春の行方−46−
人間の心は不思議である。入社以来、5月病になることもなかった光太郎であるが、スキーの怪我をきっかけに全てがおかしくなって行った。 まず寮の仲間が飲み会に誘わなくなった。営業部においてもみんなが仕事を与えることを遠慮するようになり、営業企画に異動させられた。しかもそれが身体の関係があった一恵の後任であり、一恵は故郷に帰って結婚するという。一気に仲間を失ったような疎外感に襲われた。 営業企画の仕事は単純であり、課の雰囲気も決して明るいものではない。連帯意識がまるでなかった。 妹の美子に仕事のことを聞かれて、それらのことが走馬灯のように頭を駆け巡った。途端に無口になった光太郎に、美子は不思議そうに聞いた。 「お兄ちゃん、どうしたの? 私、なんか変なことでも言った?」 「いや、そうじゃない。ちょっと考え事をしていたんだ。」 「なら、いいけど、佳津枝さんも心配していたよ。仕事で嫌なことでもあったの?」 「う〜ん、そんなことはないよ。」 光太郎は、左遷されたことを美子に言うとすぐに両親、特に母親には話してしまうだろうし、そうすれば余計な心配をさせることになると思い、話す気はなかった。 光太郎は、自分の部屋に入って、ベッドに横たわった。 夕方になって、両親が畑から帰って来た。夕食のときも、光太郎はおとなしかったが、それはいつものことであり、両親は健康のことについて聞いただけで、突き詰めた質問はしなかった。 その日の夜、佳津枝から電話があり、休暇中の予定を聞いてきた。デートの相談であった。 翌日、光太郎は佳津枝とドライブをした。萩から津和野に回る予定である。今までに何度か行ったことはあるが、佳津枝とのドライブは初めてである。 最初は、光太郎に遠慮してあまり話さなかった佳津枝であるが、天気も良く、快適なドライブに機嫌良くお喋りを始めた。しかし、仕事の話には触れないように気を使っているのが感じ取れた。光太郎も、いつしか佳津枝のペースに乗っていた。 光太郎は、正月以来、初めて安堵感を覚えていた。人間は、親しいと思っていても、ちょっとしたきっかけで心が離れて行くことがある。 久恵とも友情以上のものを感じていたのだが、怪我をして佳津枝が見舞いに来たことで、何となく遠慮するようになっていた。課の先輩達も、光太郎に遠慮するようになった。彼等が人間的に冷たいとか、人情がないわけではない。光太郎のことを心配してのことである。しかし、実際に接する態度は明らかに以前と違っている。 そんな中で、佳津枝だけは変らない態度で接してくれている。結婚するなら佳津枝しかいないと思う。しかし、二人とも離れた場所で仕事を持っており、いつどうやって結婚するかは難しい問題だった。健康の心配のないときなら、自信を持ってプロポーズしたかも知れないが、今ではそれもハンディキャップだと感じていた。佳津枝に対してもだが、問題は佳津枝の両親、特に父親の顔が浮かぶのであった。 結局、8日間の滞在中、4日は佳津枝とデートをした。その間にモーテルで過ごしたこともあった。その度に、結婚したいと言おうと思ったが、気が引けて言い出すことができなかった。怪我の後遺症がいつ出てくるかわからないというハンディ意識と、気分的に全てに自信を失っていることが原因だった。 −続く− |