男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
タクシードライバー−54−
タクシードライバー−54−

 赤ん坊は、淑子によく似た赤ん坊だった。産まれて3日目、俺達は、子供に優美子と名付けることにした。
 淑子は入院しているので、俺が区役所に届け出た。俺は、毎日のように病院に行き、二人の顔を見るのが楽しみだった。
 5日目に淑子が退院して来た。まだ赤ん坊の扱いにも慣れていない二人にとって、最初は大変であったが、淑子の母親が手伝いに来てくれたりしたので、何とかなった。
 ある日、月島のあたりを流していると、無線が入った。月島の近くにいる車両は、至急3番地のマンションに行って欲しいということである。俺はすぐに返事をして、急行することにした。
 マンションに着くと、玄関に60前後と見える女が立っていた。こっちこっちと手を振っている。
「すみません、急いで築地の病院に行って欲しいのです。」
「はい、わかりました。どうぞ、乗ってください。」
「いえ、私じゃなくて娘なんです。今、呼んで来ますから。」
そういうと女は奥に入って行き、やがてお腹の大きな若い女性を連れて来た。苦しそうにしている。
「この娘が、急に産気づいたのです。急いでお願いします。」
 俺は、その妊婦を丁寧に乗せると、病院に向かって急いだ。たまたま今日は月末、外は雨模様、道路が混んでいた。信号の2つ待ち、3つ待ちが当たり前のような混み方である。後ろでは、妊婦が時折苦しそうな声を上げている。俺も焦るが、渋滞だけはどうしようもない。母親の方は、「大丈夫?もう少しよ。」と言いながらも、焦りを隠しきれないようである。「救急車にすれば良かったかしら。」などと言っている。
 俺は、交番の前に来たとき、車を降りて駆け込んだ。
「お巡りさん、お客さんが産気づいているのです。すみませんが、パトカーで先導して貰えませんか。」
「なに!どこまで行くんだ?」
「築地の病院です。」
「よっしゃ、任せとけ。俺も、孫が産まれたばかりなんだ。急ぐから、離れるなよ。」
定年が近そうな警察官は、そう言うとすぐにパトカーを出してくれた。さすがパトカーの威力は大したものである。サイレンを鳴らすと、車がみんな避けてくれる。パトカーはすぐに広い通りに出て、そこからは他の車をかき分けるように順調に走った。俺は、パトカーの後を悠々と走って行った。普段、取締りをしているときの警察官はあまり好きになれないが、こういうときは頼もしい。
 病院に着くと、警察官の方で連絡しておいてくれたのだろう、移動用の寝台を準備して待っていてくれた。俺が車を付けると、すぐに妊婦を寝台に乗せて運んで行った。
 俺は、車を降りて警察官に礼を言った。
「いや、なにね、俺も孫が産まれたばかりなんだ。孫は、可愛いぞ。」
「はい、お巡りさん、実は私も娘が産まれたばかりなんです。」
「アハハッ、そうか、お互いにいいことをしたなあ。」
「はい、今の人も、無事に元気な子供が産まれて来るといいですね。」
「そうだなあ、今の日本、結婚しないとか、子供を作らないとかいう若者が多いみたいだが、子供は国の宝さ。元気に産んで、元気に育って欲しいものだよ。」
警察官は、そう言ってパトカーで帰って言った。俺は、優しかった祖父を思い出し、その後ろから深々とお辞儀をしていた。
                 −続く−







タクシードライバー−53−
タクシードライバー−53−

 その後、しばらく淑子もお腹の子供も順調だった。検診に行くと、心音が聞こえたとか、頭の形がエコーに映っていたとか言っては、嬉しそうに俺に報告した。
 俺もエコーの写真を見せられると、父親になるのだと思うのだが、なかなか実感としては湧いて来ない。お腹もだんだん大きくなって行き、ときどき実家に帰っては親に見せているようだった。一方、俺の母親はたまに電話を掛けては来るが、顔を見せることはなかった。親父や兄貴の方は、どうもまだ結婚そのものに賛成をしていないようで、これを淑子は気にしていた。
 8か月に入って淑子は産休に入った。収入が減るのは気になったが、淑子の実家の方から出産費用は出してくれるというので、何とかやって行けそうである。
 いよいよ予定日が近づいて来るが、一向に産まれる気配はない。俺は仕事に出掛ける度にまだ産まれそうにないかと聞いたが、全然ないと言う。とにかく気配があったら電話をするように言っては家を出た。
 予定日を1週間ほど過ぎたとき、淑子は「あまり遅いので、今日は病院に行って来る。」と言った。その日、帰ってみると、淑子はいなかった。しばらく家で待っていると、淑子の母親から電話があって、そのまま入院したと言った。俺は自分の母親にもうすぐ産まれるかも知れないと電話をして病院に急いだ。
 既に淑子は出産を促すための点滴を受けていた。しばらくすると、看護士がやって来て、淑子を分娩室に運ぶ。俺は祈るような気持ちで、病院の廊下をウロウロしていた。その気持ちは淑子の両親も同じなのだろう、何となくそわそわしているようである。
 しばらくすると、母親が親父と兄貴とともにやって来た。
「寛、どうなんだい?」
「うん、今、分娩室なんだ。」
ここで俺は、母親と兄貴を淑子の両親に紹介した。
「はじめまして、寛がお世話になっています。」
「いいえ、こちらこそ。元気に産まれて来るといいのですが。」
母親同士は挨拶を交わしているが、親父と兄貴は黙ったままである。俺はちょっとムッとしたが、相手の親の手前何も言わないでいた。
 女の子が産まれたのは、もう深夜だった。看護士がやって来て、「元気な女の子です。お母さんも元気ですよ。」と言った。
 このとき、親父や兄貴の顔にも笑顔が見られた。分娩室の入り口から、母娘の様子を見る。淑子もそれがわかったのだろう、こっちを向いて手を振った。
 翌日、俺は会社に休みを貰って、病院に行った。もう淑子が子供を抱いていた。子供の手は小さいが、ちゃんと指が5本、大人と同じようにあることに不思議な感覚を覚えた。
 病院にいると、淑子の両親に続いて、親父と母親がやって来た。
親父が、淑子に言った。
「寛の父親です。お産、ご苦労さまでした。母子共に、元気で何よりです。」
俺は、親父と淑子がうまく行きそうなので、ホッとした。
                −続く−







タクシードライバー−52−
タクシードライバー−52−

「マア!それは本当なのかい?」
母親は、しばらくしてから言った。
「うん、そうなんだ。俺達、一緒に暮らしているんだよ。」
「それって、いつから?私達には何も言わないで。」
「もう半年になるかなあ。」
「そう・・・」
母親は、まだ事実を十分に飲み込めていないような口ぶりである。
「まあ、お二人ともお上がりなさいよ。」
そう言って、淑子の手を取るように家の中に連れて行った。
「それで淑子さん、何か月になるの。」
「はい、今3か月に入ったところです。12月に産まれる予定です。」
「そう・・・、では結婚するしかないわね。あなた達、結婚式はどうするつもりなの。」
「うん、とりあえず式はしないで、月曜日にでも、籍だけ入れるつもりなんだ。」
「そうなの・・・、後でお父さんに報告しておくわ。それに義彦にも言っておかなくちゃ。」
「兄貴かあ、反対するだろうなあ。お母さんからよろしく言っておいてよ。俺は、苦手なんだ。別に式を挙げる訳じゃないからいいだろう。」
「そうねえ、今更取り返せる話じゃないし、仕方ないわね。」
1時間ほどいて、俺達は家を出た。
「これで一段落だ。さて、次は月曜日に籍を入れに行くだけだね。」
「お兄さん、大丈夫かしら。」
淑子が心配そうに言った。
「ああ、大丈夫さ。俺は何と言われたって、お前と結婚するんだ。」
 翌週の月曜日、俺達は午前中休みを貰い、早速入籍した。
会社に提出するための新しい戸籍謄本と住民票を貰って見ると、俺の名前の横に淑子の名前が書かれている。何となく結婚したんだという実感が湧いてくる。
そのまま会社に行き、二人で乗務の部長のところに行って、結婚したことを報告した。
「エッ、お前達、いつの間にそんな仲になっていたんだ。」
「すみません、報告が遅くなりまして。」
「うん、マアおめでたいことだからいいけどねえ。」
「俺達、式は挙げないつもりなんです。」
「そうか・・・」
翌日のことである。部長が俺達を呼んだ。
何だろうと思って行ってみると、「これは俺達の気持ちだ。」と言って、祝儀袋をくれた。
そこには「乗務部一同」と書いてあった。みんなが揃うことのない乗務部、部長が代表して渡してくれたものだった。俺達は、深々と頭を下げて部長室を出て来た。
 その後、しばらく淑子は順調だった。4か月を過ぎる頃になって、少しお腹が膨らんできたようである。俺達は、いずれ隠しておくこともできないからと会社に妊娠の報告をすることにした。
 俺が一人で部長に言ったとき、「アハハッ、結婚が急だと思ったらそうだったのか。」と言って大きな声で笑った。俺は、黙って立っていた。
                    −続く−







タクシードライバー−51−
タクシードライバー−51−

 それからしばらく、俺達は会社には、一緒に住んでいることも妊娠したことも言わないでいた。無論、淑子は定期健診のときは会社を休み、俺は仕事が終ると真っ直ぐ帰って来ていた。運転手達は気づかないにしても、心配なのは景子だった。景子は独身にせよ、女である。女の勘は恐ろしい。男では気づかない女の変化に気づいてしまう。こっちが言い出す前に景子に噂されるのが嫌だった。
「ねえ、そろそろ会社に言おうか。」
「そうねえ、でも先に結婚したことを言っておきたいわ。」
俺は、それもそうだと思った。
「じゃあ、まず籍を入れようよ。まず、親に話してみるよ。」
「そうね、私は両親にはもう言ってあるの。」
俺は気が重かったが、電話を取り上げて家のダイヤルを廻した。
「もしもし」
電話に出たのは母親だった。」
「ああ、僕だよ。」
「お前、葉書一枚寄越さないで今どこにいるの?」
「うん、マンションを借りて住んでいるよ。」
「仕事の方はうまく行っているの?」
「うん、マアマアだよ。」
「ならいいけど。」
「俺、結婚することにしたんだ。」
「エッ?」
「同じ会社の娘で、淑子って言うんだ。」
「結婚って、そんなお前・・・」
「うん、とりあえず籍を入れようと思って。」
「籍を入れるって、お前、そんなに急ぐこともないじゃない。一度、その娘を連れて来なさいよ。」
「うん、いいけど。」
「今度の日曜日ならお父さんもお兄ちゃんもいるから、そのときどう?」
「日曜日は仕事なんだ。平日にするよ。」
「だって、お兄ちゃんがいないわよ。」
「うん、でも早い方がいいと思うんだ。金曜日は休みだから、金曜日の昼間行くよ。」
「そうねえ、私は家にいるけど。」
母親は兄貴に会わせられないのが未練のようだったが、一応は納得した。
俺がそのことを淑子に話すと、淑子はちょっと不安そうな顔をした。
「私、ご両親やお兄さんに嫌われないかしら。」
「うん、おふくろは大丈夫だけど、親父と兄貴は何というかなあ。あれでプライドが高いんだ。俺なんか馬鹿にするんだよ。」
「私、心配だわ。」
「大丈夫、何があっても、おふくろに紹介したら、すぐに籍を入れようよ。」
「大丈夫かしら。」
「式のことは、それからゆっくり考えるんだ。」
「そうね、子供を無事に産むことの方が先決ですものね。」
淑子は少し安心したようだった。
 金曜日、俺は淑子を連れて実家に行った。淑子は、屋敷を見て驚いているようだった。俺が前に住んでいたアパートとはちょっと違う広さなので、想像していなかったらしい。
玄関を入ると、母親が出迎えた。
「これ淑子さん、来週、籍を入れるつもりなんだ。」
「マアマア、いらっしゃい。それにしても早いわね。私達、今日初めて会ったばかりなのに。」
母親の顔には、明らかに不満の表情が出ていた。
「彼女、お腹に俺の赤ちゃんがいるんだ。」
「マア!」
母親は、その場で飛び上がらんばかりに驚いた。
                     −続く−







タクシードライバー−50−
タクシードライバー−50−

「とんでもない!」
俺は、瞬間そう言った。
「せっかくできた子供じゃないか。堕すなんてとんでもない。」
その言葉を聞くと、淑子はわっと泣き出した。
「どうしたんだ。」
なぜ泣くかわからずに俺が聞いた。
「嬉しいの。」
「うん、せっかく授かった子供なんだから、二人で育てて行こうよ。」
「ええ。」
 やがて二人は床に着いたが、さてこれからどうするかが問題だった。このままにしておくことはできない。まず結婚しなければならないが、そのことについても何も相談していなかったし、どうしていいかもわからなかった。
 淑子の両親については、この前の態度から見ればまず心配ないだろうが、俺は今まで自分の母親には何も言っていない。兄貴のことを考えると気乗りがしないが、結婚まで黙ってするわけにもいかないだろう。
 一生に一度のことであるから、淑子に花嫁衣装は着せてやりたいと思うが、式をどうするかも考えていない。結婚式、出産となるとかなりの費用が必要である。しかしそんな金は持ち合わせがない。それにこれからは検診だの何だので淑子は休みを取らなければならないだろうから、会社にも言わなければならない。いざ考えてみると、問題は山積みのようである。
 急に妊娠を告げられて、どうしていいものか考えると、しばらく眠れなかった。
「ねえ、私、産めるかしら?」
やはり眠れないでいた淑子が言った。
「そりゃあ、大丈夫さ。」
「ねえ、子供のことを考えると、結婚した方が良いわね。」
「うん、勿論だよ。」
「でも、私達、そんなお金なんかないわね。」
「うん、そこなんだ。」
「ねえ、式はやめましょうよ。」
「でも・・・・・」
「まずは丈夫な子供を産むことは先決よ。」
「そうだけど・・・」
「私はいいの。あなたの子供を産めるだけで幸せなんだから。」
「うん・・・」
確かに経済的なことを考えると、結婚式などあげている余裕はなかった。
「ねえ、会社にはいつ言う?」
今度は俺の方から聞いてみた。
いずれ結婚することも言わなければならないし、産前産後の休みの算段もつけなければならない。
「そうね、もうしばらくしたら言うことにするわ。」
「うん、そうだね。」
 やがて俺達は遅い眠りに就いた。俺は、淑子の手をしっかりと握っていた。
               −続く−







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