朧月夜−22−(最終回)
チャイムを鳴らしても、インターフォンで呼んでも、やはり応答がない。合い鍵を使って部屋に入ってみると、テーブルの上に封筒があった。私は、急いで封筒を開けてみた。
「こんな形でお別れすることをお許しください。 私は、あれから考えました。あなたと別れることは、本当につらいことでした。でもいずれは別れなければならない。あなたには、奥さんもお子さんもいらっしゃいます。そんなあなたと一生いっしょにいることはできません。 私もまた故郷の親から結婚を強いられています。年老いて病床にいる母は、私が結婚しないでいることが唯一の心配の種だと言っております。 私は、彼と結婚することにしました。この前言いましたように、彼は決して素晴らしい人間ではありません。ごく普通の人間です。あなたと比べると、足元にも及ばないでしょう。でも、彼は私を求めてくれています。私が、愛人であったことも承知でプロポーズしてくれたのです。 そうは言いましても、この先、私があなたのことを忘れられるという自信もまたありません。彼と何回か身体を交えましたが、いつも脳裏にはあなたのことが浮かぶのです。私は、あなたによって女の悦びを知りました。あなたによって女になったと申し上げても言い過ぎではないでしょう。そのくらいあなたは私の中で大きな位置を占めているのです。 やがてあなたのことが忘れられなくて、連絡をするかも知れませんが、それまでは、彼とのことに全力を尽くしてみたいと思い、取り敢えず今までの契約は反故にして頂きたいと思います。 あなたのお幸せを心よりお祈り致しております。 かしこ 友紀 」
私は、その手紙を読んで、大きなショックを受けた。 今までに何人かの女性と付き合ったことがあり、中にはかなり深く付き合った人もいたが、友紀ほど私の胸に入り込んだ人はなかった。しかし、これ以上何もできない。そのままマンションを出て車を拾うために表に出たが、静かな住宅街のこと、車はなかなか来ない。仕方なく駅の方向に向かって歩き始めた。 春の宵、空には満月に雲がかかり、ときおり輝いたかと思うとすぐに暗くなっていた。 −完− |