春の行方−09−
広島駅に着いた。 佳津枝は仕事で、夕方帰って来る予定なので、喫茶店や本屋で時間を潰してからマンションに向かう。玄関のチャイムを鳴らすと、すぐにエプロン姿の佳津枝が出て来た。 「私も、今帰って来たばかりなの。急いで、夕食を作るわね。」 「ごめん、忙しい思いをさせるね。外食でも良かったのに。」 「いいのよ、私、作りたいの。それより、シャワーを浴びていてよ。今日は暑かったでしょう。」 「うん。じゃあ・・・・・」 シャワーから出て来ると、テーブルの上に魚の煮付けや野菜の煮物などと一緒にビールが準備されている。 「昨日、下拵えしておいたの。来てくれてうれしいわ。」 佳津枝はそう言いながら、グラスにビールを注いだ。 その夜、二人は愛し合った。明日は東京に帰らなければならないし、そうすればしばらく逢うことはできない。その思いが、二人の行為をより情熱的なものにした。 土曜日、光太郎は午後の新幹線に乗る予定である。朝、目覚めると、佳津枝は既に台所に立って、包丁の音をさせている。 食事をした後、居間のカーペットの上に寝そべってテレビを見ながら、まったりとした時間を過ごす。 佳津枝が言う。 「また、しばらく逢えないのね。」 「うん、今度は暮だね。暮には帰って来るよ。」 「長いわね・・・・・」 「でも、すぐだよ。」 そう言いながら二人は抱き合ってキスをしたが、やがて深い愛の行為に没頭して行った。 佳津枝は、駅まで見送りに来た。新幹線が到着して乗り込むと、窓のすぐ傍まで来て手を振っている。眼は、涙に潤んでいるようである。列車が動き始めると、さすがに光太郎もホロリとした気持ちになる。出発してしばらくすると、列車はトンネルに入り、光太郎は眠りに就いた。 寮に戻ったときは夕暮れになっていた。入り口で見上げると、電気の灯っている部屋は少なかった。みんなお盆休みで帰省しているのであろう。 部屋に入ってパソコンを開いて見ると、久恵と佳津枝からメールが入っていた。 久恵からのメールは、お盆の休みには浜松に帰るというもので、佳津枝からのは、昨日の楽しかったことが切々と書かれ、早く暮が来るのが待ち遠しい、暮には広島で会って一緒に家に帰りたいと書いてあった。 月曜日から、光太郎は寂しい日々を過ごした。 会社に行っても営業の一部の人間がいるだけで、閑散としていたし、寮に帰っても静かなものである。パソコンに向かってメールを送ったが、佳津枝も家に帰っているらしく、返事は来ない。 退屈で仕方なく、一人夕食を兼ねて飲みに出掛けた。 日曜日、お盆の休みも最後になった。寮のみんなも午前中から少しずつ帰って来ているようである。夕方、部屋にいると玄関のチャイムが鳴った。出てみると久恵だった。 「浜松に帰って来ました。これ少ないけど、おみやげです。」 そう言って、佃煮の包みを手渡した。 「ありがとう。ちょっと待って。」 光太郎は、部屋に戻り、母親が持たせた菓子箱のひとつを久恵に渡した。 「夕食は済ませたの?」 光太郎が聞くとまだだと言うので、一緒に食事に行くことにした。その時、同期生で青森出身の大室と玄関で出会ったので、3人で一緒に駅に向かった。 −続く− |