男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
タクシードライバー−59−
タクシードライバー−59−

 智子は、色が白く、ほっそりとしている。顔つきは、少し憂い顔と言った方がいいだろう。
今日は、T−シャツ姿で少し短めのスカートを穿いていた。T−シャツの胸の部分を、さほど大きくない胸が、ほど良く押し上げている。そんな智子が、お酒とともに陽気になり、次の瞬間静かになって、俺の方をじっと見つめている。
 俺はドギマギした。胸の膨らみが幾分大きく見えた。沈黙が続く。俺には随分長い時間のように思えた。そのとき、隣の部屋のサークル・ベッドに寝ていた赤ん坊の泣き声が聞こえた。
「あらっ、起きちゃったみたい。お腹が空いたのかしら。ミルクをあげなくては。」
そう言うと、智子は立ち上がって台所に行ってミルクを作り、赤ん坊を抱き上げて与え始めた。
「アッ、俺そろそろ失礼しますよ。」
「いいえ、もう少しいいじゃありませんか。まだ食べ物もありますし、お酒だってありますから、ゆっくりして行ってくださいな。」
「いえ、でも・・・」
「私、一人じゃ寂しくて・・・、ねえもう少しいいでしょう。」
そう言われると、すぐに立ち上がるわけにもいかないような気がした。
「まだこの子がいるからいいけど、それでも昼間ずっと一人でいると無性に寂しくなるんです。誰も話し相手がいないって、本当に寂しいものですわ。」
 女がお喋りなことは、妻の淑子を見ていてもよくわかる。俺が仕事から帰って来ても、昼間あったことや、近所とのことなどを喋りまくっている。仕事で疲れて面倒な俺は生返事をするのだが、それでも喋り止むことはない。ずっと家にいて、夜も一人の智子の寂しさがよくわかる。
 しかし、いくら命を助けたと言っても、男と女である。ましてや智子は夫と別れたばかり、しかも子供が産まれたばかりで孤閨をかこっているのである。あまり遅い時間までいては、何が起こるかわからない。
「でももう帰らなくては・・・」
「そうですか。もうちょっといいではありませんか。」
「いえ、また来ますから。」
俺は、智子が赤ん坊にミルクを与え終わるのを待って、席を立った。
俺が玄関口まで来ると、智子は赤ん坊を抱いたまま玄関まで来て言った。
「今日は、忙しいところをすみませんでした。でも、本当にまた来てくださいね。」
「はい、こっちこそご馳走様でした。また来させてもらいます。」
「私の方から連絡すればいいのでしょうけど、お宅では良くないでしょうから、会社の方に電話していいですか。」
「いえ、僕はいつもタクシーに乗っていますから、会社はどうも・・・。僕の方から通勤途中にでも定期的に電話をしますよ。」
「わかりました。お待ちしていますわ。」
俺は、そう約束すると、早々にマンションを立ち去った。
 家に帰ると、淑子が出迎えた。
「あらっ、お酒臭いわ。今日は、たくさん飲んだの?」
「いや、そんなに飲んでいないよ。」
「夕食はもういいんでしょう。」
「うん、食べてきた。」
いつもどっちかというと自分のことのお喋りで忙しい淑子が、今日はなぜかいろいろ俺に質問して来た。俺は、何か疑っているのかと、何となく淑子の顔を正面から見ることができなかった。
                    −続く−







タクシードライバー−58−
タクシードライバー−58−

 翌日の朝の通勤途中、俺はまた智子のところに電話をした。
「もしもし、光山ですが・・・」
「あっ、光山さんですか。」
「もしかして、昨日、電話をくれました?」
「はい。あのときはすみませんでした。光山さんが出ていただけると思ったら、奥さんが出られましたので慌てて切ってしまいました。自分でもなぜあんな失礼なことをしたのかと思っています。ご迷惑をお掛けしなかったでしょうか。」
「いえ、それはいいのですが、何か困ったことでもできたのでしょうか?」
「いいえ、私の方は何とか自分でやって行こうと思っているのですが、一度うちにお出でいただけないでしょうか?」
「はい、それはいいですが何か?」
「お礼というほどのことはできませんが、お茶でも差し上げたいと思いまして。」
「わかりました。一度、お伺いします。」
「そうですね、ご都合の良いときにお電話を下さい。お待ちしております。」
家に行くことを約束して電話を切ったが、なぜか淑子に対して疚しい気がしていた。
 それにしても行くなら早い方がいいと思ったので、その日の夕方、俺はもう一度智子のところに電話をした。明日、行っていいかと聞くと、待っていると言う。俺は、夕方4時に行くと約束をした。
 翌日の朝、俺は淑子にちょっと飲んで来ると言って家を出た。淑子は誰と飲むのかと聞いたが、俺は会社の仲間だと答えておいた。
 仕事が終ると、菓子屋に寄ってケーキを買い、智子のマンションに向かった。
玄関の前に立ってチャイムを鳴らすと、すぐに智子が出て来た。
「すみません、お忙しいところにお出でいただいて。どうぞ、お上がりください。」
俺は、勧められるまま、座敷に上がった。居間のテーブルには、料理が並べられていた。ビールやウィスキーも出ている。赤ん坊は、隣の部屋で寝ていた。
「光山さんは、お酒をお飲みになりますよね。」
「はい。」
「どうぞお掛けください。何もありませんがどうぞビールでも。」
俺が座ると、智子はビールを注いでくれた。更に自分のグラスにも注ごうとするので、俺は瓶を取り智子のグラスに注ぐ。
「本当にありがとうございました。私も、この子も生きておられるのはあなたのお陰です。」
「いいえ、でも元気になって本当に良かったです。」
「今日は、そのお礼と言えるほどのこともありませんが、どうぞ時間が許すかぎり飲んで行ってください。」
「すみません。わざわざこんなにしていただいて。」
二人は、ビールを飲んだ。
「私、あの人と離婚することにしました。昨日、話が纏まりました。」
「そうですか。」
「慰謝料、養育費も払ってくれると言っています。」
「それは良かったですね。赤ちゃんがいては、当面働くのも無理でしょうし、まずは生活の確保が大事ですからね。」
「はい、この子が大きくなったら働きたいと思っております。」
話をしながら、智子も俺も飲んだ。智子もけっこう酒は強いようである。
「ただ心配なのはこの子です。父親のいない子供って、けっこう難しいところがあるでしょう。健全に育ってくれるかどうか、それが心配です。」
「大丈夫ですよ。お母さんがしっかりしていれば、立派に育ちますよ。」
「そうですわね。私がしっかりしなければいけませんよね。」
話をしながらも、智子の頬がピンク色に変り、目元がほんのり潤んできていた。
                   −続く−







タクシードライバー−57−
タクシードライバー−57−

 その日、俺は家に帰ってから自殺しようとした女のことを、妻の淑子には話さなかった。相手がまだ若い女だったし、淑子に余計な心配をさせたくなかったからである。
 女は、山本智子といった。32歳である。翌日、出勤する途中の公衆電話から女のところに電話をした。
「もしもし・・・」
「はい。」
「光山です。昨日は、どうも。今朝はいかがですか?」
「ああ、昨日は本当にありがとうございました。お陰様で生きて行く元気が出て来ました。」
「そうですか、それは良かった。ところでお困りのことはありませんか。僕でできることならお手伝いしますけど。」
「ありがとうございます。何とか自分でやってみます。困ったらまた相談させてください。」
「そうですか、赤ちゃんのためにも頑張ってください。」
「ありがとうございます。」
俺は、彼女が元気を取り戻しているようなので安心した。
 その日一日、俺は心が晴れていた。
天気も良かったし、暑いせいか客も多く、売り上げもマアマアだった。帰りに売り上げを景子に渡したとき、「今日は、多いわね。」と久し振りに笑顔で言った。
 機嫌良く家に帰ったとき、淑子の機嫌が良くなかった。
「ただいま!」と言っても返事をしない。俺は生理でも始まったのかと思ったが、日数を考えてもまだ早過ぎる。
「どうしたんだい?」
「知らない!」
「一体、何があったんだ。」
「あなた、心に疚しいことはない?」
「別に・・・」
「付き合っている女の人でもいるんじゃない?」
「いないよ、そんなの。何があったのか、言ってくれよ。」
「さっき、若い女から電話があったのよ。」
「誰から?」
「寛さんいますか?光山寛さんって言うのよ。」
「それで?」
「いないと言ったら、そうですかって言って切っちゃったわ。」
「名前は言わなかったの?」
「言わないわ。」
「ふーん、変な話だなあ。俺には、心当たりはないけど・・・」
「本当にそう?」
「知らないよ。」
 俺はそう言ったが、きっと智子だろうと思っていた。しかしここで昨日の話をすれば余計に話がややこしくなりそうなので、俺はその話をしなかった。
                  −続く−







タクシードライバー−56−
タクシードライバー−56−

 俺は、女の軽自動車の後ろから着いて行った。
やがて木場の町に入ると、マンションの前で車を停めた。
「ちょっと寄って行って、話を聞いていいですか?」
俺は、心配でそう言った。女はちょっと躊躇っていたが、やがて「どうぞ。」と言った。
エレベーターを上がって7階で降り、廊下を歩いて一番左の部屋に入る。部屋はきちんと整頓されていた。女は、赤ん坊をベッドに寝かせた、赤ん坊は何も知らないで寝ている。
「もう少し事情を話してくれませんか?」
俺は、女に聞いた。
「はい、すみませんでした。」
「入り口に表札がありませんでしたけど、赤ちゃんのお父さんとは離婚されたのですね。」
「はい、正式にはまだですけど。」
「じゃあ、出て行ってそのままですか?」
「はい。」
「行き先はわかるのですか?」
「はい、きっとあの女のところだと思います。」
「どういう女性ですか?」
「あの人の会社の女です。」
「金銭的にお困りなのでしょうね。」
「はい、あの人はお金を入れてくれません。今までは貯金を取り崩して何とかやって来ていましたが、もう限界です。私、どうしたらいいか・・・」
そう言うと、女はその場に泣き崩れた。
「でも死ぬなんてことはよくありません。こんな可愛い赤ちゃんを道連れにするなんて、もっての他です。」
「それは私も考えました。でもこの子を一人で残してなんか死ねません。」
「生活して行く方法はいくらでもあります。とにかく死ぬことだけは考えないでください。相談する人はいないのですか?」
「田舎に両親はおりますけど、二人とも身体が弱く、とてもそんな心配はさせられません。」
「とにかく、ご主人とのことをはっきりさせる必要がありますね。正式に離婚すれば生活保護を受けるという方法もありますし、それにご主人から生活費や養育費、慰謝料だって請求できるのですから。」
「はい・・・・・」
「僕のところも赤ん坊が生まれたばかりです。可愛い自分の子供の命を奪ってはいけません。お母さんもしっかりと生きて行かなければね。」
「はい・・・」
「いいですか、死ぬことを思えば、何だってできます。これからご主人とのことをはっきりさせて、それからのことです。あなたは、ご主人とどうしたいのですか?」
「・・・・・」
「離婚するのか、元の生活に戻りたいのか、まずあなたの気持ちをはっきりと整理する必要がありますね。」
「はい・・・」
「もし、あなたが元の生活を取り戻したいのなら、そのような動きが必要ですし、離婚したいのなら別の動き方が必要です。」
「はい・・・」
「まず、自分の気持ちを整理してください。それから全てが始まります。」
「はい・・・」
女はすぐに返事をしないところをみると、まだ夫に未練が残っているのか、あるいは愛情は無くしても子供のために踏み切れないでいるのか、俺には判断できなかった。
「今日は仕事中なので、また電話します。くれぐれも早まったことをしないようにしてください。困ったことがあったら、電話をしてください。」
俺はそう言って、電話番号を書いたメモを残し、女のマンションを出た。
 時計を見ると、マンションに来てから1時間が過ぎており、陽は既に西の空に沈みかけていた。帰り道、今日の売り上げの少ないことで、また景子に嫌味を言われるのではないかと暗い気持ちになっていた。
                 −続く−







タクシードライバー−55−
タクシードライバー−55−

 優美子の成長は順調だったが、それでも夜泣きをしたりする。
淑子は母親らしく母乳を与えたり、あやしたりしていたが、それでも泣き止まないときなどがあり、俺は寝不足がちになっていた。
 ある日の昼間、俺は車を流していたが、眠くなってきたので、少し休憩を取ろうと埠頭の方に行って車を停めた。給料は歩合制なのであまり休んでいてはいけないが、事故を起こすよりはいい。人のいない倉庫の陰に車を停めて寝ようとしたが、ふと見ると岸壁に女の姿が見えた。子供を抱いているようである。倉庫の傍には軽自動車が停めてあった。
 女は、子供を抱いたまま、海を眺めている。沖を見つめて、じっと立ったままである。俺は、何をしているのだろうと訝った。ひょっとしたら自殺でもしようと思っているのではないかと思った。
 俺は、車を降りて女の方にそっと近づいて行った。
「もし、何をしているのですか?」
10メートルほどの距離に近づいたとき、声を掛けた。
女は驚いたように振り返った。
そのまま海に飛び降りようとしたので、慌てて走って行って抱きとめた。
「赤ん坊を抱いて、何をしようとしているのですか!」
「離してください。」
「いえ、離しません。こんな可愛い赤ん坊をなぜ?」
「私達、もう生きて行けないんです。」
「待ってください。話を聞きますから、それまで待って。どうか落ち着いてください。」
俺の力に諦めたものか、女はその場にくず折れて、泣き始めた。
「どうしたんです?何があったのですか?」
女は泣きじゃくっている。
俺はしばらく黙っていたが、女が落ち着くのを待ってもう一度話し掛けた。
「事情を話してください。何か役に立てることがあれば、何でもしますから。」
しばらく黙っていた女は、少しずつ話を始めた。
「私、もう生きて行く自信を失いました。」
「こんな可愛い赤ちゃんを道連れにするなんて、可哀相じゃありませんか。」
「だって、この子一人じゃ生きていけませんもの。」
「でも、ご主人がいるのでしょう。」
「この子に父親はいません。」
「どういうことですか?」
「女のところに行ってしまったのです。」
「浮気ですか?」
「・・・・・」
「でも、子供を道連れなんて、あまりに可哀相だと思いませんか。」
「わたし、どうして生きていけばいいのでしょう?」
「あなたのご両親は?」
「田舎にいますが、子供が産まれてすぐに離婚したなんて言えないわ。」
「あなたの家はどこですか?」
「木場です。」
「とにかく、一旦家にお帰りなさい。それからゆっくり相談しましょう。」
女は、小さく頷いた。
「あの車はあなたのですね。僕が、後から着いて行きますから、あなたが先に走ってください。」
女は、子供を座席に乗せると、車を走らせた。俺は、女の後ろから着いて行った。
                   −続く−







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