男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2021/04/12 5:03:14|小説「遅かった春」
遅かった春−17−
遅かった春−17−
 
 沙千恵は、台所でそのままにしてあったグラスで水を3杯たて続けに飲むと、ベッドに戻ろうとして、ダイニングの豆球の光で光治の寝顔を見ると、まだあどけない顔に見えた。沙千恵は、じっと男の顔を覗き込んだ。光治は静かな寝息をたてて眠っている。しばらく顔を見ていたが、毛布を掛け直してやるとまたベッドに戻った。
 翌日は土曜日、会社は休みである。朝、沙千恵の目が覚めた時、カーテン越しに外の光が差し込んで来ていた。時計を見ると、9時である。台所の方からゴソゴソ音が聞こえるので、瞬間何があったのかと思ったが、昨夜のことを思い出した。
 襖を開けてダイニングに出ると、光治が台所にいるのが目に入った。
「何をしているのよ?」
「あっ、おはようございます。何もできないけど、お湯だけでも沸かしておこうと思って。」
「あらっ、ありがとう。」
「コーヒー飲みますか?」
「そうね。」
光治は、お湯をポットに移し、インスタント・コーヒーの壜とカップと共にテーブルに運んで来た。
「ちゃんと眠れた?」
「はい、お陰さまで。」
「さて、これからどうするかねえ?」
「ええ、何とかします。」
「何とかするって、食べ物もないんでしょ。」
「はい・・・・・」
「一緒に考えましょうか。」
「はい・・・・・」
「いずれにしても、仕事を探さなくちゃね。」
「はい。」
「そのためには、ハローワークに行かなくちゃね。」
「はい。」
「仕事が見つかるまで、ここにいる?」
「えっ!」
光治は、驚いたような顔をして沙千恵を見つめた。
 その日から、奇妙な同棲生活が始まった。
日曜日に、光治のアパートに行って、荷物を運び、退去手続きを済ませた。その後、パジャマや下着、夏用の布団なども買って、一通り生活できるようにした。
                      −続く−







2021/04/11 2:10:21|小説「遅かった春」
遅かった春−16−
遅かった春−16−
 
 沙千恵は、男がそのまま逃げるのではないかと思ったが、すぐに男は帰って来て、僅かなお釣りを沙千恵に返した。
「さあ、シャワーを浴びて!」
せきたてるように風呂場に連れて行くと、男は素直にシャワーを浴びた。
 男が浴室から出て来ると、沙千恵が聞いた。
「ところで、あんた名前は?」
「はい、三浦光治です。」
「さっき、田舎から出て来たって言ったわね。田舎ってどこよ?」
「岐阜です。」
「今、いくつになるの?」
「25です。」
光治は、沙千恵の質問に素直に答えた。最初のような勢いは全くない。
「行くところがないんじゃ、困ったわね。」
「・・・・・」
「ねえ、今夜は私の部屋に泊る?」
「えっ、いいんですか?」
光治の目が輝いた。
「誤解しないでよ。あんたは床に寝るのよ。」
「はい、勿論です。」
「毛布しかないけど、寒くはないわね。」
「ええ、公園のベンチで寝るよりよっぽどいいです。」
「寝る前にちょっと飲む?」
「はい。」
沙千恵は冷蔵庫からビールを持ってきた。
 光治からいろいろ聞きだしながらしばらく飲んでいたが、二人とも満腹と酒の影響で眠くなり寝ることにした。沙千恵は寝室のベッド、光治はダイニングの床である。
 沙千恵は、夜中に喉が渇いて目が覚めた。時計を見ると3時である。水を飲みに台所に行こうとしたとき躓いた。光治が寝ているのを忘れていたのである。光治はそれにも気付かないほど、ぐっすりと寝ていた。
                      −続く−







2021/04/10 5:44:09|小説「遅かった春」
遅かった春−15−
遅かった春−15−
 
 「それであんた、これからどうするつもりなのよ。」
沙千恵が聞いた。
「だからこうやって空き巣に入ったんです。掴まって刑務所に入れられたっていいと思ってた。そうすれば食べ物に困ることもないし。」
「あんた、それってあの世のお父さん、お母さんに対しても情けないと思わない?」
「だけど、食べていかないことには・・・・・」
「それもそうねえ。」
「でもすみませんでした。本当にごめんなさい。それにご馳走様でした。久しぶりにお腹いっぱい食べることができました。本当にありがとうございました。」
そう言うと男は立ち上がって、玄関の方に向かって歩こうとした。
「ちょっと、ちょっと、待ちなさいよ。どこに行くのよ。」
「だって、ここにいても迷惑をかけるばかりだもの。」
「だけど、行くところはあるの?」
「近くの公園にでも行きます。この季節だと暖かいから、何とかなります。」
「待ちなさいよ。風呂にも入っていないんでしょう。シャワーくらい浴びて行きなさいよ。」
「いえ、そんなことをすると風邪をひきますから。」
「じゃあ、うちに泊って行けばいいわ。だけど、変な気を起しちゃだめよ。そんなことをしたら、また腕を捩じあげちゃうからね。」
「はい・・・・・」
「ところで着替えはあるの?」
「いえ。」
「家は近いの?」
「いいえ。」
「仕方がないわねえ、コンビニに売っているはずだから、これで買って来なさいよ。」
そう言うと、沙千恵は千円札2枚を男に渡した。
                        −続く−







2021/04/09 5:29:08|小説「遅かった春」
遅かった春−14−
遅かった春−14−
 
 コンビニでおにぎりとパン、牛乳、それにインスタント・ラーメンなどを買って戻ってみると、男はいた。ダイニングの床に座ったままうなだれている。
「さあ、どれでも好きな物をお食べなさい。」
「ありがとう・・・・・」
男は、パンを掴むと急いで頬張った。余程お腹が空いていたのだろう、しばらく無言で食べていた。5つあったパンを全部食べ、更におにぎりを食べると、やっと一息ついたと言うふうにお腹を撫でた。
 その間に入れたインスタント・コーヒーを男に差し出しながら、沙千恵が聞いた。
「随分、お腹が空いていたのね。」
「うん、昨日から水しか飲んでいないんだ。」
「会社をリストラされたって、フリーターだって何だってあるでしょうに。」
「それが。厳しくて面接で落とされちゃうんだ。高校中退じゃ、働けるところなんかないんだよ。」
「今までいた会社にはどうして入ったのよ?」
「うん、高校にいたときの先輩の会社だったんだ。会社と言っても、土建の下請けのようなことをしている小さな会社だから雇ってくれたんだけど、この不況でやり繰りが大変なんだよ。済まないけど辞めてくれないかと言われたらどうしようもないんだ。俺、先輩が毎晩奥さんと電卓を見ながら、頭を抱えていたのを知っていたから。」
「そう・・・・・」
「それに、東京にはその先輩以外に知っている人もいないんだ。まだアパートにはいるんだけど、そこもいつ追い出されるかわからないんだ。」
 男はふ〜っとため息をついた。
                       −続く−







2021/04/08 5:58:21|小説「遅かった春」
遅かった春−13−
遅かった春−13−
 
 沙千恵は、玄関に向かって走って行こうとする男を、両手で遮った。男は、沙千恵に殴りかかって来た。沙千恵は、その手首を掴むと、手前に引きながら捩じ上げた。高校の頃稽古を積んだ合気道が役立ったのである。
「イテテテテッ!」
男が唸った。沙千恵は、男の手を捻ったまま、床に押さえつけた。
「お願いだ。逃げないから、手を離してくれよ。」
「本当ね。あなたは、何者?」
「俺は、会社をリストラされて、どうしようもなかったんだ。こんなこと初めてなんだよ。見逃してくれよ。」
「で、何者なの?」
「本当だよ、初めてだよ。こうしないともう2日も何も食べていないんだ。」
「わかったわ。でも話を聞かないと、許すわけにはいかないわ。逃げなくて、暴力も振るわないと約束するなら離してあげる。」
「約束するよ。」
その言葉に、沙千恵は男の手を離した。男は、まだ痛そうに腕を撫でている。
 男は、痩せて青白い顔をしていた。着ている物も、ジーンズに汚れたワイシャツだった。
「なんで、泥棒になんかに入ったのよ。」
「会社をリストラされたんだ。アパートの電気や水道も止められるし、昨日から何も食べていないんだよ。それで仕方なく。」
「仕方がないから、泥棒に入ったってわけ?」
「ごめん・・・・・」
「ご両親は?」
「小学校のとき、交通事故で死んじゃったよ。」
「それで?」
「親戚に預けられて高校まで行ったけど、中退して田舎から東京に出て来たんだ。」
「あなた、お腹が空いているのね。」
「うん。」
「じゃあ、ちょっと待っていて、今、そこのコンビニに行ってパンでも買って来るから。」
 沙千恵はそう言うと、バッグだけ持って玄関から出て行った。幸い、金になるような物は部屋にはない。男が逃げれば逃げたで、それはそれで良いと思った。
                    −続く−







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