男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2022/08/09 6:15:20|小説「食虫花」
食虫花−05−
食虫花−05−

 光太は、案内されるままに奥の部屋に入った。そこには布団が敷かれていた。
「ゆっくりおやすみください。それから、濡れた衣類は、水洗いして干しておきました。ただ明日までに乾くかどうか・・・」
山歩きのための衣類はひとつしかない。もし乾かなければ、ここを出て行くこともできなかった。それは心配だったが、いつしか深い眠りに落ちていた。
 夜中に雷鳴で目が覚めた。雨戸が閉められていたのでよくわからないが、外では雨音がしているようだった。
 光太は、考えた。若い女がこんな山奥に住んでいるのは、どう考えても不自然である。女の年齢もはっきりしなかった。17、8歳にも見えるが、見方によっては30歳を過ぎていると言われてもおかしくない。
 それとこの家には電気が来ていないことにも気が付いた。テレビやラジオはないし、照明も囲炉裏の明かりとランプだった。昨日から、2人の会話以外に物音がしなかった。考えれば考えるほどおかしなことばかりである。そんなことを考えているうちに、再び眠りに落ちていた。
 次に目が覚めたとき、腕時計を見ようとしたが、部屋が薄暗いので時計を読むことがでない。
 しばらくすると、ゆう子の声がした。
「おはようございます。お目覚めでしょう。」
「はい、さっき目が覚めました。今、何時でしょうか。」
「もうすぐ9時です。朝食の用意ができています。顔を洗うのでしたら、裏の井戸のところに洗面の用意がしてあります。」
案内されるままに裏に出ると、空は明るく晴れていた。そこにはつるべ井戸があり、洗面器とタイルが用意されていた。彼女は、昨夜と同じ白い着物を着ていた。
                 ―続く―







2022/08/08 5:39:57|小説「食虫花」
食虫花−04−
食虫花−04−

 風呂屋は、大きな脱衣所があり、その奥が五右衛門風呂になっていた。ゆう子は、風呂を温めるために薪をくべているようだった。
「お湯加減はいかがですか?」
外からゆう子の声がした。
ちょっとぬるかったが、光太は「ちょうどいいです。」と言った。彼女は、母屋の方に戻って行ったようだった。
 風呂から出て、母屋に戻ると、ゆう子が言った。
「残り物ですが、おじやがあります。食べられませんか?」
「ありがとうございます。実は、お腹も空いていました。」
 居間の座敷の真ん中には囲炉裏があって、鍋が仕掛けられていた。ゆう子は、椀におじやをついで光太の前に置いた。
 温かいおじやは美味しかった。米の他に野菜や肉などが入っていた。
「お口に合いまして?」
「はい、とても美味しいです。温かいのが嬉しいです。」
「良かったです。もっと召し上がります?」
「ありがとうございます。ところでこの肉は何の肉ですか?」
「鹿の肉です。ときどき猟師さんが置いて行ってくれます。たまたま今日の昼間に持って来てくれたものですから。」
「鹿肉ですか。癖もなく美味しいのですね。」
「猪の肉が手に入ることもあります。また違った味です。」
 お代わりを食べ終えたところで、眠気が襲って来た。
それを察したゆう子が言った。
「おやすみになりますか。奥の部屋に布団を敷いておきましたが。」
               ―続く―







2022/08/07 6:56:54|小説「食虫花」
食虫花−03−
食虫花−03−

 周囲は暗く姿はよく見えなかったが、女であることは確かである。光太が声をかけた。
「こんばんは。道に迷いました。休ませていただけませんか。」
「そうですか、それは大変ですね。こんなところですが、良かったらどうぞ。」
それは、若い女の声だった。
「すみません。ありがとうございます。」
光太は、女に導かれるままに家に入って行った。家に入ると、広い土間になっていて、その奥に座敷があった。昔の家の作りである。
 女は、光太に座敷に上がるように勧めた。疲れ切っていて、不安に襲われていた光太にとって、それはありがたかった。勧められるままに、座敷に上がり、リュックを下ろした。
 対面してよく見ると、女は美しかった。色白の細面で濃い眉毛に切れ長の目をしている。体つきもほっそりしていた。
 光太は、改めて自己紹介をした。
「僕、三橋光太と言います。」
「浦神ゆう子です。」
家に、他に人がいる気配はなかった。こんな山奥に女の一人住まいかと怪訝に思った。
 ゆう子が言った。
「お疲れでしょう。お腹も空いているのではありませんか。」
「はい、随分歩いたように思います。ところでここはどこでしょう?」
「大山の南側になります。米子は、山の反対側になりますから、道を間違えられたのですね。」
「そうですか。急な霧と雨で方向を見失ってしまったみたいです。」
「お風呂もわいていますし、残り物ですが食事もあります。どちらになさいますか?」
「お風呂が借りられるとありがたいです。すっかり濡れて冷えてしまいました。」
「私が使ったばかりですが、冷えているかも知れないので温め直します。」
 ゆう子は、光太を母屋から廊下で繋がっている離れの風呂屋に案内すると、自分は風呂をわかすために外に出て行った。
                 ―続く―







2022/08/06 5:50:43|小説「食虫花」
食虫花−02−
食虫花−02−

 雨に濡れ、霧で先が見えないので、光太は途方にくれた。空が見えないので方角がわからない。コンパスは持って来たはずであるが、リュックの底の方にあって採り出すことができなかった。光太は、ウエストバッグに入れておかなかったことを後悔した。
 時計を見ると、いつしか午後3時を過ぎている。霧と森の陰であたりは薄暗くなっていた。下り道に差し掛かったが、この道が遊歩道なのかどうかがわからない。光太は、道に迷ったことに気が付いた。迷ったら引き返すのが山の鉄則であるが、強い疲労感に襲われていて、とても引き返す気にはなれなかった。ひたすらけもの道のような道を、藪をかき分けながら下って行った。
 そのうちに、平らな道に出た。周囲は深い森である。道は少しずつ広くなり、歩くのに苦労はしなくなった。しばらく歩いていると、畑が見えて来た。サツマイモや茄子などが植えられている。光太は、人里が近いと思い、足を速めた。
 更に歩くと、一軒のかやぶき屋根の家が見えて来た。かなり大きな古い家である。光太は、救われた思いで木戸を叩いた。しかし反応はなかった。家が廃墟でないことはわかった。木戸は敷居のところが光っていて、使われた形跡があったのです。
 周囲に家らしいものは見当たらない。何とかここで休息させて欲しいと思い、木戸を叩き続けながら大きな声で叫んだ。
「こんにちは、こんにちは、どなたかいらっしゃいませんか。」
 そのうちに、奥の方から足音が聞こえて来て、木戸が開いた。木戸が開いて、人影が見えた。それは白い着物を着た女のようだった。
                 ―続く―







2022/08/05 9:32:14|小説「食虫花」
食虫花−01−
食虫花−01−

 お盆の休みを利用して、好きな山登りのために、光太は朝早く家を出た。大山に登るためである。標高1,729mのこの山は、中国地方では唯一の日本百名山のひとつであり、冬はスキー場があることでもこの地方では珍しい存在である。光太は、電車で米子まで行き、市内で一泊し、翌日から登る予定である。
 翌日も良い天気だったが、天気予報では夕立があるかも知れないと言っていた。朝早くバスに乗り、麓の登山口まで行くことにした。
 大きなリュックサックを持っている光太を見て、隣に座った地元の男性が言った。
「お客さん、大山に登るのですか?」
「はい、日帰りで登るつもりです。」
「今の季節の大山はいいですね。でも気を付けてください。毎年、遭難したり行方不明になっている人がいるんですよ。去年も、若い男性が一人行方不明になっていて、未だに見付かっていません。」
そんな話を聞きながらも、光太は自分とは関係がないと思っていた。
 登山口に着くと、早速、登山を始めた。登山ルートは幾つかあるが、比較的難しいルートを選んだ。往復で約8時間のコースとある。
 朝早かったので、人は多くなく、まばらに見えている。若い人もいれば、けっこう年配の人もいた。
 約2時間でブナの林を抜けるとガレ場に出て、ここからは急な登りが続く。尾根の道を1時間ほど歩くと、山頂の避難小屋に着いた。時間はまだ昼前である。そこで持って来た食事を摂って、休憩した。そこから剣ケ峰、天狗ケ峰に抜けて、別のルートから下山する予定である。
 尾根道からの眺めは良かった。遠くには日本海が見えている。この辺りに来ると、人は少なかった。
 昼過ぎになると、急に風が出て来て、霧がかかった。霧はだんだん濃くなり、10メートル先が見えなくなった。そのうちに雨も降り始めた。光太は、リュックからポンチョを取り出して着たが、雨は次第に強くなって行った。
                 ―続く―