恐怖感を体験した私達の心はすっかり近しいものになっていました。
 遊園地を出る頃には、太陽は富士山の陰に隠れていました。私は美鈴の車の助手席に乗っています。そのまま樹海の横を通り過ぎて南下して行きますが、私はこのまま帰ることに寂しさを感じます。
 遠くにモーテルの看板が見えたとき、美鈴の耳元で言いました。
「ねえ、あそこで休んでいかない?」
これは自分でも思っていない言葉でした。
 恐怖による緊張は、人の心を昂ぶらせます。普段なら素敵な美鈴にこんなことばを言う勇気はなかったでしょう。しかし、この時はごく自然に口から出たのです。
 美鈴は、ちょっと躊躇ったようでした。しかし、私の方を一瞥すると、「いいわ。」と言って、ハンドルをモーテルの方に切りました。
                ―続く―







2025/02/01 4:29:36|小説「妖精の歌」
妖精の歌−05−
妖精の歌−05−

「ねえ、あっちにフリー・フォールがあるわ。あれに乗ってみましょう。」
美鈴がまた楽しそうに言います。私は、すぐにと言われてもちょっと躊躇します。
「ねえ、何か食べてからにしようよ。」
「いいわ。」
 私達は、レストランに入ります。遊園地のレストランなので、大したものはありませんが、それでも十分に遊んでお腹が空いているのでおいしく感じます。美鈴も、私も、ハンバーグ・ライスに舌鼓を打ちます。
 食事が終わってから再び遊園地の中を歩いてフリーフォールに向かいますが、途中で私はアイスクリームを買います。
「ねえ、これを食べてからにしよう。」
ひとつを美鈴に渡します。二人は、手を繋いで歩きながら、アイスクリームを食べます。私にしてみればこんな形でアイスクリームを食べるのは何年振りでしょう。
 やがてフリーフォールの前に来ますが、また恐怖で胸が高鳴ります。すぐに座席に座れます。美鈴と並んで座り、安全ベルトを締めるとゆっくりと昇って行きます。高いところが嫌いな上に、そこからフリーフォールすると考えただけで、肝が縮み上がる思いです。
 段々高くなって下の景色が小さく見えるようになります。いつ急落下するかと思うだけで私は全身に力が入り、美鈴の手を強く握り締めていることにも気がつきませんでした。
 落ちる瞬間は、ほんの数秒なのでしょうが、私には長い地獄への坂道を落下しているように思えました。乗り物から降りても、しばらく胸が高鳴っていました。
 それからしばらくベンチに座って休憩です。
「美鈴さんは、高いところ平気なんだね。僕は、どうも苦手で・・・。」
「そうみたいね。私の手をしっかりと握っていたわ。」
「ごめんね。」
「いいの、三橋さんのそんなところが、好きだわ。」
「いやー、大の男が恥ずかしい。」
 しばらくお喋りをしていましたが、このときふと思い付いて私が言います。
「ねえ、あっちの方にお化け屋敷があったけど、行ってみない?」
「えっ、お化け屋敷?」
「幽霊屋敷だったかな?」
「私、そういうのは苦手だわ。」
「スリルがあって、おもしろいよ。行ってみよう。」
 今度は私が手を引いて行きますが、美鈴の方が、腰が引けています。入り口にから入って行くと、早速、お墓に蜘蛛の巣があって骸骨やら死体が転がっていました。
                ―続く―







2025/01/31 6:12:23|小説「妖精の歌」
妖精の歌−04−
妖精の歌−04−

 富士急ハイランドに着いたときには、昼前になっていました。平日の遊園地は空いていて、中を見るのも乗り物も待つ必要はありませんでした。コーヒー・カップやメリー・ゴーランドなど、次々と乗ります。昼食時になりますが、先程蕎麦を食べているのでそのまま乗り物に乗り続けます。
「ねえ、ジェット・コースターに乗ってみましょうよ。」
美鈴が言います。
「うん。」
 そうは言うものの、私は生返事です。実は私は高いところが大嫌い、怖いのです。そんな雰囲気を察してか、美鈴は余計嬉しそうに言いました。
「さあ、こっちよ。誰も並んでいないわ。すぐに乗れるわ。」
 私は、そんな美鈴に手を引かれながら、ジェット・コースターの方に歩いて行きました。 私は、美鈴に手を引かれるようにして、とうとうジェット・コースターの前まで来てしまいました。前に数組の人達がいますが、これでは順番を待つまでもなくすぐに乗れそうです。向こうを走っているジェット・コースターからは、キャーキャーという叫び声が聞こえています。その声を聞いただけで怖じ気づいてしまうのですが、美鈴はすぐ側にいるので怖そうな素振りもできません。
 やがてコースターがこっちにやって来て、ゴトゴトと音を立てて目の前で停まります。前の若者が、一番前に座ったので、私はちょっとホッとします。
「一番後ろが空いているわ。あそこにしましょう。」
 私は、また美鈴に手を引かれて一番後ろに座ります。アームが降りてきて膝が固定され、車両が発車します。ゴトゴトとゆっくりと最初の坂を登って行きますと、私の前のアームを掴んでいる手に力が入ります。
 坂を上り詰めたところから、最初の急降下です。車両の急降下とともに、スーッと胃袋が突き上げるような感覚が私を襲います。横の美鈴はキャーッといいながらも、嬉しそうです。私は、脇目も振らずに必死でアームを掴んでいます。最初の急降下が終わり、次の登りに差し掛かって車両のスピードが落ちたところでホッとする暇もなく、次の急降下です。私の全身はすっかり固くなっていますが、美鈴は私の腕に掴まって楽しそうにしています。そんな急降下が数回あって、コースターは元のところに戻ります。
「アー、楽しかったわね。」
 美鈴が、本当に楽しそうに言います。私は、黙って頷いたものの、心臓はまだ高鳴ったままでした。
                ―続く―







2025/01/30 6:26:43|小説「妖精の歌」
妖精の歌−03− ​​​​​​​
妖精の歌−03−

 私達は駐車場に向かい、美鈴の車に乗り込みます。美鈴の運転は、なかなかのものでした。けっこうスピードは出すのですが運転そのものは慎重で、停まるべきところは停まり、スピードを落とすべきところはゆっくりと走っていました。
 富士山の五合目までは1時間ほどで着きました。天気も良く、五合目からの景色は遠く山並みが見え最高でした。二人並んで景色に見入っていましたが、寒いので私は美鈴の肩を抱きます。最初に美鈴の肩に手が触れたとき、美鈴の体がビクッと震えたようでした。しかし寒くなって、すぐに茶店に入ります。
「ちょっと寒いね、蕎麦でも食べようか。」
「ええ。」
 私は、美鈴といっしょにいることで、日頃の落ち着きをすっかり失っていました。自分では冷静を装っているつもりなのですが、ときどき声がうわずったりします。
 茶店での蕎麦は、とてもおいしく感じました。多分、普段の日に町で同じ物を食べたとしたら決しておいしいとは感じなかったと思いますが、山の上であること、美鈴といっしょにいることでとてもおいしいと感じることができたのです。
「私と会って、こんなおじさんなので失望しませんでしたか。」
「いいえ、とても楽しいですわ。」
「そう言ってくれて、ホッとしました。」
 普段、飲み屋なんかでママさんや女の子をからかっているときにはもっと陽気にフランクに喋ることができるのですが、今日はなぜかうまく話ができません。それは若い美鈴を相手にしているからなのですが、上手に話をしようとすればするほどぎこちなくなってしまいます。話も、つい途切れがちになってしまいました。
 いっしょに蕎麦を食べ終わると、再び車に乗って山を下りて行きます。途中、遅い桜が咲いています。
「きれいな桜だね。ちょっと降りて見てみようか。」
「じゃあ、車を停めるわ。」
 私達は車を降り、桜のところに行ってみます。このあたりの桜は背丈も低く、花も小さいのですが、それが可憐さを引き立てています。
「じゃあ、そこに立ってごらん。写真を撮ってあげよう。」
 美鈴が一本の桜の木の前に立ちます。私は、美鈴と花の美しさに感動し思わずシャッターを押し続けていました。
               ―続く―







2025/01/29 14:35:34|小説「妖精の歌」
妖精の歌−02−
妖精の歌−02−
 美鈴も、私の会いたいというメールに、すぐにOKの返事をくれました。
 美鈴は、土曜日は仕事が多く、その代わりに平日に代休をとることが多いというので、美鈴が休みの日に合わせて私も休暇を取って会うことにしました。
 その日からの私は、夢のような毎日でした。美鈴に会える、そのことで人生がバラ色のように思えてきていました。バラのような毎日の間にも、私は美鈴とメールで連絡を取り続け、会う時間と場所を相談しました。その間私はメールの中で、美鈴を女として意識しているような表現は極力避けるようにしていました。自分ではサラリとした表現のつもりですが、美鈴がどのように受け取ってくれているかはわかりません。
 約束の日が次第に近づいて来ます。それとともに、期待感の反面、私は一種の不安のようなものを感じるようになっていました。美鈴と会うのはいいけど、会って嫌われたらどうしよう、美鈴はまだ若いし夢見る乙女なのに目の前にこんなおじさんの姿を見て失望されたらどうしようなどと不安が募ってきます。
 しかしとうとう約束の日がやって来ました。私達は新富士の駅で朝の9時過ぎに会うことにしていました。今日は日帰りの出張だということにして家を出て、東京駅に出て新幹線に乗り、新富士まで行きます。新富士に着いて改札口で見渡すと、手を振ってくれる女性がいました。とても清楚な感じの女性です。初めて会うのに、私はそれが美鈴だとすぐにわかりました。
「美鈴さん。はじめまして。三橋です。」
「はじめまして、美鈴です。」
お互いに遠い親戚に久し振りに会ったような、親しそうで他人行儀なちょっと不自然な挨拶でした。
「美鈴さんって、こんなに素敵な人だったんだ。」
私が、間を持たせるように言います。
「いつも楽しいメールをありがとうございます。」
美鈴が、上手に合いの手を打ってくれます。
「じゃあ、どこかその辺でコーヒーでも飲もうか。」
「もし良かったら、どこかドライブでもしません?私、車で来ていますから。」
「いいね、でもどこがいいだろう。私は、この辺はあまり知らないのです。」
「じゃあ、私が案内しますわ。富士山に行って見ましょう。それに富士急ハイランドは平日なので空いていますけど。」
「遊園地か、それもいいね。子供に返ったような気持ちになれるしね。」
話はすぐに纏まりました。
                     ―続く―