晩秋の歌−21− 季節は春、その日は良い天気だった。私が迎えに行くと、彼女は春らしいブラウスに淡いピンクのカーディガンを羽織っていた。彼女が乗り込むと、早速車を走らせる。常磐高速から首都高を抜けて東名高速へと走って行く。その間、彼女は本当に楽しそうにしていた。 伊豆高原に入ったとき、富士山が見えた。 「まあ、あんなに大きく見えるのですねえ。」 美紀が、驚いたように言った。私は、道路脇に車を止めた。車から出ると、高原の風が冷たい。 「まあ、寒い。」 私は、そう言って寒そうにしている美紀の肩を抱いた。そんな姿勢のまま、二人はしばらく富士山を眺めていた。そんな私達に気付いてか気付かないでか、どんどん車が通り過ぎていくが、二人とも少しも気にならなかった。 再び、新緑の伊豆スカイラインを走って行く。途中、昼食を取りながら、浄蓮の滝、天城越などを見ながら、伊豆の最南端の町下田へと向かった。 下田に入ると、まず爪木岬で水仙を見た。海岸に一面の水仙の花が咲き、良い香りを漂わせている。さすがに南伊豆は暖かいのだろう。私達は、水仙の丘を、手を繋いで歩いた。下田の町中に入ると、さすがに開港の歴史を持つ町で、いろいろな名所がある。中でも歴史の舞台となったいくつかのお寺を見て回ったが、その中に長楽寺や宝福寺など唐人お吉にまつわるお寺がある。 お吉は、下田一の人気芸者だった。あるとき、ハリスが体調を崩し日本に看護婦を派遣するよう要請する。しかし幕府は、妾を斡旋されたのだと思い、お吉に白羽の矢を当てた。お吉には、婚約者がいて断るが、幕府に許してはもらえなかった。そんなお吉に地元の人の目は冷たかった。ハリスが回復し、お吉は3か月で解雇され芸者に戻るが、地元の人の彼女を見る目は変わらない。やがて彼女は酒に溺れ、物乞いまでするようになり、最後は自ら命を絶ってしまう。お吉48年の生涯であった。 そんなお吉の生涯の説明書きを見ながら、美紀は目に涙を浮かべている。私は、彼女の肩を抱いて歩いた。 下田を出ると、宿泊地の土肥に向かう。西伊豆の道路は狭く、車も少ない。私は、急ぐことなく車を走らせた。土肥のホテルに着いたときは、4時になっていた。西伊豆は、日が沈む方向だけに夕方も明るい。私達は、チェックインのとき、フロントで「今から行くと露天風呂から沈む夕陽がきれいだ」と聞かされていたので、早速露天風呂に行くことにした。 露天風呂は、長い廊下をわたって海に突き出た小高い丘のようなところにあった。男湯が手前にあり、その先の小高いところに女湯があった。温泉に入ると、確かに、駿河湾がすぐ下に見下ろせ、その先に沈む夕陽が見事だった。右手には、富士山も夕陽に輝いてきれいである。 おそらく美紀もその景色を眺めているのだろう。私は、気になって女湯の方を見上げたが、彼女の姿は見えなかった。 ―続く― |