タクシードライバー−40−
ある日、俺は一人でひろみに飲みに行った。 その日は最後の客にいろいろ文句を言われて腐っていたので、飲まないつもりだったのだがアパートにいてもクサクサして、つい一人で飲みに行ったのである。 一人で飲んでいると、淑子がやって来た。 「あらっ、寛君、今日は一人?」 「うん。」 「文雄君は一緒じゃなかったの?」 「ああ、今日は飲まないつもりだったんだけど、ちょっとお客さんとトラブルがあって嫌な気分だったからつい出て来てしまったんだ。」 「そうなの・・・」 そこまで言うと、淑子は奥に入って、ママである博子のところに行って、仕込みを手伝い始めた。俺は、しばらくカウンターの隅っこで、一人で飲んでいた。 その日は、なぜか客が少なかった。しばらくすると、仕込みも終ったらしく、博子と淑子がカウンターに出て来た。俺は二人と世間話のようなことを喋っていたが、何となく気乗りがしなかった。他に客がいないので帰りづらく、だらだらと時間を過ごした。 時計を見ると9時、他の一組の客が来たところで、俺は席を立った。勘定を済ませて、店を出て、駅までの道をトボトボと歩いていると、後ろから呼ぶ声がした。 「ねえ、寛さん、待ってよ。」 振り向くと淑子だった。 「店は11時までじゃないの?」 「う〜ん、ママさんが今日はお客さんも少ないし、もう帰っていいって。」 「ふ〜ん。」 「ねえ、寛君、もう少し飲んで行かない?」 「うん、明日は休みだからいいけど。でも、あんまりお金がないんだ。」 「大丈夫、私、少しならあるわ。」 二人は、駅前の居酒屋に入った。俺は、ひろみでもう飲んでいたので、専ら淑子が飲んだ。 「ねえ、寛君は、今は彼女いないの?」 しばらく話をしていたとき、淑子が聞いた。 「今はって、昔からいないよ。」 「だって、この前までいたじゃない。」 「いや、彼女は別に好きってことじゃなかったんだ。」 「でも、いつも一緒に飲みに来ていたわ。彼女のこと、好きだったんでしょう。」 「そりゃあ、嫌いじゃなかったさ。彼女、お嬢さんなんだよ。あまり外で飲むこともないって言うから、連れて来ただけなんだ。」 「そうなの。でも、いつも仲良さそうにしていたわ。」 「何だか、妹みたいな気がしていたんだ。恋人とか、結婚相手とかとは、全然違う気持ちだったんだよ。」 「ふ〜ん。」 「ねえ、寛さん、わたしのことどう思う?」 「えっ、どうって?」 「私、寛さんのこと、好きになっちゃったの。」 「えっ、でも文雄のことは?いつも仲良く飲んでたじゃないか。」 「だって、寛さんに彼女がいると思ってたんだもの。」 「・・・・・」 俺は、何と言っていいかわからず、しばらく黙っていた。 −続く− |