春風の唄−7−(最終回)
私が黙っていると、彼女が話し始めた。 「実は、私に結婚話があるのです。親が持って来た話で、悪い条件ではないみたいです。」 彼女は、ポツリと言った。そして、私の目をじっと見ている。私に、どうすれば良いかと、尋ねているようである。私は、しばらく考えていた。彼女を、離したくない気持ちはある。でも、彼女を束縛することはできない。いつまでもこうしていることはできないのである。いずれ、彼女は結婚するなり何なりの形で自分から離れて行くことになるだろう。それなら早い方が、彼女のためである。 私はしばらく考えてから、「そう、それはおめでとう。」と言った。彼女は、ちょっと悲しそうな顔をしたが、意を決したように言った。 「今日で、お会いするのは最後にしたいと思います。最後の思い出に、今宵はご一緒していいですか。」 そう言って、目を伏せた。 ホテルに着くと、私はちょっと堅苦しい気持ちで部屋に入った。彼女も、同じようであった。私は、彼女を抱きしめたが、今ひとつ気が乗らない。このまま彼女を抱いて良いものだろうかという気がする。結婚することが決まった彼女を抱くには、いかにも気が引ける。彼女を抱いて、ベッドまで運んだが、ベッドに入ってからも彼女に挑む気が起こらない。両腕で、彼女を抱きしめたまま、じっとしていた。彼女も、私の胸に顔をうずめたまま、じっとしているだけである。私も、彼女も、無言のままじっとそうしていた。1時間もそうしていただろうか、彼女が突然言った。 「お願いです。抱いて下さい。」 そう言うと、着ているワンピースを脱ぎ出した。私は迷った。このまま彼女を帰した方が良いのではないかという気持ちが、頭の中を去らないのである。 でも彼女も、意を決しているようである。その無口な状態から、突然自分から、抱いてと言いだしたことからもそのことが分かる。私は、身を起こして着ているものを脱いだ。私は、しゃにむに彼女に挑んでいった。彼女は、声を出すわけでもなかった。ただ、私のなすがままにしていた。 夜が明けた。私も彼女も、ベッドの中でじっとしていた。私は、浅い眠りについていたが、彼女はおそらく一晩中寝なかったのかもしれない。目を真っ赤に腫らしている。 二人で、衣服を身に着けて、そのまま別れることにした。何か喋れば、それだけで未練が残りそうな気がする。彼女も、同じ気持ちだったに違いない。 部屋を出て、私がフロントで支払いを済ませる間に、彼女にホテルを出て行くように言った。 それが彼女と会った最後だった。その後、手紙も来なかった。私は、彼女が本当に結婚したのかどうかも確認しようがなかった。店の方にも行ってみたが、連絡はないとのことだった。 それから、3年の歳月が過ぎた。私が、町を歩いていたとき、彼女にそっくりの親子連れを見かけた。男と真ん中に小さな子供の手を引いて歩いている様子は、幸せそのものだった。遠くからだったので、それが彼女かどうかは確認できなかったが、私は、それが彼女であれば良いと思った。 通りには、春の爽やかな風が吹いていた。 ―完― |