春の行方−30−
光太郎は、久恵の問いにドキリとした。 一恵は、何も話さないのに光太郎のことをかなり見抜いていた。女の直感の怖さを知ったばかりである。久恵も、佳津枝の存在に気付いてこのことを言ったのかと思った。 光太郎は、平然を装って冗談めかして言った。 「アハハッ、僕だって故郷に恋人の一人や二人はいたさ。こんなにいい男だからね。」 そう言いつつも、自分のずるさに戸惑っていた。幸い、久恵はそれ以上の追求はしなかった。 二人はしばらく飲んでから、「また、来ます」と言って店を出た。出るときに見ると、店の看板に「ふるさと」と書いてあった。 電車で寮まで帰ったときには11時を過ぎていた。寮に着く前に、久恵が言った。 「ねえ、明日は休みだし、もうちょっと私の部屋で飲んでいかない?」 光太郎には、拒む理由がない。否、むしろもうちょっと久恵と一緒にいたい気分だった。 「いいね!」 光太郎は、嬉しそうに言った。 「じゃあ、そこのコンビニでつまみでも買って行きましょう。ついでに、明日の朝食も買っていかなくちゃ。」 久恵も、楽しそうに言った。酒は、二人をすっかり陽気にしていた。 二人は、コンビニで買い物をし、寮に歩いて戻った。そのとき、久恵が光太郎の腕に自分の腕を絡ませた。 寮に近付くと、二人共静かになった。何人かで飲みに行くようになってから、二人だけの行動は駆け抜けのような気がしていたのである。寮の玄関のドアもそっと開けた。部屋に着くまでは、無言だった。久恵が、自分の部屋のドアを鍵であけて、光太郎を先に入れた。そんな秘密めいた行動が、光太郎を余計に興奮させていた。 部屋に入ると、光太郎はビールを、久恵はつまみをそれぞれのレジ袋から取り出した。 「あの店、いいわね。ふるさとって言ったかしら。私、あの女将さん好きよ。」 ビールを注ぎ合ったとき、久恵が言った。 「そうだね、彼女は苦労をしたんだねえ。でも、失恋が人間を大きくしたのかなあ。とても魅力的な女将さんだったね。」 「ねえ、また行きましょうよ。」 「うん、いいね。話も上手だし、人生の生き方の真面目さが伝わって来るよね。」 「私、女将さんのしっかりとした人生に対する識見にも感心したわ。難しい哲学の先生の講義よりよほど人生の参考になるし。」 「そうだね、哲学の先生は失恋の経験もないだろうしね。」 喋りながらの酒は進み、光太郎も久恵もかなり酔っ払っていた。グラスが空になる前に、お互いビールを注ぎあっていた。それをクイクイと飲んでいた。隣が自分の部屋だと思うと、帰りの電車を心配することもない。思わず、気を許して飲んでしまったようである。いつしか、光太郎は眠りに落ちていた。 −続く− |