春の行方−16−
正月が開けると、年度末に向けて仕事はかなり忙しくなった。顧客の会社も新年度の予算を立てたりするので、そのための売り込みや見積もり書の提出など作業も多いし、出歩かなければならないことも多い。忙しくしているうちに、あっと言う間に3月になった。社内でも、4月1日の定年の人や、それに伴う人事異動の噂が流れるようになる。 寮からも転出する人もいれば、新しく入ってくる人もいる。寮の入居は、長くて10年と決められていた。新しく地方から出て来る人達に優先的に入居して貰うためである。多くの人は、その前に結婚したり、自分でマンションを買ったり借りたりして出て行った。 新年度になった。新しく寮に入って来た新人は3人であった。他にも、転勤で来た単身赴任者もいて、5人の歓迎バーベキュー大会をすることになった。 光太郎達は、同期5人で準備をするために最初のミーティングを持った。寮の集会所でビールを飲みながらのミーティングである。その結果、光太郎がリーダーに、大室がサブ・リーダーをすることになった。 場所の予約、天気予報の確認、買い出し、運搬の計画など、けっこう大変な作業である。しかし、5人でこなしバーベキューの日を迎えた。 新入社員は、男2人、女一人である。男は大石と黒木、女は前中といった。 準備を手伝おうという彼等に、1年先輩社員達は、「今日まではお客さんなんだから、食べて飲むだけにしてくれないか。」と言った。 前中陽子は、ちょっとひょうけた明るい茶目っ気のある感じの女の子だった。バーベキューが始まると、アッという間にみんなの人気者になっていた。 そんな新人達の様子を見ながら、光太郎と大室、久恵達達は一生懸命になってバーベキューの肉を焼き続けていた。 肉を食べ、ビールの酔いが廻るころには、みんなすっかりうち溶け合っていた。 男達は、女性を中心にして集まっている。圧倒的に多いのは、陽子の周り、他の女性には数人ずつの男が取り巻いている。やはり人気者は陽子である。ポチャっとした可愛い感じの顔立ちで、とにかく陽気で冗談ばかり言っている。去年のヒロインは久恵だったが、今年はその立場を奪われた感じだった。久恵も陽気だが、ちょっと模範的な感じがする。 それに比べて、陽子は天然系と言っても良いくらい天真爛漫なのである。それに端正な顔立ちも、久恵にとってはマイナスだったのかも知れない。光太郎は、先輩の女性の近くで飲んでいた。 広末一恵という庶務課の女性で28歳、寮の女性の中では一番の先輩で、いかにも姉御肌といった感じである。 「三永君、2年生社員のお勤め、ご苦労さま。」 今まで、他の男性達と笑いながらお喋りをしていた一恵が、突然光太郎に話し掛けた。 「あっ、いえ、去年は僕達がお世話になりましたし、順番ですから。一恵先輩も、されたのでしょう。」 「そうね、遠い昔のことだけど。」 その言い方に、ちょっとニヒルな感じがした。 光太郎は、かなり飲んだ。ビールが多かったので、トイレも近くなる。ビールのトイレは、始まると忙しくなる。何度目かに行ったとき、一恵と途中で一緒になった。 そのとき、一恵が言った。 「三永君、これが終ったら、二人でカラオケに行きましょうよ。7時に駅裏のシダックスで待っているわ。」 それだけ言うと、さっさと女子トイレに入って行った。 −続く− |