男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2026/06/16 4:53:22|小説「春の行方」
春の行方−30−
春の行方−30−

 光太郎は、久恵の問いにドキリとした。
 一恵は、何も話さないのに光太郎のことをかなり見抜いていた。女の直感の怖さを知ったばかりである。久恵も、佳津枝の存在に気付いてこのことを言ったのかと思った。
 光太郎は、平然を装って冗談めかして言った。
「アハハッ、僕だって故郷に恋人の一人や二人はいたさ。こんなにいい男だからね。」
 そう言いつつも、自分のずるさに戸惑っていた。幸い、久恵はそれ以上の追求はしなかった。
 二人はしばらく飲んでから、「また、来ます」と言って店を出た。出るときに見ると、店の看板に「ふるさと」と書いてあった。
 電車で寮まで帰ったときには11時を過ぎていた。寮に着く前に、久恵が言った。
「ねえ、明日は休みだし、もうちょっと私の部屋で飲んでいかない?」
 光太郎には、拒む理由がない。否、むしろもうちょっと久恵と一緒にいたい気分だった。
「いいね!」
 光太郎は、嬉しそうに言った。
「じゃあ、そこのコンビニでつまみでも買って行きましょう。ついでに、明日の朝食も買っていかなくちゃ。」
 久恵も、楽しそうに言った。酒は、二人をすっかり陽気にしていた。
 二人は、コンビニで買い物をし、寮に歩いて戻った。そのとき、久恵が光太郎の腕に自分の腕を絡ませた。
 寮に近付くと、二人共静かになった。何人かで飲みに行くようになってから、二人だけの行動は駆け抜けのような気がしていたのである。寮の玄関のドアもそっと開けた。部屋に着くまでは、無言だった。久恵が、自分の部屋のドアを鍵であけて、光太郎を先に入れた。そんな秘密めいた行動が、光太郎を余計に興奮させていた。
 部屋に入ると、光太郎はビールを、久恵はつまみをそれぞれのレジ袋から取り出した。
「あの店、いいわね。ふるさとって言ったかしら。私、あの女将さん好きよ。」
 ビールを注ぎ合ったとき、久恵が言った。
「そうだね、彼女は苦労をしたんだねえ。でも、失恋が人間を大きくしたのかなあ。とても魅力的な女将さんだったね。」
「ねえ、また行きましょうよ。」
「うん、いいね。話も上手だし、人生の生き方の真面目さが伝わって来るよね。」
「私、女将さんのしっかりとした人生に対する識見にも感心したわ。難しい哲学の先生の講義よりよほど人生の参考になるし。」
「そうだね、哲学の先生は失恋の経験もないだろうしね。」
 喋りながらの酒は進み、光太郎も久恵もかなり酔っ払っていた。グラスが空になる前に、お互いビールを注ぎあっていた。それをクイクイと飲んでいた。隣が自分の部屋だと思うと、帰りの電車を心配することもない。思わず、気を許して飲んでしまったようである。いつしか、光太郎は眠りに落ちていた。
             −続く−







2026/06/15 0:53:17|小説「春の行方」
春の行方−29−
春の行方−29−

 久恵は、ちょっと考えてから言った。
「会社の同僚です。いえ、同期入社と言った方が良いかしら。」
「若いって、羨ましいわねえ。こうして男女が一緒に飲みに来られるって、私が若い頃の田舎じゃ考えられなかったわ。」
「女将さんの故郷は、どちらなのですか?」
「青森なのよ。津軽の山の方だから、今でも田舎なの。」
「女将さんはきれいだから随分モテたでしょうね。」
「あらっ、このお嬢さんもお口が上手ね。そうね、私にも若い頃があったのよ。そして、お互いに好きになった人もいたわ。」
「その人とは、どうされたのですか?」
「彼、高校を卒業すると、就職で東京に出て来たわ。私は、地元に残って母の美容院を手伝っていたの。最初は、彼に毎日のように手紙を書いていた。彼も、時々だけど返事をくれていた。でも時間が経つとだんだん彼からの手紙も少なくなった。それで思い切って、私も東京に出て来たのよ。そうね、卒業して3年目くらいだったかしら。」
 そこで、久恵は「女将さんも飲めるのでしょう。」と言って、ビールを差し出した。女将は、ありがとうと言って話を続けた。
「私は、住所を頼りに彼のところに行った。しかし、玄関に出て来たのは女だった。私のような田舎者じゃなくて、都会風の女だった。私の顔を見て『どなたですか?』って言うのよ。私は、頭が真っ白になったわ。仕方なく、その日は旅館に泊まって仕事を探すことにしたの。だって、今更、出てきた故郷には帰れないですもの。」
そこまで言って、女将はグラスのビールを飲んだ。
 女将は、話を続けた。
「仕事はすぐに見付かったわ。美容師の資格が役に立ったの。でも、彼が彼女と一緒に暮らしながら、私に手紙を書いていたと思うと、やりきれなかったわ。だって、私に好意を持っているようなことしか書いてなかったんですよ。」
「男って、勝手ですわね。」
久恵が、女将に同情するように言った。
「でもね、お嬢さん。好きな男女は、一緒にいなければ駄目よ。遠く離れてしまうと、心まで離れてしまうのよ。私の知っている人でも、遠く離れていて、それっきりになった人が何人かいたわ。不思議なものよね。どんなに愛し合っていても、離れてしまうと愛情が薄れて行くのよ。」
「女将さんは、その後、どうされたのですか?」
「しばらくは仕事に没頭したわ。東京は、ヘアスタイルも田舎とは違うし、勉強することも多かった。こう見えても、芸能人のパーマをかけたこともあるのよ。やっと一段落して結婚したときには30歳になっていた。旦那は、お客さんの紹介の人で、この店をやっていたのよ。その旦那も、3年前に癌で死んだ。」
「そうですか。すみません、悲しいことを思い出させて。」
「いいのよ、それより、つまらない話を聞かせてごめんなさい。」
 光太郎は、女将の話を聞いて、自分を彼女の恋人だった男と比べてみた。佳津枝という恋人がありながら、こうして久恵と二人で飲み、また一恵とも身体の交渉を持っている。果たして、自分はその男とどう違うのだろうか・・・・・
 そのとき、久恵が言った。
「三永君は、故郷にそんな人はいないわよね。」
           −続く−







2026/06/14 5:12:42|小説「春の行方」
春の行方−28−
春の行方−28−

 光太郎は、一恵の話を聞いて、恋とは何だろうと思った。多くの男女は、恋をし、やがて結婚をする。激しい恋もあれば、静かな恋もあるが、結婚した夫婦の多くの男は、酒を飲みながら妻への不満や愚痴を言っている。一恵も激しい恋をしたが、今では冷めている。光太郎と身体の関係を持ちつつも、それが情熱的な恋でないことは伝わって来る。あれほどまでに燃えた恋が、どうして歳月とともに冷めるのか、これが不思議だった。
 誰かから聞いた話であるが、神様は子孫を残すために、動物に発情期を与えた。人間も同様に青春のある時期に恋をする。動物と人間の違いは、動物は子育てに適した季節に発情するが、人間の場合は出産に適した年齢に恋をすることである。それが青春時代の恋を激しいものにし、その時期が過ぎるとやがてそれが冷めて来るのだと言う。
 光太郎は、自分に当てはめてみた。今、佳津枝とは恋人の状態にある。また久恵にも友達以上の感情を持っている。一恵とは、身体の関係はあるものの、恋人のような情熱的な感情は持っていない。
 果たして、これからこの3人との関係はどうなるのだろう、また誰と結婚することになるのだろうか、自分の考えが依然として整理できていなかった。いずれにしてもまだ時間はある、やがて時間が決めてくれるだろうと漠然と考えていた。
 入社して丸2年が過ぎようとしていた。光太郎は、今年で24歳になる。仕事も、小さいことなら任されるようになった。それと共に、残業も増えて、しばらくは忙しい日々が続いた。他の者もそうらしく、寮の仲間との飲み会の回数も減ってきた。
 そんなある日、週末に二人で飲みに行きたいと久恵からのメールが入っていた。そのとき、ふと一恵の言った言葉を思い出した。一恵は、光太郎が久恵に好意を持っていることに気付いている。しかも故郷に恋人がいることすら知っているようであり、佳津枝との仲を守るのだと言う。ということは、久恵との仲を邪魔するということとも受け止められる。しかし、光太郎は自由でいたかった。光太郎が誰と交際し結婚するかを、一恵に決められることはないと思う。結局、光太郎は土曜日の夕方、池袋で会おうと返事を書いた。人目を避けるために、通勤の沿線を避けたのである。
 土曜日、光太郎は寄りたいところがあるからと言って先に出て、夕方に池袋に着いた。そこで落ち合い、二人は小さな小料理屋に入った。女将が一人でやっている店だった。
 東北出身だという女将の作る料理は美味しかった。久恵も、料理を褒めながら楽しそうに飲んで喋っていた。それに気を良くしたのだろう、女将が聞いた。
「きれいなお嬢さんね。お二人は恋人?」
光太郎は、久恵が何と答えるか興味を持ってその様子を見ていた。
            −続く−







2026/06/13 4:13:48|小説「春の行方」
春の行方−27−
春の行方−27−

 光太郎は、一恵の言葉に答える代わりに抱き締めてキスをした。そしてせっかちに彼女のコートとセーターを脱がせると、そのままベッドに倒れ込んで行った。
 行為が終った後で、一恵が言った。
「三永君、誰かを好きになったけど振られたの?誰かっていうのは、松島さんじゃないわね。三永君には、田舎に恋人がいる、だから私を求めた、そんなところかしらね。」
「・・・・・」
「答えなくてもいいわ。私だって、会社に入った最初の頃は、何人か好きになった人がいたし、また私に交際を求めて来る人もいた。そんな相手の男性をそれぞれ比較した。ハンサムな人もいたし、優しい人もいた。また身体だけを求めて来る男だっていたわ。男の三永君が何人かの女性を好きになったとしても不思議じゃないと思う。でもねえ、何か信義のようなものは必要だと思うわ。それでなけりゃあ、ただのプレイボーイになってしまうものね。」
 光太郎は、一恵がこれまでにどんな恋愛をして来たのだろうかと思った。しかし、それを聞いては却って口を閉ざしてしまうかも知れない。黙って話を聞いていた。
「青春って、迷いが多いわね。特に、男女の仲のことになるとそうだわ。私も、ある時、ある人と恋人と言える関係になった。とても優しくて紳士的な人だったわ。その時、他の男の人の全てがただの人に見えて来た。これが恋だと言うことに気付いたの。でも、その恋は実らないものだった。彼には、既に奥さんがいたのよ。」
「・・・・・」
光太郎は、彼女の言葉にただ黙っているだけだった。
 一恵は、話を続けた。
「彼とは2年ほど続いた。彼が私を愛してくれているのは確かだった。恋に夢中だった私は、彼の家のところまで行ったこともあったわ。勿論、彼には内緒で。そしたら奥さんが庭先で洗濯物を干していた。夏のことで、彼は開け放った部屋に寝そべって奥さんの方を見て、何かを話し掛けている。これが家庭で、結婚生活だと思った。その次のときから、私は彼の誘いに応じなくなった。電話があっても無視したわ。そう、あの頃までは、部屋に電話を置いていたのよ。でも、その後、電話も引き払ったの。だから、今でも電話を置いていないのよ。彼との関係を精算したかったの。」
 光太郎は、彼女が部屋に電話を置いていない理由を初めて知った。
「苦しかったわ。恋を失うことが、こんなに苦しいものだと初めて知った。それ以来、恋はしないことにしたの。でも私だって女、一度知った男とのことが思い出されることもあるわ。でも女って不自由なものね。男の人みたいに自由になるものではないわ。そこに去年、三永君が現れたってわけ。三永君は素敵だわ。でも、すぐにこの人には好きな人がいるってわかった。確かに、松島さんと親しくしていることはわかるけど、彼女じゃないと思った。身体の関係のある男女って、女の目で見ればすぐにわかるの。別なところに恋人がいるんだなって思った。私の誘いへの応じ方でもそれがわかるわ。恋人のいるゆとりのようなものがあるのね。」
 光太郎は、一恵の言葉に、大きな恋をし、それを失った一人の女の心の大きさを感じていた。
            −続く−







2026/06/12 2:09:27|小説「春の行方」
春の行方−26−
春の行方−26−

 光太郎は、久恵の言葉の意味がわからず、しばらく目を見つめていたが、やがて話を聞いて欲しいのが光太郎だと言っているのに気付いた。愛を告白しているようでもある。しかし光太郎は、何と言って良いかわからなかった。何かを話せば、野暮なような気がした。
 不自然な空気が流れる。光太郎は、立ち上がって久恵のところに行くと、彼女の頬に手を添えて額にキスをした。久恵が顔を上げた。光太郎は、唇にキスをした。二人には長い時間が過ぎたように思えたが、実際はそんなに長い時間ではなかったのであろう。
 次にビールのグラスを手に取ったとき、二人は横に並んで座っていた。
「私、三永君のことを最初から好きだった。」
「僕もだ。」
「でもキスしてくれたのは初めてだわね。」
「そうだね、東京に出て来て最初に知り合った仲なのにね。」
「しかも、部屋はお隣さんなのに。」
「不思議だね。」
「ホント、不思議だわ。」
 そのとき、光太郎の心の中に、佳津枝の存在が浮かんだ。
 もしこのまま久恵の手を取れば、ベッドに行くことも拒まないだろう。むしろ、それを望んでいるのかも知れない。体の関係で言えば一恵ともことあるのだが、それはドライな関係、はっきり言って体だけの関係だった。しかし、久恵とは違う。心を伴っている。それが、光太郎を躊躇させていた。
 光太郎は自分の心を抑え、情熱の世界からビールと会話の世界に戻って行った。
 結局、翌日からの仕事もあるので、光太郎は11時過ぎには帰ると言った。玄関まで送りに来た久恵にキスをした。キスを終えるのが勿体ないような気がして、二人はしばらく抱き合っていた。久恵の玄関のドアを開ける時、廊下に誰かがいないか耳をすませた。今までに、何度か久恵を訪ねて来たことはあったが、こんな用心をしたのは初めてだった。
 自分の部屋に戻った光太郎は、シャワーを浴びてからベッドに入ったが、なかなか寝付けなかった。久恵の唇の感触が忘れられなくて、身体が興奮している。久恵をベッドに誘わなかったことさえ後悔のような気がしていた。そのとき、一恵が、光太郎の恋人を守るために寝ているのだと言った言葉を思い出した。
 一恵との関係は月に一度程度続いていたが、光太郎から求めることはほとんどなく、大抵は一恵の方から誘って来た。しかし、このときは、体の高ぶりを抑えることができず、夜遅くになって「逢いたい。」というメモを書いて、玄関の一恵の郵便受けに入れた。
 一恵と会うには、金曜日まで待たなければならなかった。平日は残業があり、時間の約束ができないからである。一恵は、金曜日にはスナック「再会」に行っている。そこで仕事の帰りに寄れば良いのである。
 二人は、「再会」で会い、しばらく飲んでから、いつものようにホテルに入った。部屋に入るとすぐに一恵が言った。
「あなたから誘ってくれるなんて初めてよね。何かあったのね。」
            −続く−