小鳩の風景−10−
私は、公園の森に住む小鳩です。 春は良い季節、私のお母さんも妹も恋に余念がありません。今朝も、他の雄鳩達に追いかけられて嬉しそうにしていました。 数日前に咲き始めた桜も、このところの暖かさで急に開いてもう7分咲きになっていました。 朝からたくさんの人達が公園にやって来て、そのうちの何人かが私がいつもとまっている桜の枝の下あたりにシートを敷いていました。 午後になるとあたりは、すっかりシートで埋まってしまいます。夕方近くになると、私のすぐ下のシートの上にいろいろな荷物が運ばれて来ました。缶ビールの箱、弁当の包み、バーベキューのセットなどです。 日が暮れると、たくさんの人がやって来ました。 「ええー、本日はお忙しいところを課の花見に参加していただきまして、ありがとうございました。最初に、課長からご挨拶をいただきたいと思います。課長、よろしくお願いします。」 「ええー、年に一度の課の花見です。昨年度は、皆さんのお陰で無事に課の仕事をいい成績で終えることができました。日頃の仕事のことは忘れて、今日は無礼講で大いに飲みましょう!」 そんな挨拶があって、「乾杯!」という大きな声で途端に賑やかになりました。最初はみんな賑やかに楽しそうにお喋りをしながら食べたり飲んだりしていました。あまりにうるさいので他の枝に行きたいのですが、鳥目なので飛んで行くこともできません。 そのうちにちょっと様子が変わって来ました。 「君〜イ、この間のあの態度は何なんだね。会議の席で、よりにもよって僕に批判的な発言をするなんて。君は僕に恨みでもあるのかね。」 よく聞けば、最初に今日は無礼講だと言っていた課長です。 「はい、でも会社の将来を考えればその方がいいと思ったものですから、つい・・・」 「君ねえ、あの席には部長もいたんだよ。あの発言で僕の立場は台無しだよ。これで部長昇進も危なくなってきたよ。」 「はい、すみません。そこまで気が回りませんでしたもので・・・」 「君ねえ、この会社に入ってもう7年になるんだろう。気が回らなかったで済むと思っているのかね。」 「すみません!」 聞いていると、この課長、どうやらしつこい性格のようで、最初は近くにいた人達が次第に遠ざかっています。 そのうちに叱られていた人がトイレにと言って立って行きました。課長は一人取り残されています。 そのとき別の若い男が課長のところにやって来ました。 「課長、いつもいつもお世話になっています。課の仕事がうまく行くのはみんな課長のお陰だと思っています。」 「あ〜、君か。なかなか頑張っているようだね。」 「はい、課長の指導のお陰で何とかやっています。」 「この間の提案書、あれはなかなか良くできていたよ。」 「ああ、あれですね。あれは課長が手直ししていただいたからですよ。お陰で部長にも褒められました。私は、課長が手直しして下さったからだと、部長にも言っておきました。」 「そうか、そうか。君は本当によく気がつくねえ。サア、どんどん飲みたまえ!」 「はい、ありがとうございます。」 二人が意気投合して飲んでいる間、他の人たちはいかにも白けた感じでそれぞれ話をしながら飲んでいました。 しかし、同じシートの端っこの方にもうひとつ元気なグループがありました。女性3人のグループです。 「あ〜、ヤダ、ヤダ。あんなゴマスリばかり!」 「そうよ。あれじゃあ、うちの課どころか、会社ももう終わりだよね。」 「横で聞いていたけど、お笑い草の提案書よ。3年前ならあれでいいでしょうけど、今の世の中そんな甘いものじゃないわ。それに若者の気持ちなんかちっともわかっていない提案なのよ。あれじゃあ、専務にこっぴどく叱られるに決まっているわ。」 「そう言えば、あなたこの前まで専務の秘書をしていたわね。」 「あの専務は、あれでなかなか世の中のことがわかっているのよ。それなりに勉強しているわ。」 「あなた、まだ専務と続いているの?」 「それはどうでもいいわよ。でも今度課長は地方に左遷なんだって。」 「馬鹿ねえ、そんなことも知らないで。二人で慰めあっていればいいわ。」 「この前もね、飲んだ後で私にホテルに行こうってしつこく誘うのよ。頭に来たから、次の日、コーヒーに雑巾水を入れてやったわ。」 「ああ、あのときの。あなたが課長にコーヒーなんか入れるから珍しいと思っていたけどそうだったの。課長ったら、ありがとうって言って、美味しそうに飲んでいたわね。」 「私、思わず吹き出しそうになるのを我慢したのよ。」 そのとき、幹事役の人が大きな声で言いました。 「ええ、宴もたけなわですが、夜も更けてまいりました。遠くに帰られる人もいますのでこの辺でお開きにしたいと思います。課長、これから後は私達が片付けますのでお先にお帰りください。」 それを聞いた課長が、女の子達に近付いて来て言いました。 「そうかね、じゃあ、女の子達、僕ともうちょっと付き合わないかね。」 「いいえ、私達も片付けのお手伝いをしてから帰ります。両親もうるさいものですから。課長はお先にどうぞ。明日はおいしいコーヒーを入れさせていただきますから。」 「そうか、そうか、この前のコーヒー、とてもおいしかったよ。それじゃあ残念だけど、僕は先に帰るよ。」 それから後片付けはすぐに終わりました。 「さあ、みんなで飲みに行こうか。」 「ハーイ!」 幹事役の男の誘いに、女の子達は声を揃えて言いました。 ―続く― |