タクシードライバー−49−
翌日も、その翌日も淑子の機嫌は良くなかった。今まで俺のアパートに来ていた頃はそんなことはなかった。だからと言って、何となく不機嫌なだけで、具体的にこれといって咎めるようなこともない。その夜、俺は淑子が欲しくなり、布団の中で身体に触れようとしたら、拒まれた。これも初めてのことである。 「どうしたんだ?」 「今は駄目なの。」 「えっ?」 「駄目な日なのよ。」 「そうか・・・・・」 やっと俺は今までの不機嫌なわけがわかった。生理だったのである。女が生理のとき万引きに走ったり、やたら不機嫌なことがあるということは聞いていた。しかし現実に目の前で見ると、女というものは男とは違う不思議な生き物のような気がした。 翌日からは、元の機嫌が戻っているようだった。 「生理のときは、いつもそうなの?」 「ええ、全身がだるくなって、人と話もしたくなくなるの。」 淑子は、そう言って微笑んだ。淑子の笑顔を見るのは久し振りのような気がしていた。 乗務は特に変ったこともない日が続いた。サラリーマンを乗せて、後ろで携帯電話で話しているのを聞いていると、自分がサラリーマンだった時代を思い出す。あの頃に比べると、今の俺の方が生き生きとしているように思える。 人間には、社会に属していなければ落ち着かない者と、社会の中では落ち着かない者がいる。俺なんかは後者である。組織の上からああでもないこうでもないなどと言われると、それだけで不安になってしまう。 タクシーの運転手として収入はマアマアであるが将来に希望はない。おそらく運転手をしている限り、昇給はあまり望めない。それでも俺は構わなかった。自分の心を苦しめながら生きて行くよりは、他から責められることなく気楽に仕事をしている方が気楽だった。 淑子と住むようになって半年ほどしたときである。この日も淑子に何となく元気がない。俺はまた生理でも始まったのかと思い、知らん顔をしていた。とにかく不機嫌なときは知らん顔をしているのが一番無難であることを悟っていた。 更に一週間ほどしたとき、淑子がポツリと言った。 「生理がないの。」 「えっ?」 俺は驚いた。 そう言えば、心当たりがないわけではない。 「いつからなんだ。」 「実は、もう2週間も遅れているの。今までこんなことはなかったわ。」 「ということは・・・・・」 「もしかしたらね。」 「とにかく医者に行ってみるしかないなあ。」 「ねえ、もし妊娠していたらどうする?」 「どうするって、まさか・・・」 「私、堕した方がいいのかしら。」 淑子は不安そうにそう言った。 −続く− |