寒椿−1−
外は随分冷えている。通勤途中の通りの家々の庭には、椿や山茶花などが、咲き始めていた。
私は、仕事の帰り、いつものように由紀子のいるスナック“夢”に寄った。“夢”のママさんは随分歳で、最近は由紀子が実質的に店を切り盛りしていた。
由紀子は、店の人気者だった。世の中には、一緒にいるとほんのりと和やかになるようなタイプの人と一緒にいると緊張しなければならなくなるタイプの人がいるが、由紀子は典型的な前者だった。一緒にいるだけで落ち着くし、心が安まるのである。店に来る客達は、そんな由紀子を目当てにやって来ていた。
ある作家が何かの本に、「男が女に求めるものは、ときめきか、安らぎである。」と書いていた。色気のある美人が前者であるとすれば、由紀子のように優しくて、男の心をふんわりと包んでくれるようなタイプの女性は典型的な後者である。
由紀子は、話し方もおっとりとしていた。自分からは決して多くは喋らないが、こちらが話し掛けるとちゃんと受け答えをしてくれた。芸術から芸能界の話題、趣味や政治の話までいろいろな話題が出るのであるが、それにもキチンとした答えを持っていたから、かなりの物知りであることには間違いないのだが、決してそれをひけらかすようなことはなかった。私が間違ったことを言っても、その場では何も言わないで、あとで遠回しに教えてくれるような優しさを持っていた。
それと由紀子の魅力のひとつは、決して嘘の言えない人柄である。どんなに上手に振る舞っていても、嘘を言う人は信用できない。
何度か店に通っているうちに、私はすっかり由紀子と親しくなっていて、私が顔を出すと、他の客がいてもそれは若い女の子に任せて、私の方に来てくれるようになっていた。一人カウンターに座って飲むことが多いのだが、その時も余程忙しくない限り、カウンターの中から私の相手をしてくれていた。
−続く−