恋盗人(こいぬすびと)−18− 日々、常務が出勤するとその日のスケジュールを報告し、用件を聞いて必要な調整するなど、秘書としての仕事をしていましたが、自分の配置希望などプライベートな話をする機会はありませんでした。 そんなとき比較的早く機会が訪れました。常務が、「三崎君、いつも世話になっているから、お礼に食事に誘いたいのだけど、君の都合はどうかな?」と言いました。私は、「ありがとうございます。お言葉に甘えます。」と答え、その週の金曜日に行くことになりました。 金曜日、私は、先日買ったばかりのワンピースを着て出勤しました。 常務が連れて行ってくれたのは、恵比寿にある料亭でした。タクシーが止まったのは、古い格式のある料亭の前で、門を見たところから私は圧倒されましたが、常務は慣れた調子で奥に入って行きます。 玄関のところで、和服の女将が出迎えています。 「いらっしゃいませ。」 「あゝ、よろしく頼むよ。」 女将が、私達を部屋に案内します。部屋は洋間で、真ん中に大きなテーブルがありました。 「僕も、最近は座敷が苦手でね。この方が楽でいいんだ。」 「助かります。私も、正座は苦手です。」 「ところで、君は、お酒は飲めるのかね?」 「はい、少しなら。弱くて、すぐに眠くなってしまうのです。」 「そうか、わかった。」 そう言うと、女将にビールを持ってくるように言いました。 食事は、あらかじめ常務から好みを聞かれ、何でも良いと答えて、じゃあ和食にしようと言われていたのです。 最初にビールが出され、女将が常務、私のグラスへと注いでくれました。 「いつもありがとう。今日は、君に感謝の日だ。遠慮しないで、食べて飲んでくれたまえ。」 「ありがとうございます。私の方こそ、未熟で申し訳ありません。」 「いや、君の仕事ぶりはなかなかだよ。細かいところにも気が付くし、感謝しているんだ。」 「君は、R大出身だよね。それで僕のところに来て貰ったんだけど、今の仕事に不満はないかね。あったら何でも言ってくれ。」 「いいえ、不満だなんて、とんでもございません。でも、時期が来ましたら営業もやってみたいと思います。商社の仕事は、やっぱり営業が主役ですから。」 「確かにそうだな。僕も、若い頃はずっと営業でやって来て、総務に回されたときはがっかりしたので、よくわかるよ。」 「常務も営業部にいらしたのですね。海外勤務など、ご苦労も多かったのでしょうね。」 「うん、確かに苦労も多かったが、やり甲斐もあったね。」 食事が運ばれて来ました。先程の前菜から始まって、汁物、お造り、煮魚などが順番に運ばれて来ます。 その間、常務はアメリカや東南アジアで勤務した時代のことを懐かしそうに話していました。 ―続く― |