男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2022/05/10 6:01:48|小説「若草の唄」
若草の唄−05−
若草の唄−05−

 中学校に入っても、紀美子の成績は群を抜いていた。入学当初の試験でも他を抜いて一番だったし、その後も一番を保ち続けていた。また部活ではテニス部に所属して、それなりの成績をおさめていた。
 3年になると、生徒会長こそ男子であったが、彼女は副会長に選ばれるなど、学校では目立つ存在に変わりはなかった。テニス部では、みんな彼女の言うことをよくきいていた。成績も抜群で、しかも偉ぶるところのない彼女は人望も厚かったのである。
 高校に入っても、彼女の成績は一番だったし、テニスを続けていた。テニスの方は、2年のときは県大会に出るくらいの実力になっていた。そんな彼女を学校の方でも注目し、将来は奨学金でも出して有名な大学に行かせようという話も持ち上がっているようだった。
 高校3年になったある日のことである。朝、サイレンの音で目が覚めた。外に出てみると、紀美子の家に救急車が来ていた。何事かと思って走って行ってみると、紀美子の父親が担架で運ばれていた。母親はオロオロしていて、紀美子も心配そうに付き添っていた。
 後で聞いた話であるが、紀美子の父親が先物相場に手を出して大きな借金を作り、農薬を飲んで自殺を図ったとのことであった。結局、父親は亡くなり、莫大な借金が残った。
 このことは、町の教育委員会でも問題となった。彼女をどうしても大学に進学させたいから、奨学金の他にお金を準備しようという動きが出て来たのである。父親の49日の法要が済んだ頃、担任の教諭が来てそのことを紀美子の母親に告げた。母親は考えてみると言ったが、結局紀美子はそれを拒否した。働いて借金を返すと言うのである。
 紀美子の家や田畑は売られ、町に小さな借家を借りて住むことになったが、まだ借金は残っていた。しかし小さな町のこと、働くところがあるわけではなかった。私は、紀美子がどうするのか、何とか相談に乗ってやりたいと思ったが、良い知恵はなかった。
                        −続く−







2022/05/09 6:27:36|小説「若草の唄」
若草の唄−04−

若草の唄−04−

 紀美子は女、相手は男二人、所詮かなう相手ではなかった。掴み掛かって行ったものの、すぐにねじ伏せられてしまった。男の一人は、紀美子に馬乗りになって押さえつけている。私は当時体格も小さく力もなかったので、すぐに出て行く勇気もなくしばらく様子を見ていた。
「さあ、謝れ!」
馬乗りになった男が言った。
「いやよ、なんで謝らなければいけないの?」
紀美子は、頑として謝ろうとはしない。
「それならこうしてやる!」
男の子は、平手で紀美子の頬を叩いた。
「痛い!何をするの?」
「まだ謝らないか!」
更に男の子が叩こうとした。
 このとき、私は出て行って、馬乗りになっている男の子を突き飛ばした。もう一人の男の子が私に突っかかってきた。取っ組み合いの喧嘩になったが、すぐに私はねじ伏せられて、二人の男の子達からボカボカと殴られた。10分ほど殴られ続けて、顔中傷だらけになったところで、男の子達は帰って行った。
「ごめんね。私のために。」
「いや、いいんだ。あいつら、いけない連中だ。」
そう言いながら、私は殴られても、出て行って良かったと思った。もし、あのまま知らない顔をしていたら、きっと将来とも後悔していたに違いないと思う。私は紀美子に幼いながらも恋心を抱いていたのではないだろうかと思う。自分の女が苛められていることにどうしても我慢ができない、そんな気持ちがあったのではないかという気がしている。 そして、その時が、私が紀美子を助けた唯一の場面であったように思う。
 小学校も高学年になるに従って、紀美子の存在は学校でも有名になって行った。成績は抜群であるし、可愛さでも群を抜いていた。テストはほとんど満点であったし、先生の質問にもほぼ完璧な答えを出していた。
 一方、私はといえば相変わらず平凡で目立たない存在だった。学校ではお互いに話をすることはなかったが、家への帰り道などでいっしょになると話をした。
 そんな彼女であったが、自分の成績の良さを驕るようなことは少しもなかった。
                  −続く−








2022/05/08 5:01:51|小説「若草の唄」
若草の唄−03−
若草の唄−03−

 病院から帰った最初の一日は家で寝かされていたが、骨折なので寝ている必要はない。家のまわりを松葉杖などで歩いたりはするのだが、私は寂しかった。誰もいない家でジッとしていると、紀美子と無性に遊びたくなった。考えてみれば、幼い頃から一人ぼっちになることはなかった。家にいるときは家族といっしょであり、昼間学校に行くようになるまではずっと紀美子といっしょだったのである。
 最初の日、紀美子は学校から帰るとすぐに見舞いに来てくれた。私が元気なのを知ると、「私、明日から、学校で習ったことを教えてあげるわ。」と言い、その日は夕方まで私といっしょに遊んで帰った。
 翌日から、紀美子は毎日、その日学校で教わったことを、私に教えてくれた。教え方は、なかなかしっかりしていた。ちょっと先生の口振りまで真似しているのがおかしかったが、小学校一年生にしてはなかなか立派なものだったと記憶している。
 紀美子は勉強がよく出来た。小学校も学年が進んで行くに従って、成績の面でも、存在価値の面でもクラスの中で目立つ存在になっていた。一方、私の方は成績も極普通であったし、目立たない存在だった。小学校2、3年くらいになると、当時多くの子供達がそうであったように、私と紀美子はお互いに話をしなくなった。当時はまだ、男の子が女の子と遊んでいると、仲間から馬鹿にされる風潮があった。それがいつしか、家に帰ってもあまり遊ばなくなった。もっとも他にも理由はあった。10歳くらいになるともう立派な働き手であり、農作業を手伝わなければならなくなったのである。
 学校は町にあったのだが、町外れにいわゆる”部落”と呼ばれている場所があって、そこには悪が何人かいた。
 小学校2年の頃だったと思う。既に可愛さでも成績でも目立つ存在になり始めていた紀美子を、学校の帰り道で悪の仲間がからかっていた。気丈な紀美子は負けてはいなかった。口では負けていないものの、何しろ相手は悪で、しかも二人である。私は、ちょうど彼等が口喧嘩になっているところに後から追い付いて出くわした感じだった。
「返してよ!」
「やだよ。欲しかったら、自分で取り返してみな!」
悪達は、紀美子の持っていたお手玉の入った袋を取り上げていた。
「あんた達、そんなことをしていいと思うの?」
「いいも悪いもあるものか。欲しかったら、俺たちの前で謝れ!」
「何で私があんた達に謝らなければいけないの?」
「何でもだ!」
「それっておかしいわ!」
紀美子はそう言うと、男の子に掴みかかって行った。
                −続く−







2022/05/07 4:49:52|小説「若草の唄」
若草の唄−02−
若草の唄−02−

 最初は今まで行ったことのあるところで山ももの実を取っていたが、二人にとって実の大きさや甘さがまだまだ物足りなかった。
「私、おじいちゃんから、ずっと奥に大きな甘い実のなる木があるって聞いたことがあるわ。」
紀美子がそう言った。
「じゃあ、行ってみよう!」
私もすぐに賛成した。二人は、けもの道のような道を、藪をかき分けながら上って行った。しばらく進むと、大きな山ももの木があって、枝の先には大きな甘そうな実がたわわに実っていた。
「あったわ。これよ!」
「うん、おじいちゃんが言っていたのはきっとこれだね。」
 二人は、喜びのあまり夢中になって木に登り、実を採っては口一杯に頬張って食べた。山ももは、枝の先に実がついている。先にあるものほど黒っぽく熟れて甘い。私は枝の先へ先へと上って行った。夢中になって枝の先の実を採ろうとしたそのときである。枝が折れる音とともに、自分の体が木から落ちるのを感じた。記憶はそこまでだった。
 気がついたときには、紀美子が私を抱きながら「大丈夫?大丈夫?」と繰り返し、繰り返し言っていた。
「痛ッ!」
私は、うめくように言った。全身が激しく痛く、気持ちも悪い。
「どうしよう?」
紀美子は途方にくれているようだったが、やがて覚悟を決めるように言った。
「私、光ちゃんを負ぶって行くわ。痛いけど、背中に掴まって!」
 そう言うと、私を抱え上げて背中に負ぶった。同い年であるとはいえ、一年生の女の子が男の子を背負うのは大変である。しかもけもの道のような藪の茂る道を歩いて行くのである。よろけながら1時間も歩いていただろうか、やっと麓まで下りてきて田んぼのあるところまで来たところで私を草むらに寝かせ、農作業をしている私の母親を呼びに行った。驚いた母親は、紀美子に礼も言わずに、そのままリヤカーに乗せて私を町の診療所に運んで行った。そのときも紀美子は心配そうにずっと後ろを着いて来ていた。
 診断の結果は右足の骨折と、あちこちの打撲だった。後で聞いた話だが、私が治療を受けている間ずっと私の母に「すみません。」を繰り返していたという。彼女が山奥まで誘ったからと言うのである。
 その日は一日診療所のベッドに寝かされて翌日退院したが、私は足をギブスで固められ、歩くことができなかった。近くなら松葉杖で何とかなるのだが、学校までは遠く、しばらく学校を休まなければならなくなった。医者の診断だと、3週間はギブスを外すことができないだろうということだった。
                      −続く−







2022/05/06 5:41:33|小説「若草の唄」
若草の唄−01−
若草の唄−01−

 私と紀美子は幼馴染で、物心ついた頃からいっしょに遊んでいた。
 私の家と紀美子の家こそ並んでいたが、山里の田舎で他には近所といっても遠く離れていて行き来できる家はなかったし、小さい足で遠くに行くこともなかった。紀美子の家は、私の家に比べると田畑も広くて良いところにあり裕福だった。
 私の家は貧しく、やがて次男、三男が生まれてくると益々生活は苦しくなった。それに比べて紀美子は一人っ子で、両方の家の貧富の差は広がる一方だった。
 次男、三男は、少し年が離れて生まれてきたから、最初子供といえば私と紀美子だけであり、自然仲も良くなりその後もずっと二人で遊んでいることが多かった。二人の遊びは、ままごととか、かくれんぼ、双六やカルタなどだった。今思えば、二人きりの遊びでよく飽きないものだと感心するが、当時一日中いっしょにいたのを思い出す。
 3歳か4歳の頃だったと思う。ある日のこと、二人が庭で遊んでいて、紀美子が、喉が乾いたと言って中庭にある井戸に水を飲みに行った。すると、見知らぬ男がやって来て、「誰か。家にいるのか。」と聞いた。私は、怖くなって返事ができないでいた。男は私を睨むようにしている。人相が悪く、無精髭を生やしていて、何かの絵本で見た山賊のような顔だった。
「誰か、いないのかって、聞いているんだ。」
男が怒鳴るように言った。
 私は震え上がったが、何も言うことができなかった。どのくらい時間が過ぎたのかわからなかったが、私には随分長い時間のように思われた。その時、紀美子が帰って来て、私と男の間に立って言った。
「お父ちゃんも、お母ちゃんも、田んぼで仕事をしているわ。」
男は返事もしないで、口の中でボソボソ言いながら立ち去って行った。たまに郵便局員か農協の人くらいしか来ない田舎のこと、人相の悪い見ず知らずの男は紀美子にとっても怖かったに違いない。それなのに臆することもなく、男と私の間に入って堂々と対応した勇気は、今もって私の記憶に生々しく残っている。
 小学校に通う頃になると、次男が生まれていた。母親は幼い次男を農作業に連れて行っていたから、私の遊び相手はやはり紀美子だった。学校から帰ると、いっしょに遊んだが次第に二人の行動範囲は広がっていった。
 当時、おやつとてあまりなかった二人は、田植えで忙しい頃山にやまももをとりに行こうということになった。やまももは1センチほどの赤い実で、大きな木の枝の先にたくさんなる。甘酸っぱい味で、木によって実の大きさや甘さが違う。最初は里の近くのものを採って食べていたが、山奥に入ればもっと大きくて甘いものだあるだろうと相談し、二人は今まで行ったことのない山奥の方へと入って行った。
                −続く−







<< 前の5件 [ 1021 - 1025 件 / 2751 件中 ] 次の5件 >>  << 最新の記事へ >>