小鳩の風景−5−
私は、公園の森に住む小鳩です。 春3月は、春と冬とか交互にやって来て、次第に春が冬を圧倒して行く季節、いつも私がとまっている桜の枝の蕾もだんだんと大きくなっています。 今からちょうど一月前の夕方のことです。 学生服とセーラー服を着た男女が、私のとまっている枝の下のベンチにやって来ました。 「何の用事なの?急に呼び出したりして。」 「ねえ三宅君、これ私が作ったの。受け取ってくれない。」 女の子は小さな包みを男の子に渡しました。 「そうか、今日はバレンタイン・デーだったんだね。でも、何で僕に?昼間、何人かの人に 配っていたでしょう?」 「ええ、あれはお友達なの。本当は、三宅君にあげたかったのだけど、三宅君は堅い雰囲 気でとても受け取ってくれそうになかったわ。だから、こうして電話をして来てもらったの。」 「僕は、そんなチャラチャラしたことは嫌いなんだ。受験も迫っているし、そんなことをしている時間はないよ。」 「三宅君は、私のこと嫌い?」 「嫌いとか、好きとか、そんな気持ちはないよ。」 「そうね、三宅君は部活と受験準備で忙しいものね。」 「親もうるさいんだ。受験に失敗したら、何を言われるかわからないよ。」 そんな話をしばらくしていましたが、やがてこんなことをしてはいられないという雰囲気で男の子の方は帰って行きました。 残された女の子は、しばらくベンチに座ったまま寂しそうにしていました。 それから何度か、女の子は一人でこのベンチにやって来て座っていました。 どうやらこの女の子は三宅と呼ばれる男の子を好きなようで、男の子を呼び出しては待っているようなのです。しかし男の子の方は関心がないようで、やって来ず、女の子はしばらく待っていては寂しそうに帰って行きました。 今日のことです。 やはり女の子はベンチに座っていると、しばらくして男の子がやって来ました。 「アッ、三宅君。今日は、何の用事なの?三宅君の方から、私を呼び出してくれるなんて珍しいね。」 「うん、これ受け取ってくれない?近くのデパートで買ってきたんだ。」 「マア、嬉しい!何だろう!」 「開けていいよ。大した物じゃないけど。」 女の子が包みを開くと、ハンカチが出てきました。 「マア、素敵なハンカチ。ありがとう。大事に使うわ。」 「実は、いろいろ考えたんだ。この前、手作りのチョコレートくれたでしょう。それが嬉しかったんだ。今まで女の子からチョコレートなんか貰ったことなかったしね。」 「でも三宅君は女の子の人気者で、たくさん貰っていると思っていたわ。」 「そんなことないよ。確かにいくつか貰ったことはあるけど、みんな義理チョコなんだ。」 「そうだったの。」 「それでいろいろ考えたよ。僕は、今まで親に言われて、部活と受験勉強ばかりだったけど、美香がチョコレートをくれて、これでいいのかと思ったんだ。」 女の子は黙って聞いています。 「僕のことを好きな女の子がいてくれる、そう思うと本当に嬉しくなったんだよ。」 「・・・・・」 「美香、好きだよ。」 「エッ!本当?」 「うん、大好きだ。」 夕暮れの暗くなっている公園のベンチ、二人はしっかりと抱き合っていました。 不器用なキスが、いかにも新鮮に見えました。 人間の恋も、若くて純粋なときが一番美しいようです。 ―続く― |