男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2021/11/26 14:28:03|小説「初冬の風」
初冬の風―16−
初冬の風―16−
 
 約束の釣りに行く日も、秋晴れの良い天気で、海も波静かだった。瀬戸の海は、余程のことでもない限り荒れることはない。
 私達は、並んで竿を投げた。この日もけっこう釣れた。朝から釣り始めて、昼前にはバケツ半分くらいになっていたから、数十尾は釣れていた。私は、それを半分に分けて、ひとつを慶子に渡した。彼女が言った。
「こんなに食べ切れませんわ。これから料理をしますから、食べて行ってくださいませんか。」
「いいですか?」
私は、そう言われるのを期待していたので、喜んでオーケーした。
 彼女の家に着くと、二人でキスを捌いた。狭いキッチンなので、時々身体が触れた。しかし、彼女はそれを気にしている様子はなかった。
 今日は、煮付けにするようである。生姜や昆布などを入れて、醤油や味醂で煮付けている。煮えている間に、恵子がビールとハムを出して来て、テーブルに就いた。二人で並んでビールを飲んだ。
「慶子さんは、釣りの名人だ。僕なんか、最初は坊主のことが多かったのに、慶子さんは最初からたくさん釣っている。」
「それは、お師匠さんが良いからです。」
「いや、どんなお師匠さんだって、弟子に才能がなければこうは行きませんよ。」
 そんな話をしているうちに、キスが煮えて来たようだった。慶子は、それを皿にきれいに盛り付けて持って来た。
 煮付けも美味しかった。
「慶子さんは、料理の名人ですねえ。これも美味しいです。」
「美味しいと言っていただけて嬉しいです。一人で食べたのでは、同じ味でも美味しくありません。」
「慶子さんは、結婚はしないの?」
私は、気になっていたことを聞いた。
「そうですね、結婚したくないわけでもないのですが、なかなか縁に恵まれません。」
「あなたほどの美しさなら、言い寄って来る男は多いと思うのですけどねえ。それに料理だって上手だし。」
「何度かはそういうこともありましたが、みんな帯に短したすきに長しでした。」
 彼女は、そう言って笑った。
             ―続く―







2021/11/25 15:03:59|小説「初冬の風」
初冬の風―15−
初冬の風―15−

 私達は、麓の景色を眺めながら、話を続けた。その間に、何人かの人が山頂に登って来ていたが、話声が聞こえるのだろう、遠慮してか私達のいるところには来なかった。
 話が終って、彼女が後片付けをしようと立ち上がったとき、私は彼女の手を取って、自分の方に引き寄せ、「好きです。」と言ってキスをしようとした。これには勇気がいった。もしかしたら、このまま嫌われてそれきりになるかも知れない。しかし私の情動は抑えられなかった。
 彼女は、一瞬驚いたようだったが、拒みはしなかった。ちょっと迷ったようだったが、キスを返した。それは、軽く唇を合わせるだけの幼い子供のようなキスだった。
 私は、「ごめん、好きなのです。」と言った。
「いえ、良いのです。私も、三苫さんのことを好きですから。」
「こんなことをして嫌われるのではないかと思いました。でも、この気持ちを止めることができませんでした。」
「いいのです。私も嬉しかったです。」
そう言って、今度は彼女の方から私の唇にチュッとキスをした。
 山を下りるとき、彼女が自分を男として見てくれているのだと思うと、私の心は高ぶっていた。彼女とキスを交わしたことが大きく自分の心を変えていた。いつもは木に摑まりながらそろそろと下りて行くのだが、このときは足取りも軽いように思えた。
 山を下りているとき、いつもの顔見知りに出会った。その彼女が私に向かって言った。
「今日は、お嬢さんと一緒ですか。父娘で仲良く山登り、いいですねえ。」
 私は、神妙な顔で「はい」と曖昧な返事をしていたが、心の中は複雑だった。他人から見れば、どうしたって親子なのである。それは、ついさっきキスを交わしたことと相容れないことだった。慶子が笑いながら言った。
「お父さん、今日は楽しかったです。さあ帰りましょう。私は、夕食の支度もありますから。」
「全く、君までがそんなことを言うなんて。」
「オホホッ、あのときの三苫さんの顔ったらなかったですもの。神妙な顔つきでしたわ。」
「でも仕方がないよねえ。僕は、君のお父さんと同じくらいの歳だからねえ。」
「ご心配なく。三苫さんは、男性ですわ。」
 その言葉に、私は救われる思いがしていた。
 麓まで下りて来たとき、次の慶子の休みの日に、一緒に釣りに行く約束をして別れた。
             ―続く―







2021/11/24 12:49:40|小説「初冬の風」
初冬の風―14−
初冬の風―14−

 私達は、ベンチに座ってサンドイッチを食べた。中には、卵とハム、野菜が入っていた。慶子は、更にリュックからコーヒーの入ったポットと紙コップを出した。紙コップは2つある。
「美味しいです。慶子さんは、本当に優しいですね。」
「いえいえ、たまたま山に登ればお腹が空くだろうと思っただけです。一人前作るのも、二人前作るのも手間は同じですから。」
「すみません。でも本当に美味しいです。」
「良かったです。そう言っていただけて嬉しいです。」
「慶子さんと知り合えて、本当に良かった。山も良いけど、そこで人との出会いがあるのがもっと良いですね。挨拶を交わして何人かの知り合いはできたけど、あなたのような若くてきれいな女性はいないし、何と言ってもあなたは優しい。」
「そうでもありませんわ。患者さんからは、鬼看護師などと言われることもあります。」
そう言って笑った。
「まさか、冗談でしょう。あなたのような優しい人が、そんなことを言われる筈がありません。」
「いいえ、薬を飲まない患者さんや、入院していて酒を飲んだりする人には厳しく言いますから。」
「わがままな患者さんもいるでしょうから、厳しさも必要なのでしょうね。」
「三苫さんのような優しい人には、優しくしようと心掛けています。」
「人の心には鏡のようなところがありますね。相手が優しければ、自分も優しくなれる。反対に悪意を持っている人には、意地悪をしたくなる。僕も、会社勤めをしている頃は、よく部下を怒鳴ったりしました。失敗は怒らなかったけど、悪意のある行動や意図しての怠業などは叱りました。でも一生懸命頑張っている者には、けっこう優しくしました。」
「お仕事をされていると、ご苦労も多かったのでしょうね。」
「苦労もありましたが、楽しいことも多かったです。」
 そんな話をしているうちに、二人はサンドイッチを食べ終わっていた。
             ―続く―







2021/11/23 14:35:17|小説「初冬の風」
初冬の風―13−
初冬の風―13−
 
 尾根を歩いていると、下りが過ぎるとまた次の丘に向かっての登りとなる。私が道脇の木の枝を掴んで一気に登ろうとしたとき、その枝が折れて、後ろに倒れそうになった。慶子が慌てて私の身体を支え、私は彼女に後ろから抱かれる形になった。私の背中に、彼女の乳房の感触が感じられた。彼女は、そのことを気にする様子もなく、「大丈夫ですか」と言いながら、私の身体を起こした。
「ごめん、ごめん。こんな細い木の枝に摑まるなんて、僕の不用心でした。」
「急がずゆっくり行ってください。安全が第一ですから。」
「うん、ありがとう。そうします。」
 そのとき、改めて私は自分の年齢を感じた。岩場を登るときの足腰のバネ、バランス感覚などが、若い慶子とはまるで違うのである。彼女の動きには身体のしなやかさがあったが私にはまるで無いのである。
 考えてみれば、親子ほどの年の差である。体力の差があって当然だったが、そのことが私と彼女の関係に影響して欲しくなかった。私にとっての彼女は、娘ではなくあくまで女性だった。
 彼女がどこまで私に男を意識いるか、それも大きな関心だった。彼女の性格には、無邪気とか天真爛漫なところがある。人を警戒しない。私を自分の家に入れたりしても気にしていない。もし男を意識しているのなら、家に入れたりはしない筈である。家に入れてくれたことは嬉しかったが、そう思うと寂しいような気もした。
 1時間半ほど歩いて、山頂に着いた。山頂には、誰もいなかった。山頂の近くには、一段下がったところに小さな広場があり、そこには二人だけが座れるほどの小さな木製のベンチがあった。そこだと、人がいると他の人は遠慮して来ない。私達は、そこに行って並んでベンチに座ると、彼女がリュックサックから小さな包みを2つ取り出した。サンドイッチだった。彼女は、「どうぞ。」と言って、そのひとつを私に手渡した。
             ―続く―







2021/11/22 12:53:23|小説「初冬の風」
初冬の風―12−

初冬の風―12−

 1時間ほど歩いたところに、小さな見晴らし台のようなところがある。私達は、そこで小休止を取ることにした。普段の慶子なら休むことなく歩いて行くのだろうが、今日は私に気を使っているのだろう。
 目の前には、瀬戸内の海が広がって、島々が浮かんでいるのが見える。二人で小さな木製のベンチに並んで座ると、彼女がリュックからレモン味のキャンディを、私がカンロ飴を同時に取り出した。お互い、笑いながらそれを交換して口に入れた。
「こっちから登るのは初めてですが、尾根のコースなのでけっこう景色が良いですね。」
「私は、運動のためにも、いつもこっちから登っています。今日は平日なので人もあまりいませんが、土日だと麓の駐車場もけっこういっぱいで、車が停められないときもあるのですよ。」
「そうですか。僕は、家から真っすぐ登るので、その心配はありません。」
 5分ほど休憩して、二人は再び歩き始めた。歩き始めるとき、慶子が「三苫さん、先に歩いてください。」と言った。どうやら、私の体力に気を使っているようである。歳とはいえ、女性に同情されるのは何とも寂しい気がした。
 私は、慶子を女性として意識していた。しかし彼女の立場に立って考えてみるとどうなのだろうかと思う。彼女は、自分の息子とそんなには違わない年齢である。彼女が、私のことを父親のような目で見ているのか、あるいは男として見ていてくれるのかはわからない。
 それはそれで良かった。私は、こうして彼女と一緒にいるだけで楽しかった。彼女の私に対する好意は失いたくなかった。だから父親として見られようが、男として見られようが、嫌われることに比べればどっちでも良いことだった。
 私は、彼女の前を迷惑をかけまいとして急いで歩いて行った。尾根とはいえ、平坦ばかりではなく、かなりの起伏がある。登りのときは良いが、下りはけっこうバランスを崩しがちである。道脇にある木に摑まりながらそろそろと下りて行くのだが、後ろから慶子が心配そうに見ていた。

             ―続く―








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