男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2026/04/29 4:09:19|小説「蛍」
蛍―02―
蛍―02―

 私は、話を続けた。
「本当に景色の良いところですね。」
「そうです。四季折々に景色が変わりますから、何度登っても飽きません。」
「この山にはよく登るのですか?」
「えゝ、週に2,3回は登ります。」
「近くにお住まいですか?」
「そうですね、あのあたりに住んでいます。」
 彼女は、北の山の間の方を指さした。
「それじゃあ、僕が降りる方向と逆じゃないですか。」
「大丈夫です。麓の道を歩くのは慣れていますから、駐車場のわかるところまではご案内します。」
「すみません。」
 私は、申し訳ない思いで丁寧に頭を下げた。
「これをいかがですか?」
 私は、リュックからビスケットを取り出すと、彼女に差し出した。
「ありがとうございます。遠慮なくいただきます。」
 そう言って、ビスケットを受け取った。私がビスケットを食べると、彼女もそれを口に入れた。
 30分ほど休憩した後で、彼女が「じゃあ下りましょうか。」と言った。
 私は、リュックを背負うと、彼女の後ろから着いて歩いて行った。彼女の足取りは軽やかだった。途中に急な岩場もあるのだが、彼女はどんどん下りて行った。私は、必死に着いて行った。ときどき彼女は後ろを振り返り、笑顔で私の様子を見て、私が追い着くのを待っていた。
 1時間ほどして、かなり下山したとき、下の方に駐車場が見えた。
「あそこに駐車場が見えています。この道を真っ直ぐ行けば、駐車場に行きます。私は、ここでお別れしますが、気を付けて行ってください。」
「ありがとうございました。助かりました。僕は、三嶋と言いますが、お名前を伺っていいですか?」
「山野と言います。」
「またお会いしたいですね。」
「そうですね。楽しみにしていますわ。」
 彼女はそう言うと、私と違う方の道を下りて行った。私は、彼女の後姿が見えなくなるまでずっと見ていた。
 帰りの車の中で、私は彼女のことを考えていた。
 その日から、彼女に会えるのが楽しみになって、毎日のように山に登った。
 やっと彼女に会えたのは3日後だった。山頂で休憩していると、人の気配が感じられた。振り向くと、木々の茂みの間から彼女の姿が現れた。
           ―続く―







2026/04/28 7:28:23|小説「蛍」
蛍―01―
蛍―01―
 
 私は、川の傍に佇んで、飛び交う蛍の光を眺めながら美紀との思い出に浸っていた。彼女がどうしているのだろうかという思いが、今もって私の頭から離れない。
 それは数年前のことになる。
その日は朝から良い天気だった。木々の新緑が鮮やかで、その間を通り抜けて来たそよ風が心地よく山間を歩いて登る私の頬を撫でていく。頭上からは、まだ上手に鳴けない鶯の不器用な囀りが聞こえている。麓の方を見ると、海が見える。
 標高700メートルほどのこの山は、前には海が広がり、後ろには山が連なっている。
 私が、山登りを始めようと思ったのは、会社を定年になって暇だったからである。今までは、けっこう忙しい思いをしていたが、急に時間ができると、その時間を持て余すようになった。たまたま図書館で探していた本に、「初心者の山登り」があって、パラパラとめくっていたら、近くの山の紹介があったので、登ってみようと思い立ったのである。
 妻とは、数年前に離婚していた。
ある日、「あなたが会社勤めをしている間は、あなたに尽くしてきた。これからは自分の人生を歩んで行きたい。」と言った。しばらく説得したが、彼女の意思は固いようで、私は離婚届に判を押した。
2時間ほどかけて山頂に着いた。
途中にちょっとした岩場や鎖場の急登があって身体は汗ばんでいたが、遠く南には海が広がり、北側には連山の緑が広がっている。その景色を見ていると、今までの疲れも汗のことも忘れていた。
 山頂で、握り飯とお茶を飲んでしばらく休憩してから下山し始めたとき、分かれ道に来た。私は、どっちに行くのか迷った。登るときは、ひたすら上に向かって行けば良いので迷うことはないが、下りは幾つかの道があるようで、間違えれば麓に置いてある車に辿り着けない。
 途方に暮れて、しばらく立ち止まっていた。その時、下から赤いシャツにブルーのリュックを背負った若い女性が登って来た。
 私は、おずおずと彼女に聞いた。
「すみません、駐車場のある登山口に下りるには、どっちを行けば良いでしょうか。」
 彼女は、「あっ、こっちの道です。私が、ご案内しますわ。」と言った。
「でも、これから山頂まで登るのでしょう。それじゃあ申し訳ないですから、下りるついでで良いですからお願いします。」
 私は、彼女と一緒にもう一度山頂に引き返すことにした。
戻りながら、私が言った。
「この山に登るのは今日が初めてなのです。」
「そうですか、運動にはちょうど良い高さの山なので、私はなるべく登るようにしています。」
 10分ほどで、再び山頂に着いた。よく見ると年齢は30歳くらいだろうか小柄な可愛い感じの女性だった。
           ―続く―







2025/12/29 5:27:48|エッセイ
2025年の思い出

 2025年も残り3日となり、今年を振り返ってみました。
1 山歩き
 年間300回の目標を立てて、茶臼山を主に山歩きをして来ましたが、今日で310回となり目標を達成しました。
2 釣り
 夏は虹ケ浜にキス釣りに行きました。今年は合計でちょうど300尾釣れました。
3 友情
 山で知り合ったNさん父娘と彼らの愛犬竜王には、随分お世話になりました。1月には山口市の東鳳翩山、5月には防府市の東尾山に、7月にはヨットで光市の花火大会に連れて行ってもらいました。竜王は、出会う度に最大限の友情を示してくれます。
4 旅
 8月に孫を連れて宮島に、11月には島根の出雲大社や足立美術館に行って来ました。
5 家族
 10月に兄弟会をしました。久し振りに兄妹3人、子供の頃の思い出話が尽きませんでした。夜はいびき合戦でしたが、勝敗はつきませんでした。
6 自然の恵み
 今年も自然からたくさんの恵みをいただきました。山では、筍、わらび、コシアブラやタラの芽、栗、木耳、平茸などなど、海ではキスやわかめなど、自然からたくさんの恵みをいただきました。
7 健康
 相変わらず高血圧と歯の予防で通院を続けていますが、今年は大腸の内視鏡検査を受けました。お尻にカメラを入れられたときは、何とも言えない気持ちになりました。
 女医さんは、ポリープを見付ける度に「あっ、ここにもありますよ。」と嬉しそうに言っていました。
8 自然との触れ合い
 茶臼山では、イノシシ、猿、雉、アナグマなどの動物に、海水浴では泳いでいるキスに会うことができました。
 春の茶臼山山頂の躑躅、10月のアサギマダラは、目を楽しませてくれるとともに、季節を感じさせてくれました。







2025/04/14 5:33:45|小説「遭難記」
遭難記−11−(最終回)
遭難記−11−(最終回)

 歳月は流れて行き、俺はすっかり村の生活に溶け込んでいった。その間、モナはすっかり俺の女房のようになっていたし、ときどき村の女達も俺のところに忍んでやって来た。彼女達は、口を合わせたように、俺のセックスの方が村の男達より上手だと言った。モナは、俺が他の女達との行為を気にしていないようだった。それが、女の長として当然なことと思っていたようだった。
 海に面したところに山があった。俺が遭難して、煙によって村を見付けた高さ300mほどの山である。俺は、釣りに来たときたまにこの山に登った。浜には、俺が乗っていた飛行機があった。かなり腐食も進んでいるのだろうが、遠くからは太陽に輝いて見えた。飛行機を見ていると、日本での日々が懐かしく思い出された。特に懐かしかったのは、食事である。ここでは魚や肉、芋や野菜などはあったが、味付けは塩だけである。慣れたとはいえ、物足りなさは否定できなかった。
 あるとき、モナが自分のお腹を指差して、「赤ちゃん」と言った。妊娠したと言っているのである。避妊はしていなかったので、俺の子供に違いなかった。村の娘にも妊娠しているのがいたが、誰の子供かはわからない。産まれてくれば、顔付きなどからわかるだろう。
 モナは、男の子を産んだ。出産は、モナの祖母や母親が面倒を見た。
 3年の歳月が流れた。男の子は1歳になってよちよち歩きを始めていた。その間に、俺と関係を持った女達から、俺の子供ではないかと思われる女の子と男の子が生まれていたが、父親が誰であるかは気にしていないようだった。
 ある日、俺はモナと息子を連れて、海の近くの山に登った。3人で持って行った芭蕉の葉に包んだ芋や焼いた魚の入った弁当を食べていたとき、息子が沖を指差した。見ると船がいた。ヨットのようであまり大きくはない。船は、海岸に近付いて来た。
 俺は迷った。故郷の日本に未練がないわけではない。すっかり忘れていた事業のことを思い出した。今、火を燃やして合図すれば彼等は気付いてくれるだろう。助けを求めれば、助けてくれるだろうと思う。
 迷っている俺を心配そうにモナが見詰めた。その目と、あどけなく遊んでいる息子を見たとき、俺の気持ちは決まった。
 俺は、モナと息子の手を取り、山を下りて、そのまま真っすぐに村に向かって帰って行った。
 南国の夏の暑い日差しが俺達を照らしていたが、それさえ気持ち良く、俺の気持ちは晴れ晴れとしていた。

追記
 30年近い歳月が流れた。俺は、人々の支持を受けて村の長になった。それまでの間、たくさんの女達との交わりがあり、自分の子供が何人いるのかよくわからなかった。
 そんな女達を仕切っているモナは、堂々とした立派な体格になっていた。
              ―完―







2025/04/13 3:55:40|小説「遭難記」
遭難記−10−
遭難記−10−
 
 前の男を見よう見まねで踊るのだが、元々音感のない俺はとても早いリズムに追い付いて行けない。5分程踊ったところで、踊りの輪から逃げ出した。村の長が、笑いながら俺を迎えた。モナはしばらく踊っていたが、やがて輪から離れて俺の横に座った。
 祭りは、夜遅くまで続いた。人々は、老若男女共、飲んで食べては踊り、踊っては飲んで食べていた。
 満月が空の真上に来たとき、やっと祭りが終った。すると若い男や女達は、手を取り合って繁みに入って行った。このような風習は、昔の日本でもあったと聞いたことがある。
 俺がその様子を眺めていると、モナが俺の手を引いた。俺との時間を過ごすようである。俺は、手を引かれるままモナの後に着いて行った。モナの家族たちは、全く知らん顔である。
 モナが連れて行ったのは、俺の家だった。家に入ると、すぐに抱き合った。キスを交わす。モナも、最近はすっかりキスが上手になっていた。
 この村の男女には、キスやセックスの前の愛撫のような習慣はないようだった。俺のところに通って来る女達も、キスには驚いたようだったし、愛撫をしても最初はくすぐったがった。しかし、何度かしているうちに慣れて行って、やがて自ら俺の手を取って自分の乳房や秘密の部分に導いたりするようになった。無論、最初にそうなったのはモナだった。その夜、モナは初めて俺の家に泊まった。
 俺は、少しずつ村の暮らしに溶け込んでいった。道具を借りて、川に釣りに行ったり、たまには遠く海にまで出掛けた。海の魚は美味しいらしく、モナの家族達も喜んでくれた。俺は、村の若者達を連れて海に行った。そのために、ジャングルの道を切り開いた。海までは距離があるので大変な作業だったが、若者達は積極的に働いた。俺の指導によって、若者達の釣りも上手になっていた。釣りに行くときは、往復に時間がかかるので泊りがけである。そのために、浜に小屋も作った。海では、魚釣りの他、岩場の海老や砂浜の貝などが食べられることも教えた。
 森では、若者達に教えられて、弓や槍でウサギに似た動物の獲り方を教わったし、女達からは畑の作り方も教わった。そうしているうちに、俺はすっかり村の生活に溶け込んでいった。
 村の生活でひとつの障害は、言葉だった。俺は、家を指差して「いえ」と言ったり、魚を指差して「さかな」と言ったりして、言葉を教えたし、彼等も同じようにして彼等の言葉を教えてくれた。彼等との会話は、日本語と彼等の言葉がごっちゃになったものだったが、それでも時を経るとともに、何となく意思が通じるようになっていた。
 俺の横には、常にモナが寄り添っていた。俺とモナの関係は村の人々も公認のようだった。
              ―続く―