「ねえ、どうしてくれるの。私、こんなところに寝るなんて嫌よ。一体、あなたどう責任を取ってくれるの。」 紗智子のかん高い声が聞こえている。俺は、黙って罵りの言葉を聞いているだけだった。 今、俺達は無人島に二人きりである。 紗智子は会社社長のお嬢さん、俺はヨットの操縦員である。紗智子がヨットで航海してみたいという希望があり、父親を通じてヨットのレンタル会社に連絡があり、お供役として会社が選んだのが俺だった。計画では、2週間ほど南方の海を航海する予定で、葉山のヨット・ハーバーを出航し、沖縄の南端から台湾近くまで行って帰って来る予定だった。 紗智子には、金持ちの娘特有の我が儘があった。やや太めの眉毛に、切れ長の瞳、鼻筋の通った顔立ちはとても美しいのだが、目の奥にやや険があって人を寄せ付けないようなところがある。俺に対しても常に偉ぶっているところがあって、言葉使いも態度も尊大だった。俺は、あくまで使用人であることを自覚していたし、そのことにこだわりは持っていなかった。 キャビンは2つあって、紗智子は奥の寝室のある部屋の部屋を使い、俺は入り口の狭い部屋を使っていた。最初に俺が、紗智子の部屋を掃除しようかと聞くと、紗智子は咎めるように、「私の部屋には決して入らないで。」と言った。俺は、紗智子が雇い主と使用人の立場をあくまで主張しているのだと思った。 それでも最初の航海は順調で、初夏の温かい空気の中、本邦の近くを南下して行っていた。 ところが出航して1週間、南シナ海に入ったところで台風が来るとの予報が入った。これから引き返すにしても、このまま進むにしても時間がかかる。俺は迷った末、そのまま近くの島に避難することに決めた。ところが台風の速度はこの時期にしては予想外に速く、あっと言う間に暴風圏に入ってしまった。 帆は畳んでいたが、それでもヨットは大揺れに揺れている。夜が来るに従って、風や波が強くなり、今ではまるで木の葉のように揺れていて、船には強いと言っていた紗智子も、キャビンの中で吐いたりしているようである。 最初、俺は、必死になってヨットの安全を保とうとしてデッキにいたが、大波を受けてキャビンに水が入って来るのを見ると、急いでキャビンに戻った。 ところがその時には、エンジンや無線機が水を浴びて故障していた。エンジンが止まると、揺れはますます激しくなっていた。 ―続く― |