遅かった春−17− 沙千恵は、台所でそのままにしてあったグラスで水を3杯たて続けに飲むと、ベッドに戻ろうとして、ダイニングの豆球の光で光治の寝顔を見ると、まだあどけない顔に見えた。沙千恵は、じっと男の顔を覗き込んだ。光治は静かな寝息をたてて眠っている。しばらく顔を見ていたが、毛布を掛け直してやるとまたベッドに戻った。 翌日は土曜日、会社は休みである。朝、沙千恵の目が覚めた時、カーテン越しに外の光が差し込んで来ていた。時計を見ると、9時である。台所の方からゴソゴソ音が聞こえるので、瞬間何があったのかと思ったが、昨夜のことを思い出した。 襖を開けてダイニングに出ると、光治が台所にいるのが目に入った。 「何をしているのよ?」 「あっ、おはようございます。何もできないけど、お湯だけでも沸かしておこうと思って。」 「あらっ、ありがとう。」 「コーヒー飲みますか?」 「そうね。」 光治は、お湯をポットに移し、インスタント・コーヒーの壜とカップと共にテーブルに運んで来た。 「ちゃんと眠れた?」 「はい、お陰さまで。」 「さて、これからどうするかねえ?」 「ええ、何とかします。」 「何とかするって、食べ物もないんでしょ。」 「はい・・・・・」 「一緒に考えましょうか。」 「はい・・・・・」 「いずれにしても、仕事を探さなくちゃね。」 「はい。」 「そのためには、ハローワークに行かなくちゃね。」 「はい。」 「仕事が見つかるまで、ここにいる?」 「えっ!」 光治は、驚いたような顔をして沙千恵を見つめた。 その日から、奇妙な同棲生活が始まった。 日曜日に、光治のアパートに行って、荷物を運び、退去手続きを済ませた。その後、パジャマや下着、夏用の布団なども買って、一通り生活できるようにした。 −続く− |