タクシードライバー−35−
お寺で祈る久美子の後姿を見て、俺はいじらしいと思った。身近な若い女が神仏を祈る姿を見たのは初めてである。感動さえ覚えた。 深大寺を出ると、通りに歩いて行く。通りの左右には、昔ながらの蕎麦屋やみやげ物屋が軒を並べて客引きに賑やかな声を張り上げている。久美子は楽しそうにそれを見ながら歩いて行く。俺はゆっくりと久美子の後ろを歩いて行った。通りを過ぎると水性植物園がある。ここは湿地帯で、さほど賑やかでもなく、咲いている花も水辺の植物ばかりである。 「ねえ、写真を撮るよ。」と声を掛けると、久美子は私の方を向いてポーズをとった。 写真を撮ると、俺の方に寄って来て腕を組んだ。腕を組んだまま、湿地の中の遊歩道をゆっくりと歩いていく。あまり背の高くない久美子の髪の毛がときおり俺の頬に触れる。俺は、久美子を本当に愛おしいと思った。 水性植物園を一通り歩くと2時近くになっていた。俺達は出口のところにある蕎麦屋に入り、二人は深大寺蕎麦を食べた。いつも思うのであるが、久美子の食べ方は品が良い。ゆっくりと箸を運んで、スーッと口に入れて食べる。ゆっくり噛むのだが、その唇の動きも可愛い。俺は、そんな久美子の様子を眺めながら自分も蕎麦を食べた。 蕎麦を食べ終わると、再び深大寺の横を通って、植物園に戻る。森陰を歩いていると、初夏とも思えるような風が頬を撫でる。朝10時から歩いていたので、かなり疲れを覚えている筈であるが、久美子にはそのような気配はなかった。 一通り園内を回ったところで、植物園を出てバスに乗った。 「楽しかったわ。」 「うん、疲れなかった?」 「平気よ。」 「ところで深大寺では一生懸命拝んでいたけど、何を拝んでいたの?」 「ええ、良いことよ。幸せになれますようにって拝んでいたの。」 「ふ〜ん。」 俺は、どんな幸せを願って拝んだのか聞きたかったが、それは聞かなかった。 電車に乗り、東京駅まで来るときも、久美子はしきりに楽しかったことなどを喋り続けていた。 東京駅に着くと4時になっていた。俺と久美子は電車が違うので、そこで別れる。 別れ際に久美子が言った。 「ねえ、また行きましょうね。」 俺は、「うん。」と答えた。 −続く− |