春の行方−41−
光太郎には、久恵さえも冷たくなったように思えた。実際は、みんな光太郎の脳内の出血のことを気遣ってくれているのはわかるのだが、実際に接する態度が違って来ると自然に受け止めることはできなかった。 それは会社においても同じだった。課の人達も、宴会でもない限り、光太郎を飲みに誘おうとはしなかった。光太郎は、次第に寂しさを覚えるようになり、仕事が終って寮に戻ると、一人でビールやウィスキーを飲むようになっていた。気が付いたときには、ウィスキーのボトルが半分空になっていることもあった。 そんな中で、佳津枝からは毎日のようにメールが来ていた。その殆どは、自分の日々の出来事と光太郎のことを心配する内容であったが、次第に光太郎の唯一の慰めになって行った。最初は、2回とか3回に一度しか返事を書いていなかったが、ここのところ余程仕事が忙しくない限り、なるべく返事を書くようにしていた。その中で、自分が寂しい思いをしていることは書かないでいる積りだったが、しかし行間には出ていたようである。佳津枝は、しきりに心配していた。 その日も、光太郎は仕事から帰ると、コンビニで買って来た弁当の夕食を食べながら飲んでいた。寮のみんなは居酒屋に飲みに行っているはずである。行けば受け入れてくれるのだろうけど、光太郎は行く気がしなかった。 ビールを終え、ウィスキーのボトルを開けた。テレビを見ながら、飲んでいるのだがついつい量が進んでしまう。12時近くになり、そろそろ寝ようとしていてとき、電話のベルが鳴った。 電話は佳津枝からだった。声が聞きたくて電話をしたと言うが、実際は身体の様子を心配しているのである。このとき、光太郎は既にかなり酔っていた。自分でも舌のろれつが回らないのがわかるし、言っていることもややトンチンカンである。 佳津枝は、しきりに心配していた。光太郎は、ちょっと飲んでいるだけだから大丈夫だと言うけど佳津枝の心配は収まらないようだった。光太郎は、素面のときもう一度こちらから電話をしなければと思った。しかし電話を切ると、パジャマに着替えもせずに、そのままベッドに倒れ込んで寝た。 翌日の朝、電話のベルで目が覚めた。出ると、妹の美子だった。 「お兄ちゃん、元気?」 「ああ、ちょっと寝不足だけど元気だよ。なんだい、こんな時間に?」 「ううん、別に用事ってわけじゃないけど、佳津枝さんが心配していたわよ。」 光太郎は、昨夜の電話のことを思い出した。 「ああ、昨日の夜のことだね。ちょっと酔っぱらっていたんだ。」 「お兄ちゃん、酔っぱらうほど飲んで大丈夫なの? お医者さんからは、あまり飲まないように言われているのでしょう。」 「大丈夫さ。別に何ともないよ。」 「でも、無理しちゃだめよ。それから、お兄ちゃんから佳津枝さんに電話してあげて。彼女、随分心配していたわよ。」 「佳津枝からお前のところに電話があったの?」 「違う、私から電話したのよ。お兄ちゃんに電話をしてみたらってね。私だって、お兄ちゃんのことを心配しているのよ。でも、お兄ちゃんだって、佳津枝さんからの電話の方が嬉しいでしょう。」 光太郎は、「そうか。」と言って電話を切った。しかし、電話はしなかった。 −続く− |