男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2022/05/20 5:44:09|小説「若草の唄」
若草の唄−15−
若草の唄−15−

 さほど真剣な顔もしていなかったから、おそらく妻は軽い気持ちで紀美子のことを言ったのではないかと思う。しかしその言葉は私をドキリとさせた。裏返せば、やはり紀美子のことを好きだったのである。それが恋愛感情かと聞かれれば、必ずしもそれだけではない。兄妹のような感覚も持っていたし、異性を意識しないでもなかった。それが証拠に、紀美子が妊娠をしたと聞いたときには大きなショックを受けたし、激しい嫉妬心も抱いた。妻はそれ以上何も言わなかった。
 私達の結婚生活は平凡だが幸せだった。結婚して一年後には女の子が産まれた。
名前を何と付けるか迷ったが、私はどうしても紀美子の名前から一字をとりたいと思った。結局、美和子と名付けた。
 その後も、大阪での勤務が続いた。故郷の支店に帰してくれるという入社当初の約束はいつの間にか反古にされていた。その代わり本社では私を優遇してくれた。27歳という社内では異例の早さで係長に昇進したし、難しい仕事も任された。
 仕事が忙しかったので、故郷に帰るのは年に一度が精一杯だった。帰ると必ず紀美子のところに顔を出した。娘の美和子を連れて行ったこともあったが、その時は6歳年上である息子の光太郎が一緒に遊んでくれた。二人が居間で仲良くいっしょに遊んでいるところを見ていると、まるで自分達の30年前を見ているようだった。
 結局、私達夫婦の間には子供は一人のままだった。私は37歳で課長に昇進した。これも社内では異例の早さと言われた。
 この頃、紀美子の息子は高校に進学していた。母親に似た頭の良い子らしく、市内の公立高校だったが入学時の成績はほとんどトップだったという。ラグビー部に入り、一年のときから活躍しているのも母親の運動神経の良さを受け継いだのだろうと思う。
 子供のことは、紀美子からの手紙で知ることができた。自慢話などほとんどしない紀美子だったが、子供のことになると話は別だった。手紙の文面にも、本当に嬉しそうに子供の成績が良いことや、ラグビー部での活躍のことが書かれていた。
 一方、娘の美和子の方は、成績は中の上程度だったが、可愛く育っていた。帰省の都度紀美子のところに行き、そのとき光太郎にも会ったが、利発そうな顔をしていた。片親であるという暗さは微塵も感じられなかった。
 美和子が中学生のとき、一緒に里帰りをしてそのとき紀美子の家に連れて行き、久しぶりに光太郎に会ったが、二人は簡単な挨拶を交わしただけで、それ以上何も話さなかった。
                   −続く−







2022/05/19 5:19:22|小説「若草の唄」
若草の唄−14−
若草の唄−14−

 田舎での披露宴は、近所の人達や同級生などを呼んで、比較的簡素に行った。
妻の純子は、一度故郷に連れて来たことはあったが、近所の人々や同級生達と会うのは初めてだった。披露宴が始まり、私達の紹介が終わって、座に懇親の雰囲気が盛り上がったとき、私は妻を最初に紀美子に紹介した。
「妻の純子です。」
「紀美子です。光ちゃんとは幼な馴染で、小さい頃からよく一緒に遊んだ仲です。」
「純子です。よろしくお願いします。」
「とても美しいお嫁さんですわ。」
「いえ、紀美子さんこそ、とても美しいですわ。」
それだけの会話を交わすと、私は妻を連れて他の人達への紹介に移った。
 おとなしい妻の評判は、近所の人達にとって、マアマアのようだった。当初は都会から迎える嫁に対して、警戒的な評判もあったようだが、この調子だとその心配はないようである。
 長く続いた披露宴もやっとのことで終わった。家に帰ったときは夜も更けており、私も純子もすっかり疲れていた。床に入ったとき、妻が言った。
「紀美子さんって、きれいな人ね。」
「うん、高校時代は常に成績トップの優等生だっただけど、卒業間際にお父さんが亡くなってね。それで進学を諦めたんだ。」
「水商売だって言っていたわね。」
「うん、借金があって、それを返すためには水商売しかなかったんだよ。」
「あんなきれいな人なら、お店もはやるでしょうね。」
「うん、かなりあったらしい借金も、全部返せたみたいだよ。」
「確かに、頭も良さそうだわ。」
「うん、ああいう商売にとっては、ママさんの頭の良さというか、会話上手が大事だものね。」
「ところで、紀美子さんって、あなたのことを好きなんじゃない?」
私は、なぜかその純子の言葉にドキリとした。
                   −続く−







2022/05/18 5:39:42|その他
若草の唄−13−
若草の唄−13−

 私が訪ねていくと、紀美子は子供を連れて出て来た。もう5歳になっていて、とても元気のいい子供だった。
私は、早速結婚のことを打ち明けた。
「僕、結婚することになったよ。」
「ええ、光ちゃんのお母さんから聞いたわ。おめでとう。」
「うん、ありがとう。」
「とても優しくてきれいなお嬢さんなんですって。」
「いや、そうでもないけど、たまたま人に紹介されて。」
「良かったわ。」
「うん。」
「式とかの日取りが決まったら教えてね。行けないけど、お祝いの電報くらいは打たせて欲しいの。」
「うん、来春の予定だけどまだ細かくは決めていないんだ。決まったら手紙を書くね。」
「ええ、お願いよ。」
私は、紀美子が屈託なく喜んでくれたので少しは安心した。しかし、自分の心の奥に紀美子ことが残っているのもまた否めなかった。
 大阪に戻ってから、結婚式の日まで、公私共に忙しい日々が続いた。式場を予約したり、新婚旅行の計画をしたりと休日は忙しかったし、仕事の方も大口の契約を任されたりと忙しかった。あっと言う間に結婚式の日が来た。
 結婚式を数日後に控えたある日、紀美子から手紙と書留が送られて来た。手紙は結婚の祝いの言葉しかなかったが、書留には祝儀が入れられていた。
 結婚式は相手の参加者や私の友人が大阪に多いことから大阪で行い、それが終わってしばらくしてから田舎でもう一度簡単な披露宴をすることになった。田舎での披露宴では、是非とも紀美子を呼びたいと思った。表面上は心から祝ってくれている風だったが、紀美子がどんな気持ちで式に参加してくれるか気になった。
 私と紀美子の仲を他の人に説明するのは難しい。産まれたときから一緒に過ごして来ていて、遊ぶのもずっと一緒だった。昼間は、親が農作業で忙しかったから二人はずっと一緒であり、親といる時間より長かったのである。それが小学校まで続いた。「三つ子の魂百まで」という諺があるが、幼い頃からずっといっしょにいるとお互い気心が通じているという以上に親近感、というよりむしろ一体感がある。私とて紀美子に子供ができたと聞いたとき大きなショックを受けた。紀美子が私の結婚に対してどんな感情を抱くか、それは当人同士以外にはわからないものだと思う。
                    −続く−







2022/05/17 3:51:02|小説「若草の唄」
若草の唄−12−
若草の唄−12−

 大阪では、忙しい日が続いた。両親の期待や紀美子の励ましもあって、私は仕事に集中した。新入社員として勉強することも多かったし、先輩社員の指導も厳しかった。営業の厳しさも徹底して仕込まれたが、私は頑張った。
 その年の暮には帰省したが、正月が過ぎるとすぐに大阪に戻った。春が来て、4月になったが、私は支社には帰して貰えずそのまま本社に残ることになった。このことを伝えると、両親も紀美子も半分は残念がり、半分は会社が期待してくれているものと喜んでくれた。
 紀美子からは、近況の月に一回程度手紙が来たが、内容的には子供のことが多かった。子供はすくすくと成長しているようだった。春の頃、紀美子が店に復帰したと書いて寄越した。紀美子が戻ると、すぐに店は元の繁盛を取り戻したとのことであった。
 この間、女の子達の給料の支払いのためかなり借金も増えたが、すぐに取り戻せるだろうとも書いてあった。
 大阪で、私は、次第に大きな商談にも顔を出すようになった。会社が私に期待していることが伝わって来る。私も、必死で頑張った。
 それから数年、私は仕事で頑張っていたが、紀美子も店で頑張っているようであり、ある日、「借金が返せた。」と書いて寄越した。私は返事の手紙で、お祝いを言うと共に、紀美子の苦労を讃えた。
 私が27歳になったとき、縁談が持ち込まれた。会社の取り引き先の部長が見初めて、その会社のOLと結婚してはどうかと言うものだった。私は、さほど乗り気ではなかったが、そろそろ結婚してもいい年頃であり、他に好きな人もいなかったので承知した。両親にこのことを伝えると、喜んでくれた。脳裏を横切ったのは紀美子のことだった。彼女には子供がいて、日頃から結婚は諦めているような口ぶりだったが、私には異性として常に彼女のことがあった。結婚のことは手紙に書くのはやめて、直接会ったときに話そうと思った。
 大阪に出て何度目かの夏が来たとき、お盆休みを利用して帰省し、私は紀美子の家に向かった。
               −続く−







2022/05/16 3:57:56|小説「若草の唄」
若草の唄−11−
若草の唄−11−

 帰省は1週間ほどだったので、その間同級生に会って話を聞いたりしたのだが、どうやら私の心配は当たっていたようである。店の客は減っており、女の子達の給料のやり繰りにも困っていたようであった。紀美子がこれを知らないはずはない。私と会ったときは、そんなことはおくびにも出さなかったが、それがいかにも紀美子らしいと思った。
 この間、赤ん坊の父親のことについても噂を聞いた。紀美子は決して言わなかったが、どうやらある不動産屋の息子らしいということで、何度か通い詰めているうちにいつしか情にほだされて身体の関係まで行ってしまったのではないかということだった。火事で焼けた店が再建されて以降、その男は店に顔を出さなくなったという。
 大阪に帰る前の日、私はもう一度紀美子に会いに行った。紀美子はやはり赤ん坊を抱いて出てきた。
「明日、帰るよ。」
「大阪に行っても頑張ってね。」
「うん、ありがとう。紀美ちゃんも、元気でね。」
「ええ、私はこの子を元気に育てなければ。」
「そうだね。」
 私は、父親が養育費など金銭的な面倒を見ているのか聞いてみたいと思ったが、それはやめた。
「ところで、店の方も紀美ちゃんがいないとなかなか大変みたいだね。」
「ええ、確かにそうなの。芳江ちゃんはいい娘なんだけど、お客さんは私がいないとがっかりするみたいなの。店に出て来てくれと言われるんだけど、この子を保育所に預ける気になれないのよ。これでも母乳で育てているのよ。」
そう言いながら、紀美子は自分の胸に手を当てた。
 紀美子の乳房は、以前に比べるとずっと豊かになっていた。私は、これ以上この話題を続けることを避けた。
 子供と仕事のどちらに重点を置くか、これは働く女性にとって永遠の課題である。選んだ結果は悩んだ後の結論であり、そこには本人の強い信念が働いている筈である。それを他人がどうこうした方がいいなどと言うのは、いかにも無責任のような気がした。 
 翌日の朝、私は心を半分故郷に残しながら、大阪に向けて出発した。
                   −続く−







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