タクシードライバー−69−
それにしてもここで恭平に尻込みされたのでは、元も子もない。とにかく恭平にその気になって貰わなければどうしようもないから俺はじっと我慢して説得することにした。 「なあ、智子さんも一人じゃ寂しいんだよ。最初は、俺が一緒に行くから、次からお前に行って欲しいんだ。」 「うん。」 途端に恭平の顔が明るくなった。この調子で大丈夫かと思ったが、とにかく道筋をつけなければならない。 翌日の朝、俺は智子のところに二人で行く旨電話をした。智子も俺が行くことで喜んでいるようで、嬉しそうに「待っています。」と言った。 夕方、俺は恭平と落ち合って、智子のマンションに向かった。途中で菓子箱を買って、恭平に渡した。玄関の前に来ると、恭平は一歩後ろに下がっている。俺がチャイムを鳴らすと、すぐに智子が出て来た。 「いらっしゃい、待っていたのよ。」 俺の方を向いて嬉しそうに言う。 「さあ、どうぞ。」と言う智子の言葉に従って、俺は先に立って居間に入って行った。恭平は、俺の後ろからおずおずと入って来る。恭平が勧められるまま椅子に座ろうとするので、俺は菓子箱を差し出すように恭平を小突いた。恭平は驚いたように、「つまらないものですが・・・」と言いながら、智子に菓子箱を差し出した。 智子は、「ありがとうございます。」と言ったものの、さほど感心もないように俺に向かって赤ん坊のことなどを話していた。 智子がお茶を入れ終わって3人で座った途端に、会話が途切れた。 二人きりのときはすぐに親しそうに話をしていた智子であったが、今日は恭平を意識してか無口である。恭平の方は、あの調子だから自分から話し掛けることはない。俺も何とか話題を見つけようとしたが、こうなるとなかなか話題など見つからない。今日はいい天気だったとか、家でも赤ん坊が泣いて困るなどと言って見るが、それきりで終ってしまう。これでは、もし恭平が一人で訪ねて来ても、話の接ぎ穂がない。 思うに会話というものは、二人の気持ちが通じ合っているから成り立つのである。商売の話にせよ、日常会話にせよ、共通の土台があって初めて会話が成り立つのであって、それがないときには一緒にいることさえ苦痛になる。ましてや恭平の立場にすれば、智子と俺が親しい仲であるのに、その間に入り込むことになってしまう。遠慮は仕方のないことである。また智子にすれば、なぜ縁もゆかりもないない恭平を連れて来るのか理解に苦しんでいることだろう。そこまで考えると、俺はこれ以上無理な会話を探して続けることが嫌になった。かと言って、今すぐ帰るタイミングでもない。3人の間で、不自然な沈黙が続いていた。 そのとき、智子が沈黙の苦痛に耐えかねたように言った。 「ねえ、吉田さんは、どうして奥さんと離婚なさったんですか?」 「エッ、ああ、俺がだらしなかったんです。」 「というと・・・」 「俺は、会社をクビになったんです。そしたら女房が出て行っちゃったんです。」 「まあ、あなたが大変なときに奥様は出て行かれたんですか?」 「ええ、でも元々女房は僕のことを馬鹿にしていました。給料は少ないし、出世はしないし、あいつはあれでちょっとした家の出だったんです。あいつの親父に比べれば、俺なんか馬鹿にされても仕方がないんです。」 「そうは言っても、助け合うのが夫婦でしょうに。」 「そうかも知れませんが、世の中にはいろいろな夫婦があるんですよ。」 「そうですね、そういう私も人のことは言えませんけど。」 智子はそう言って自嘲的に笑った。 −続く− |