男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
タクシードライバー−64−
タクシードライバー−64−

 次の日の仕事の帰り、俺はいつもどおり智子のところに電話をしたが、早めに切った。
智子は何か物足りなさそうだったが、敢えて「ごめん、急いでいるから。」と言って切ってしまったのである。おそらく智子はがっかりしているであろうが、俺は、自分にこれでいいのだと言い聞かせて、納得させた。
 次の日も、その次の日も電話はしたが、5分ほどで切り上げ、同じように早めに切った。俺は、電話の向こうで寂しそうにしている智子の姿が目に浮かんだ。智子は、寂しい女だった。故郷に両親はいるものの、あまりやり取りはないようだった。東京に来て、離婚して、友達も少なく、一人でいることは寂しいに違いない。そんな智子を可哀相だとは思うが、俺にも淑子や優美子がいる。これを不幸にはできない。
 1週間ほどしたとき、電話の中で智子が言った。
「ねえ、今週は来てくださらない?」
俺は、いつ聞かれるかと思ってはいたが、上手な言い訳が見つからず、「うん、ちょっと駄目なんだ。」とだけ答えた。
「そう、寂しいわ。」
智子の本当に寂しそうな声の調子である。
俺は思わず言った。
「来週は、必ず行くよ。」
「そう、待っています。」
途端に嬉しそうに言う智子の声を聞いて、男と女の別れが難しいことを思い知らされた。電話は短く、逢う回数を減らして、徐々に別れなければいけないと思った。離婚した女のところに通って行くことが世間の目で見ればいかに不自然なことかくらいは俺にもわかる。こんな不自然な関係が、いずれ人目につかない筈はない。しかし、ある程度進んだ関係を元に戻すためには長い時間が必要であることも思い知らされた。
 更に翌週、俺は智子のマンションに行った。智子は嬉しそうに俺を出迎えたが、その嬉しそうな笑顔が俺には重荷に思えた。
「嬉しいわ。2週間振りですもの。」
「うん、先週は来れなくてごめん。愛ちゃんは、元気だった。」
「ええ、お陰さまで。この娘、あまり泣かないのよ。優美子ちゃんは、どうなの。」
「うん、最近では表情も出て来て、僕が帰ると嬉しそうに笑顔を見せるんだ。」
「そうね、赤ん坊って可愛いわね。」
そう言って隣の部屋で寝ている愛子の方を見た。愛子は、こっちを見て笑顔を見せていた。
「今日は、少しゆっくりして行っていただけるのかしら?」
「いや、そうも行かないんだ。家では女房が待っていて、遅くなると心配するんだ。」
「そうね、お父さんですものね。」
そう言う智子の顔を、寂しそうな表情がよぎった。
                    −続く−







タクシードライバー−63−
タクシードライバー−63−

 下を向いていた智子が、顔を上げて俺の方を見つめた。その瞬間、俺と目が合った。
俺はちょっとドギマギしたが、そのまま目を見詰め合う。二人とも、無言だった。智子の顔が近づいて来て、そっと目を瞑った。俺が、智子を抱き寄せようとしたとき、突然、赤ん坊が泣き始めた。その声で、俺は手を引っ込めた。
「あらっ、どうしたのでしょう。今まですやすやと寝ていたのに。」
智子は立ち上がって、赤ん坊を抱いた。赤ん坊は、大きな泣き声を上げている。
「お〜、よしよし。どうしたの?」
智子はあやしているが、一向に泣き止む気配がない。
「お腹が空いたのかしら。さっき寝る前にお乳をあげたばかりなのに。」
智子は、言い訳のようにあやしているが、赤ん坊はまだ大きな声で鳴き続けている。
「俺、帰るよ。ミルクをあげたらいいよ。」
「ごめんなさい。どうしたのかしら、泣き止まないわね。」
「うん、お腹がいっぱいになれば泣き止むよ。」
俺が、玄関に行くまで、智子は「すみません。せっかく来ていただいたのに。」と何度も繰り返した。
 帰り道、キスをしようとしたときに赤ん坊が泣いたのは気配を察して泣いたのではないかと考えた。子供にとって、母親は絶対の庇護者である。その庇護者が、自分から取り上げられる、そんな気がして泣いたのではないかというような気がした。
 俺は、ふと、自分の子供である優美子のことと淑子のことが頭に浮かんだ。今、こうして智子と逢っているが、この状態を続ければ、いつかきっと体の関係ができるだろう。その時、淑子や優美子はどうなるだろう。やがて淑子の知ることになり、彼女は怒り、離婚だと騒ぐだろう。すると優美子は、父親か母親を失うことになる。そんな不幸なことは許されない。
 しかし、智子は毎日の電話と、俺が行くのを楽しみに待っている。これを裏切るのも忍びない。もし明日から行かないと言ったら、きっと寂しがるだろう。せっかく元気になったのに、また自殺をしようとするかも知れない。
 俺は悩んだ。電話や逢うのを止めることもできないし、このまま逢い続けるわけにもいかない。どうすればいいのか。考えた末、電話はするが逢う回数を徐々に減らして行くしかないと思った。
 家に帰ると、優美子はまだ起きていた。俺は、優美子を抱き上げると、抱いて頬擦りをした。横では、淑子が、何があったのかというような顔をしながらも、笑顔でその様子を見ていた。
                −続く−
 







タクシードライバー−62−
タクシードライバー−62−

 その日、俺は智子の唇の感触が忘れられなかった。帰りの間、唇に甘い感触が残っている。家に帰って、淑子の笑顔を見たとき、思わず下を向いてしまった。
「お帰り!どうしたの、元気がないんじゃない?」
そう言う淑子に、「いや、別になんでもないよ。優美子は元気だった?」と聞き返した。
「ええ、元気だわよ。このごろは、おっぱいをたくさん飲むの。」
「そうか、元気な赤ん坊で助かるね。」
俺は、話題が変ったことでホッとした。
 食事をして風呂に入り、布団に入ると、無性に淑子が欲しくなった。俺は、隣に寝ている淑子に手を出した。
「どうしたの?」
「どうしたのって、久し振りに欲しくなって・・・」
「そう・・・」
俺達は、この夜久し振りに身体を交えた。久し振りの淑子は、十分に燃えた。行為の間、俺は脳裏に浮かぶ智子の面影を払いのけようとしていた。
 翌日の帰りも、智子に電話をした。昨日のキスのことがあるので、何となく面映い気がしたが、智子の方は一向にそんな気配は感じさせずにいつものように明るい調子だった。
「今日はね、愛子が一日ぐずっていたの。」とか、「買い物に行って、安いスカートを買って来たの。」とか日常の様子を嬉しそうに話していた。
そして最後に、「今度は、いつ来て下さるの?」と聞いた。
俺は来週あたり、また機会をみつけてから。」と答えて電話を切ったが、そのときまた昨日のキスの感触を思い出していた。
 翌週の早出の日、仕事が終るとまたいつもどおり智子のところに電話をした。
「今日、これからちょっと寄っていい?」
「マア!来て下さるの?嬉しいわ。お待ちしています。」
智子は、本当に嬉しそうな声で言った。
俺は、何となくそわそわした気分で、智子のマンションに向かう。
 玄関の前に立つと、ちょっと深呼吸をしてから、チャイムを鳴らすと、すぐに玄関のドアが開いた。人目を気にして、すぐに玄関に入る。今までは、あまり気にならなかったのだが、この前のことがあるからか、今日は隣をキョロキョロしてしまった。
 俺が玄関を入ると、智子は「いらっしゃい、待っていましたわ。」と身体を近づけて来た。あたかもキスをせがんでいるかのようである。俺は、智子の頬に軽くキスをした。
途中で買って来たお菓子を差し出すと、「すぐにお茶を入れますから。」と言って、台所に入って行った。お茶は、すぐに入れられ、智子は俺の横に座った。いつもなら向かい合って座るのだが、今日に限って横に座る。
「ねえ、本当に来てくださって嬉しいですわ。」
「俺も、来たかったんだ。」
「でも、家では奥さんが待っていらっしゃるんでしょう。」
「うん・・・」
「でも、ちょっとの時間なら大丈夫ですわね。」
「うん。」
「本当は、ゆっくりしていっていただければいいのですが。」
「そうもいかないんだ。」
「そうですわね。赤ちゃんも待っているんですものね。」
そう言う智子はいつもの寂しそうな表情をした。俺は、この寂しそうな表情に弱かった。
                    −続く−







タクシードライバー−61−
タクシードライバー−61−

 俺は、毎日決まったように、仕事が終ると智子のところに電話をした。慣れてくると不思議なもので、最初感じていたような後ろめたさとか、電話をして大丈夫だろうかというような不安も無くなって来る。智子の方も、俺の電話を心待ちにしているようだった。
 話す内容は大したことはない。天候の挨拶のその日あったこととかを話すだけである。それでも短くても10分、長ければ30分も喋っていることがある。
元々、俺はあまりお喋りをするのも、聞くのもあまり好きではなかったが、智子と話しているときは楽しかった。甘えるような喋り方が俺の耳をくすぐっているような気がしていた。
 週に一回くらい、早出の日の帰りに、俺は智子の家に寄った。俺はお菓子とかケーキを買って行き、智子がお茶やコーヒーを出してくれる。酒は淑子の手前があって飲めなかったし、長居することもできなかった。でも行くと、智子は嬉しそうに出迎えてくれた。初めて埠頭で会った頃に比べると、智子は随分精神的に落ち着いて、顔色も良くなっていた。色白であることに変りはないが、それでも肌に艶が出て来ていた。
 子供を一人産んだばかりの智子は、若さと円熟さを全身から発散していた。夏の服装は、女の色気を最大限に引き出す。胸の開き気味のブラウスとかT−シャツ、ときどき穿いているミニのスカートのときなど、俺は目のやり場に困るほどだった。それが智子の計算であったのかも知れない。お喋りをしているとき、ときどき俺の目をじっと見つめることがあった。そんなとき俺は、思わず目を逸らした。
 智子が俺に好意を持っていることは、毎日電話をしたり、こうしてマンションに来ても歓迎してくれることでわかる。おそらく、男女の関係としても俺に好意を持っているのだろうと思うが、赤ん坊を抱えて家で待っている淑子のことを思うと、智子の誘いに乗ってはいけないという気持ちが働いていた。
 何回か会っているうちに、智子の服装が段々艶っぽいものになっているのに気がついた。スラックスは短いスカートに変って行ったし、ブラウスもフリルのついたものになったりしていた。こうなると明らかに、俺を誘っていることがわかる。
 はっきり言って、智子は俺の好みのタイプの女である。ちょっと弱々しい感じや、甘えるような仕草は、俺の男の本能をくすぐった。
 ある日、智子のマンションで30分ほど話をして帰ろうとした。俺が玄関まで来ると、智子はいつものように送りに来てくれた。しゃがんで靴を履き、立ち上がって振り返ったとき、智子の顔が目の前にあった。
ちょっとの間があった。二人は見詰め合ったままである。俺は、智子を抱き寄せてキスをした。
 キスをしたまま、どのくらい時間が過ぎただろうか。身体を離すと、「おやすみ!」と言って、玄関のドアを開けて外に出た。そのとき、奥の方で赤ん坊の泣く声が聞こえてきた。
                  −続く−







タクシードライバー−60−
タクシードライバー−60−

 その晩、いろいろ聞いてくる淑子に、俺は面倒くさそうに相手をしなかった。まともに答えていたら、きっと化けの皮が剥がれると思ったからである。こんなときには無視するのが一番である。どんなに上手に言ったつもりでも、嘘はバレる。風呂に入ると、俺は早々に寝た。翌日は、早出だったのである。
 朝、普通どおりに出勤し、一日の仕事が終って会社を出ると、早速公衆電話から智子のところに電話をした。勿論電話をすると約束していたからであるが、それだけかと言われると自分でも自信はない。智子の細くて白い肌、憂いを含んだ表情は、俺の好みのタイプでもあったのだ。昨日の、T−シャツの胸の膨らみがありありと目に浮かんだ。
「こんにちは。約束どおり電話をしました。」
「アッ、ちゃんと電話を下さったのですね。ありがとうございます。」
後ろでは、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
「愛ちゃん、泣いているようだけど、大丈夫ですか。」
「ええ、今まで寝ていたのですが、どうやらお腹が空いて目を覚ましたようです。」
「じゃあ、電話、切りましょうか?」
「いえ、大丈夫です!今日は、母乳をやりますから。」
「ミルクじゃないんですか?」
「いつもは母乳なんですよ。こう見えても、ちゃんと母乳が出るんです。」
俺は、また智子の胸を思い出した。
「おお、よしよし!」
子供をあやしている声が聞こえる。
「おとなしくなりましたね。きっとお腹が空いていたのですね。」
「はい、昼過ぎに寝ていましたから、かれこれ4時間も寝ていたんです。よく寝る子ですわ。」
「寝る子は育つって言いますから、きっと丈夫なんですよ。」
「ところで、この次はいつ来ていただけるかしら?」
「そうですね、来週あたりなら。でも、あまり遅くなったりすると、家内がうるさいものですから。」
「私は、ちょっと寄っていただければいいのです。何もできませんが、お茶でも飲んで行ってくださいな。」
「ありがとう。じゃあ・・・」
「あっ、明日も電話くださいね。明日は遅出ですから、少し遅くなるかも知れません。」
「はい、わかりました。お待ちしています。」
やっと電話を切ったが、俺は自分の心の中に何となく疚しいものを感じていた。
 下町育ちで、陽気で気が強い淑子に比べると、智子の静かな挙措や何かを訴えるような眼差しや、ちょっと甘えるような仕草は新鮮だった。夜寝ていても、智子のことが脳裏に浮かんでくる。その夜、俺は淑子に求められたが、疲れているからと言って、背を向けて寝た。
 翌日、仕事が終ったときには、10時になっていた。疲れてはいたが、会社を出るとすぐに、智子のところに電話をした。
「もしもし、こんなに遅くなってすみません。もう寝ていたのではないですか?」
「いいえ、起きていました。きっと電話をいただけると思いまして。」
「そうか、それなら良かった。愛ちゃんはもう寝ているのですか?」
「はい、さっき寝付きました。」
「愛ちゃんは、あまり泣きませんよね。うちの優美子もあまり泣かないのですが、女の子って丈夫なんでしょうかねえ。」
「そう言いますわ。私が弱い女ですから、この子には心も丈夫に育って欲しいと思っていますの。」
「もう智子さんも、すっかり丈夫になっていますよ。」
「光山さんのお陰ですわ。あのとき、あなたがいらっしゃらなかったら、私達は今こうして生きてはいませんもの。」
「そんな、あれは一時的な気の迷いというか、愛ちゃんが産まれてすぐのとき、ご主人とあんなことがあったら誰だって生きて行く勇気を失ってしまいますよ。」
「やはり光山さんに助けて頂いたことに違いはありませんわ。」
そんな話をしているうちに、時間が過ぎていく。
 俺は、智子の姿を思い出しながら、話をしていた。
                −続く−
 







<< 前の5件 [ 1431 - 1435 件 / 2753 件中 ] 次の5件 >>  << 最新の記事へ >>