男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2022/05/15 5:35:31|小説「若草の唄」
若草の唄−10−
若草の唄−10−

 当時、私は大学を卒業間際になっていて、就職の方もある会社の地元の支店に決まった。3月に入ると入社の手続きをしたり、研修等で大阪の本社に行ったりしてそれなりに忙しい日を過ごしていた。卒業のときには、紀美子は長い祝電を寄越してくれた。
自分が大学に行けなかった思いを私に託していたような、そんな内容の電文だった。
 私は、卒業が終わって入社前の僅かな時間を見計らって家に帰り、両親に感謝の意を表すと、そのまま紀美子のところに会いに行った。
「電報、ありがとう。嬉しかったよ。」
「本当におめでとう。良かったわね。」
「うん、両親も貧しい中大変だったと思って、今、お礼を言って来たところだよ。」
「そうね、お父さん、お母さんも光ちゃんには期待しているみたいだから、これからも頑張らなくっちゃね。」
「うん、お腹の赤ちゃん、随分大きくなったね。」
「ええ、もうお腹を蹴ったりするのよ。」
紀美子はそう言いながら、自分のお腹を撫でている。その姿は幸せな母親そのものであった。
「でも、これから育てて行くのに女手ひとつで大変だね。」
「ええ、それは覚悟しているわ。でも、困ったら光ちゃんにも助けて貰わなければならなくなるかも知れないわ。」
そう言って明るく笑う。
「うん、そのときは遠慮なく言ってよ。」
そう冗談っぽく言ったものの、これから紀美子や産まれて来る子供が出会うであろう困難を思うと胸が痛んだ。
 私は、入社してからしばらくは研修的な意味合いもあって、大阪の本社で勤務することになっていた。大阪の勤務は1年の予定で、それが過ぎるとこっちの支店に帰してくれるということであった。
 出発の日、母親と紀美子が駅まで見送りに来てくれた。持ち前の美しさが仕事柄洗練されていた紀美子と、ついこの前まで貧乏学生で、まだスーツにも慣れていない私とでは、周りから見ればいかにも不自然な取り合わせであったが、幼いときからいっしょに遊んで来た私達は、何の違和感も感じなかった。
 5月に入って、紀美子が無事に男児を出産したとの連絡を受けた。母子共に健康とのことで、私は早速祝電を送った。
 8月のお盆のとき、私は帰省して紀美子に会った。
紀美子は、赤ん坊を抱いて出てきた。
「電報、ありがとう。嬉しかったわ。」
「紀美ちゃんも、赤ちゃんも、とても元気そうだね。」
「ええ、おかげさまで。」
「店の方はどうなっているの?」
私は、心配していることを聞いてみた。
「ええ、芳江ちゃんっていたでしょう。ちょっと年配の女の子、彼女にしばらくみて貰うことにしたの。この子と一年くらいはいっしょにいてやりたいと思うの。」
「そうか、赤ちゃんのためにはその方がいいのかな。」
そうは言ったものの、私は店がうまく行くかどうか、ちょっと心配だった。
 飲み屋となると、店よりママさんの人柄に客が集まって来る。今まで紀美子の店が流行っていたのは紀美子の人柄によるところが大きかった。芳江は確かに人は良かったのだが、客を上手に扱う才覚は紀美子の足元にも及ばない。それが私の心配の理由だった。
                  −続く−







2022/05/14 4:05:04|小説「若草の唄」
若草の唄−09−
若草の唄−09−

 ある日の明け方、紀美子の店が火事で全焼した。店には誰もいなくて怪我人などはいなかったが、店はあとかたもなく焼けてしまったのである。火元がなく不審火の可能性が強いことから警察が捜査した結果、以前紀美子に恋慕して振られたことのある若者の仕業とわかった。紀美子は途方にくれたが、すぐに立ち上がった。幸い保険に入っていたので、店を再建することができた。
 新しい店を建築途中の頃、私のところに紀美子から手紙が来た。読んでみると、妊娠したと書いてあった。結婚していないから、未婚の母である。手紙の中で、せっかく授かった子供であるから産みたいと書いてあったが、相手の男のことについては何も書いてなかった。
 私はショックを受けた。昔から紀美子が男に関心を持っているとは思っていなかった。むしろ固いイメージすら抱いていたのに、その紀美子が妊娠するとは想像もできないことだった。
 今思えば、私は自分の女を誰かに取られた、そんな思いがしていたのであろう。幼い頃からいっしょに遊び、ずっといっしょだった紀美子が私の見知らぬ男に抱かれしかも妊娠する、そのことが大きなショックの原因だったのであろうと思う。
 週末、私は急遽帰って、紀美子のところに行った。
幸い、紀美子は家にいた。
「妊娠したって、本当なの?」
私はすぐに聞いた。
「ええ。」
紀美子はちょっと恥ずかしそうに俯いて答えた。
「産むつもりなの?」
「ええ。」
「相手は誰なの。結婚はしないの?」
私は立て続けに聞いた。
「それは聞かないで。結婚はしないわ。」
「でも、それじゃあ・・・」
「いいの。これは私が自分で決めたことなの。」
「そうか・・・」
 私は、これ以上何も聞けなかった。紀美子は意思が強く、自分で決めたと言ったら意思を翻すような人間でないことを私は十分に知っていた。
「丈夫な赤ちゃんを産むんだよ。」
それだけ言うと、私は紀美子の家を辞した。
               −続く−







2022/05/13 5:35:54|小説「若草の唄」
若草の唄−08−
若草の唄−08−

 その後も紀美子の店は順調のようだった。しかし、女手ひとつで店を切り盛りして行く上ではいろいろな苦労もあったようである。ひとつは変な客は入れられないことである。変な客が居ついてしまうと、客層は急激に下がって行き、やがて店の経営も危うくなっていく。地方都市のことであるから、やくざやチンピラのような人間は多い。やくざが入って来てつぶれてしまった店は名前をあげるだけできりがない。そんな中で紀美子がどうやって凌いできたのかはわからないが、その一端を同級生から聞いたことがあった。
 あるとき、紀美子が一人で店の支度をしていると、見るからにやくざと思われる若い男が飛び込んで来た。とても慌てた様子で、紀美子の姿を見るや否や、「これを預かってくれ。」と言って拳銃を渡した。紀美子は咄嗟にそれを下着の中に隠した。そのまま男は店にいたが、すぐに数人の警察官が来て男を捕まえた。
 男が連れて行かれた後で、残った警察官が何か隠さなかったかと聞いたが、紀美子は知らないと答えたと言う。その後、その男は釈放され、それ以来紀美子のことを「姉御、姉御」と慕って店にこそ顔は出さなかったが、陰ながら他のやくざから守ってくれていたようである。
 紀美子の店には良い客がついた。町の財界の有力者や役人なども多かったし、個人的にも紀美子の人柄に惚れ、安心もして飲みに来ていたようである。
 そんなとき、町に新しくキャバレーが進出して来た。大手のチェーン店で、かなりきわどいサービスもするという噂のある店だったが、それが紀美子の店の女の子達を高額の給与で引き抜きにかかった。最初は紀美子を慕って離れようとしなかった女の子達も、かなり悪どい誘いもあって、生活や借金に困っている女の子が数人同時に店に出て来なかったことがあった。
 そのことを知った紀美子は当日になって、同級生に電話をしまくった。中には学校の先生や保育園の保母さん、役場に勤めている女の子達もいたが、そのうちの数人が店を手伝ってくれて急場を凌いだそうである。これも紀美子の人柄を知る仲間の好意によるもので、そのことが評判で却って店の評判が高まったようであった。
 しかしすべてが順調に行ったわけではない。時として運命の神様は人の幸せに対して嫉妬を感じることがあるのではないかと思うことさえあった。
                  −続く−







2022/05/12 6:17:57|小説「若草の唄」
若草の唄−07−
若草の唄−07−

 紀美子の店はたくさんの客で賑わっており、女の子も5、6人ほどいた。その中で、紀美子は、ピンクの長いドレスを着ていて、田舎の町では見られないほどあか抜けし洗練されていた。店の中をあっちの席、こっちの席と回っていたらしかったが、私を見つけるとすぐにやって来て、カウンターに座らせた。
「来てくれたのね。」
「うん、すごい立派な店だね。」
「ええ、借金もかなりあるの。」
「前の借金はどうなったの?」
「この店の借金と併せてかなりの金額になるんだけど、何とかなりそうなの。前の店にいたときある人が銀行に紹介してくれて、銀行からお金を借りることができたのよ。」
「ふーん、この盛況じゃ、すぐに返せるね。」
「ええ、こうしてお客さんが来てくれればそのうち何とかなるわ。」
「じゃあ、安心だね。」
「でも、この道はわからないの。ちょっとしたことで客が離れていくわ。やはり信用が大事なの。」
「紀美ちゃんなら大丈夫だよ。」
「そうなるように頑張るわ。」
話をしながらも、私は自分がこの店にふさわしくないことを感じていた。客はと言えば、好景気に乗った社用族であろうみんな立派な背広を着た人達ばかりである。その中で、貧乏学生の私は一人場違いな感じだった。
「そろそろ帰るよ。今日はいくらなの?」
「アラッ、お金なんていいのよ。光ちゃんが来てくれて嬉しかったわ。」
「でも・・・」
「いいったら、いいの。また来てね。この次はいつ帰って来るの?」
「うん、暮れになるかなあ。」
「じゃあ、是非来てね。家の方でもいいわ。」
 私は店を出たが、紀美子の変わり様に複雑な気持ちを抱いていた。
                 −続く−







2022/05/11 6:01:59|小説「若草の唄」
若草の唄−06−
若草の唄−06−

 結局、紀美子は隣町にある工場に事務員として働くことになり、一方、私の方は県内の国立の大学に奨学金を受けて行くことになった。紀美子の勤める会社は大手の会社ではあったが、給料はそんなに高くなかった。借金の額は大きく、利子こそ町の有力者の口利きで免除されたが、紀美子が働いて返せる金額ではなかった。
 半年ほどして紀美子は会社を辞め、更に隣の町のキャバレーに勤めることになった。美人で会話上手の紀美子は、あっという間に売れっ子になったようである。彼女のいる店に行った同級生の話によると、他のホステス達ともうまくやっているようでトラブルなどないという。
 テニス部で他の仲間達をリードして行った実績が、キャバレーという特殊な人間関係のところでも生きていたに違いない。
 私も夏休みに帰省したときなど、何度か店に顔を出してみたいと思ったが、紀美子の立場も考えてそれはやめた。紀美子親子が町に引っ越していたので、会う機会は少なかったが、それでも何回かは会うことができた。
 紀美子はすっかり大人っぽくなって垢抜けしていたが、相変わらず屈託なく私と話をしてくれた。会社勤めのときより、今の仕事の方が楽しいとも言っていた。会社の方は変に周りに気を使わなければならず人間関係が難しいが、今の仕事だと本音で話せばみんな理解してくれるとも言った。紀美子がプライドを誇示するような人間でないだけに、私にはその言葉が真実味を帯びて聞こえた。ともあれ、紀美子が楽しそうに働いている様子なので安心した。
 私と紀美子は、その後もときどき手紙や葉書の交換は続けていた。私が4年になったとき、今のキャバレーを辞めて自分の店を開くことになったので是非来て欲しいとの手紙を受け取った。私は前期の試験が終わった後の休みを利用して、紀美子の店に行ってみた。内装も凝った、なかなか立派な店だった。
まだ借金はたくさん残っているはずなのにどこからこのお金が出たのか、それが私には不思議だった。
 会ったら、それを聞いてみたいと思った。
                     −続く−







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