タクシードライバー−73−
俺がそう言ったので智子は黙り込んでしまった。俺の言う意味はわかってくれたのだと思う。しばらく沈黙が続いた後で、「わかりました。」と言った。 それからすぐに俺は智子の家を出た。 帰り道、俺は恭平に何と言おうかと考えた。とりあえずは智子が言ったとおりに言うしかないのだろうが、これからも長い付き合いである。いずれ真実は恭平にもわかるだろう。そのことを考えると、気が重くなる。 翌日の朝、俺は恭平に電話をした。 「昨日、智子さんのところに行って来たよ。」 「うん、それでどうだった?」 俺は、恭平が身を乗り出すようにして話しているのを想像した。 「それが、まだ待って欲しいと言うんだ。」 「そうか・・・」 またがっかりしている様子が目に浮かぶ。 「まだ愛ちゃんが小さいし、もう少し大きくなるまで待って欲しいそうだ。」 「じゃあ、愛ちゃんが大きくなれば大丈夫なのかなあ・・・」 「う〜ん、先のことは何とも言えないけど。」 「そうか、彼女は俺のことを嫌いなのかなあ。」 「いや、そうじゃないよ。その証拠には、また来て欲しいと言ってたから。」 「本当か?」 「うん、それは言ってたよ。」 「そうか、でも、振られた後では行きにくいよなあ。」 「そんなことあるものか。行けばそのうちに情が移って来るかもしれないよ。」 「そんなものかなあ。」 「そんなものさ。取りあえず、ここで行かなかったら、また行きにくくなるよ。早速、今日にでも行ったらそうなんだ。」 「う〜ん、そうしてみるかなあ。」 「そうしろよ。それが大事だよ。」 「うん、じゃあ言ってみるよ。」 恭平の最後の言葉を聞いて、俺は少し安心した。 男と女、いや人間というものは、長い間顔を合わせていれば情が移るものである。もし男と女が1対1であったらアダムとイヴがそうであったように、必ず結ばれるものだと思う。それが世の中にたくさんの男と、たくさんの女がいるから、三角関係だの四角関係で話がややこしくなるのである。そう考えると、この話で邪魔な存在は俺だけである。もし俺でなく、智子を自殺から救ったのが恭平だったら、全てはうまく行っていただろう。そう考えると、俺が智子のところに電話をしたり家に行ったりするのは良くないことである。 そんなことを考えながら家に帰った。 「ただいま!」と言ったが、淑子が出迎えることもなく、返事をしなかった。 いつもと様子が違うので、どうしたのかと顔を見ると、目に涙を浮かべていた。 −続く− |