男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2022/05/30 5:32:00|その他
若草の唄−25−(最終回)
若草の唄−25−(最終回)

 私は、紀美子の前で足を止めて言った。
「実は、昔から紀美ちゃんのことを好きだったんだ。」
しばらく躊躇った後、私はやっとの思いでそう切り出した。
「本当に好きだった。結婚したいと思っていた。でも小さい頃は勉強ができて金持ちの紀美ちゃんと貧しいうちでは釣り合わないと思っていたし、紀美ちゃんのお父さんが亡くなったときには結婚できるのかと思ったけど、結局あゝなってしまったんだ。」
 生まれてこれまで60年近くになる人生で、紀美子に対して結婚したかったというのは初めてだった。今言っておかなければ、もう言う機会はないのではないか、そんな気がして敢えて言った。
「私も光ちゃんのことを好きだったわ。私だって結婚できればと何度思ったことか。でもいけない、水商売の私では光ちゃんのために良くない、そう思ったわ。」
「そうか、そうだったんだ。良かった。紀美ちゃんもそう思ってくれていたんだね。」
「そうね、私達同じ思いだったのよ。」
「でも、お互いそれを言わなかったし、言い出せなかったね。」
ちょっと間を置いて、紀美子は話を続けた。
「これが縁なのよ。人間って不思議だと思うわ。相手が知らない人なら平気で言えることも、好きだからかえって言えないことがたくさんあるわ。」
「紀美ちゃんと結婚していたら、随分違った生活だったろうね。」
「確かに。ちょっと想像がつかないわ。」
「でも、その願いは子供達が達成してくれたね。」
「そうだわ。あの子達が叶えてくれたわ。とても仲良く幸せそうだもの。」
「ねえ・・・・」
「何?」
「うん・・・・」
「何なの?」
「あの・・・」
「どうしたの?」
「キスさせて欲しいんだ。」
「えっ?」
 今度は、紀美子は急に顔を赤らめて下を向き、黙り込んだ。随分長い時間が過ぎたような気がした。でも、実際には紀美子が私の方を向いて目を閉じるまでにそんなに長い時間が過ぎてはいなかっただろうと思う。私は、紀美子の唇に自分の唇をそっと合わせた。
 窓からは柔らかい初秋の日差しが差し込んで、二人の背中を照らしていた。
                  −完−







2022/05/29 5:34:34|小説「若草の唄」
若草の唄−24−
若草の唄−24−

 朝早く行ったので、紀美子は家にいた。私は、早速話を切り出した。
「49日が終わったら、大阪に帰らなくちゃならないんだ。」
「そうね、そうなると思っていたわ。」
「今度帰ると、なかなかこっちに来る機会がなくなるんだ。」
「でも美和子さんがいるわ。そのうち赤ちゃんでもできたら、美和子さんも里帰りするでしょうし、何度でも会えるわよ。」
「うん。」
 私が言いたかったのは、美和子に会えるかどうかより、紀美子に会えるかどうかだった。勿論、このことは紀美子だって知っているのだろうが、あえて話題を逸らしたのだろうと思った。
「うん、そうだね。でも、なかなか故郷の土を踏む回数は減ると思うんだ。」
「光ちゃんにとって故郷って何?私は、この土地を出たことがないから、なかなかわからないのよ。」
「うん、生まれ育ったところだからね。愛着っていうか、懐かしさというか、ちょうど鮎や鮭が故郷の川に戻って来る、そんな気持ちかなあ。そりゃあ、大阪に出て30数年、大阪にだって想いはあるよ。それとは全く別の感情なんだ。」
 本音のところ、故郷は紀美子、大阪は妻に喩えたかったのだが、あえて故郷と大阪という言葉で話した。賢い紀美子であるから、その辺のところは十分にわかってくれているものだと思った。
「そうね、私は自分の故郷から出たことがないから都会で暮らした人の気持ちは十分にはわからないけど、やはり自分の生活の場の方が大事なのじゃない?」
「うん、それはそうだけど、やはり故郷に対する郷愁は年とともに深まってくるものだよ。」
「故郷って、何なのでしょうね。」
「それは自分を育て、自分を作り上げてくれたそのものだよ。うまく言えないけど。」
「大阪だって、その後の光ちゃんを作り上げたわ。今、光ちゃんがあるのも大阪のお陰よ。」
「じゃあ、どっちがどっちとも言えないわけだね。ずっとこっちにいろと言われれば、大阪に帰りたくなるかも知れないしね。大阪にいると、こっちに帰って来たくなるだろうし。」
「今、帰るって言葉を両方に使ったわね。光ちゃんにとって、一体どっちが帰るべきところなのかしらね。」
「アハハッ、そうだね。一体、どっちが本当の僕のいるべきところなんだろうね。」
「それにしても、光ちゃんが帰って行くと寂しくなるわ。」
「ああ、僕もだ。向こうには確かに友人も多いけど、ここの落ち着きとは違う喧騒があるんだよ。」
「忙しくなるのね。」
「でも、寂しいんだよ。」
「寂しくなったら、帰って来てよ。」
「うん、そうするけど、なかなか一人で帰って来るわけにもいかないだろうしね。」
「そうね。奥さんといっしょになるわね。」
 故郷談義が一段落したが、私はすぐには帰る気がしなかった。
                      −続く−







2022/05/28 5:25:18|小説「若草の唄」
若草の唄−23−
若草の唄−23−
 
 息子夫婦のはがきを読んでいるときの紀美子の顔は幸せそのものだった。自分の想いは達せられなかったが、それを子供達が成就してくれた、そんな想いなのだろう。あるいはもうひとつ理由があったのかも知れない。
 50数年の人生の中で、私は初めて紀美子が好きだったと告白した。そして紀美子も私が好きだと言ってくれた。そんな中で来た子供達の手紙、それは紀美子にとっても私にとっても幸せそのものだったのである。
 紀美子がはがきを読み終わった後も、しばらく二人は無言でいた。ふと見ると、紀美子は目に涙を浮かべていた。
「良かったね。」
私は、他に言葉もなくポツリと言った。
「良かったわ。」
紀美子もそう言った。
 私は、週に2、3回紀美子のところへ野菜を持って行ったし、買い物などで町へ出掛けた帰りなどにも寄った。単調な生活の中で、紀美子のところに寄ることだけが楽しみだった。
 田舎に帰ってきて2年目の夏、母親が死んだ。急な死だった。妻も大阪からやって来て、慌ただしく葬儀をした。初七日まで終わって、49日の納骨までは田舎にいることにしたが、それが終わればもう田舎にいる理由はない。私はお墓やその他お寺のことなどが一段落したところで大阪に帰ることにした。
 初七日が終わったところで、49日には再び来るからと言い残して、妻は大阪に帰って行った。
 一人残された田舎の寂しい家で、私は今までの人生を振り返っていた。紀美子とは小さい頃からいっしょに遊び、その後もずっと忘れられない仲だった。紀美子は、私に人としての生き方も教えてくれたように思う。私が怪我をしたとき助けてくれたし、朝鮮部落の子供達に苛められても決して泣いたり降参したりしなかった。正しいと思うこと、しなければならないと思うことには、頑固なまでに自分を通した。奨学金を断って水商売の世界に入ったのも、そうした一面である。そのことは、仕事に就いてからの私に少なからず影響を与えてくれたと思う。
 一方、妻とは30年近くいっしょに暮らして子供も生まれ、苦労を共にして育てた。家庭を作り、子供を産み、育てるのも、これはこれで人生の一大事業である。どっちが私の心に深く残っているかと聞かれても、私には答えられない。そんなことを考えていたら、無性に紀美子に会いたくなった。
 翌日の朝、私は畑の野菜を採って、早速紀美子の家に向かった。
                 −続く−







2022/05/27 5:19:07|小説「若草の唄」
若草の唄−22−
若草の唄−22−

 夫婦の30年近く一緒に暮らした実績には重さがある。私達は静かに体を重ねた。それは決して激しいものではなかったが、食事中のしっくりしない状態を忘れたかのような極自然な行為だった。
 行為が終わった後で、妻が言った。
「私、あの子達の結婚に決して反対しているわけではないの。ただ、私がのけ者にされているような気がしたの。寂しかったわ。なぜあなたが最初から相談して下さらなかったのか、それが気になったのよ。」
妻の静かな言い方には説得力があった。
「悪かったよ。お前が反対するんじゃないかと、美和子も僕もちょっと心配していたんだ。」
「結婚は当人同士が決めることは私もわかっているわ。でも、家族がうまくいかないとあの子達も不幸だわ。そのためには、最初からみんなが一緒に考えるべきよ。」
「うん、そうだね。」
そこまで言って、私は再び妻を抱いた。
 それから先はトントン拍子に話が進み、結婚は次の年の春と決まった。美和子はその年の暮に会社を辞めて、年明けには田舎にやって来た。時には、外泊するようなこともあったが、私は敢えて干渉しなかった。
 結婚式は田舎で、それぞれの家族と僅かな友人を呼んだだけで質素に行われた。二人はとても幸せそうだった。二人が新婚旅行に旅立った後、3日ほどして妻が大阪に帰って行った。家が、急に静かになった。
 翌日、私は畑で採れた野菜を持って紀美子の家に行った。
「終わったね。」
「二人とも、とても幸せそうだったわ。」
「お互い、子育ての責任が終わったね。」
「長かったような、短かったような30年だったわ。」
「僕はね、小さい頃から紀美ちゃんが好きだった。」
「・・・・・」
「ずっと好きだったんだ。だから、妊娠したと聞いたときには大きなショックを受けたんだ。」
「・・・・・」
「その夢を娘の美和子に託したんだよ。光太郎君といっしょになれるようにと願っていたんだ。」
「私だって、光ちゃんのことを好きだったわ。」
やっと紀美子が口を開いた。」
「ずっと、ずっと好きだったの。でも、私は水商売の女、とても光ちゃんのお嫁さんになんかなれなかったわ。」
「・・・・・」
「でも、良かったと思うの。美和子さんが光太郎のお嫁さんに来てくれた、それで30年以上前の望にが叶ったような気がするの。」
「うん。」
「山ももを採りに行って、光ちゃんが怪我をしたことがあったわね。」
「ああ、あの時は本当にありがとう。紀美ちゃんは本当に頼りになる人だった。」
そんな話をしている時である。
「郵便で〜す!」という声に、紀美子が玄関に立っていった。
「まあ、光太郎と美和ちゃんからの絵はがきだわ。ありがとうって書いてあるわ。」
紀美子はそのはがきを、声を出して読んでいた。
                   −続く−







2022/05/26 5:37:30|小説「若草の唄」
若草の唄−21−
若草の唄−21−

 昨年秋に一度大阪に帰っていたから、半年ぶりに家に帰ることになる。私は、美和子の結婚のことをどう切り出していいものかわからないまま、大阪駅から家に向かった。家に帰ると妻は笑顔で迎えてくれた。その雰囲気を壊したくなかったので、夕食のときまで美和子の話題は出さなかった。
 夕食の時になって、私の方から切り出した。
「美和子のことなんだけど・・・」
「ええ・・・」
「当人達は、結婚したがっているようなんだけど。」
「そうみたいね。」
「お前は、反対なのか?」
「ええ、あまり賛成できるような結婚じゃないと思うの。」
「なぜ?」
「だって、あの人は私生児なんでしょう?」
「しかし、何度も会っているけど、しっかりしているよ。とても父親のいない暗さなんかないし、仕事だってちゃんとしているよ。」
「でも美和子だって新しく仕事に就いたばかりでしょう。せっかくいい会社に入れたのに、もったいないわ。」
「仕事なら彼の仕事を手伝えばいいよ。収入だって少なくはないらしいよ。」
「もうひとつ、私にはこの結婚話、あなたと紀美子さんが知っていて、私だけが知らなかったような気がするの。それって、おかしいんじゃないの。」
どうやら話は核心に迫ってきたようである。
「それだけど、付き合っているのを知ったのは、この前美和子が来たときなんだ。メール交換しているって聞いて驚いたくらいだよ。」
「でも、その後しばらく私には話さなかったわ。むしろ先に紀美子さんに相談したのじゃないの?」
「ああ、確かに近くにいたからね。」
「それっておかしいんじゃないの?」
「結婚の話は、美和子が自分で話すから、しないでくれって言われたんだよ。」
「でも、私達は夫婦でしょ。」
「うん、そりゃそうだけど・・・」
「それならあなたが私に話してくれたっていいでしょう!」
「うーん、でも美和子との約束だからねえ・・・」
 その日は、結局イエスともノーとも返事のないまま床に入った。気持ちはすっきりしないままであったが、半年ぶりの夫婦の再会である。私達は床を共にして寝た。
                 −続く−







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