男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2026/06/29 3:59:49|小説「春の行方」
春の行方−43−
春の行方−43−

 しばらく二人で飲んでいたが、一恵が言った。
「私の後任になるのですってね。」
「うん、そうみたいだ。」
「その方が良いわね。営業じゃ、やがて身体を壊してしまうわ。何もない身体だったら良いけど。実は、私の父親も若い頃、交通事故で脳に出血があったの。当時は、脳の手術なんか考えられない時代だったから、そのままにしていた。でも、3年前に障害が出て、今、手が不自由なのよ。医者からはお酒を控えるように言われていたけど、酒好きの父はそんな言うことをきくハズがなかったわ。営業では、お酒を飲まないわけにはいかないものね。」
「・・・・・」
「身体は大事よ。私だって失恋した時など死にたいなどと思ったことが何度かあったけど、それは自分に負けることだと気付いたの。やけ酒も飲んだわ。身体の調子がおかしくなるくらい飲んだ。でもある時、そんな自分が嫌になったの。決して、明るく生きようなんて思ったわけじゃないけど、自棄になっている自分に相性が尽きたのよ。世の中は、冷静に見詰めなければいけないってね。三永君も、私の評判は聞いているでしょう。石のような女だって。でも、それも都会がそうさせたの。私は田舎の生れ、多分、故郷にいたらこんな人生は歩まなかったと思う。」
「・・・・・」
「ネッ、今日、これからここを出たら一緒に最後の夜を過ごしましょう。これが最後になると思うわ。私には彼がいるしあなたにも彼女がいる。だから、未練は残したくないの。」
「はい・・・・・」
光太郎は、小さく頷いた。
 二人は、店を出ると、そのまま裏通りにあるラブホテルに入って行った。
 光太郎と一恵は、ベッドの中にいた。
ホテルに入ると、すぐに激しい愛の世界に陶酔したが、今はお互い仰向けになって天井を見ながら会話を交わしている。
「三永君の彼女って、本当に素敵な人ね。」
「・・・・・」
「三永君、松島さんのことも好きだったのでしょう?」
「・・・・・」
「いいのよ、二人の態度を見ていればわかるわ。彼女だって、三永君に好意を持っていることは確かよ。」
「はい・・・・・」
「でもね、男と女、何があっても不思議じゃないけど、でも軸足というか、人生の要というか、それだけはしっかりしていないと、歩むべき道を誤ると思うの。私と三永君は、はっきり言って身体だけの関係、私がそれ以上のことを望まないように、三永君だってそうでしょう。でも、三永君と松島さんの関係は、それじゃ終わらないでしょう。もし三永君が松島さんのことを愛するようになると、故郷の彼女と3人共が苦しむようになるわ。それが目に見えている。苦しんでも幸せが来れば良いけど、やがて不幸だけが残るわ。」
 光太郎は、今まで、一恵を心から愛おしいと思ったことはなく、割り切った関係だと思っていたが、今日ばかりは違っていた。光太郎は、身体を起こすと、一恵を抱きしめ、再び挑んで行った。
 二人が寮に帰ったのは、その日が終ろうとしている時刻だった。
                −続く−







2026/06/28 1:25:59|小説「春の行方」
春の行方−42−
春の行方−42−

 退院して1カ月が過ぎようとしていたとき、光太郎は課長に呼ばれた。会議室で二人だけになったとき課長が言った。
「実は、君の異動を考えているんだ。」
「エッ、どこへですか? どうして?」
「理由は、君にもわかっていると思うが、身体のことだよ。脳に出血があることは医者から聞いている。営業の仕事はきつい。しかも付き合いもある。無理をして君にもしものことがあってはとても会社として責任も取れない。異動先だが、営業企画課はどうだろうと思う。君は、今までの営業の経験もあるし、あそこなら少なくともお客さんとの宴席はないだろうからそっちの面での身体の負担にはならないと思うんだ。」
「わかりました。」
 光太郎は営業の第一線から離れるのは不本意であったが、自分が背負っている脳内出血という障害を思えば、反論できる立場にはなかった。
 課長は話を続けた。
「実は、営業企画の広末君が退社することになったので、人が欲しいと言うのだ。」
「広末さんって、寮にいる広末一恵さんですか?」
「ああ、そうだよ。そう言えば、君と同じ寮にいたのだったな。」
「はい、そうです。彼女、会社を辞めるのですか?」
「そうみたいだ。なんでも寿退社みたいだよ。」
「そうですか・・・・・」
「今月一杯みたいだから、それまでに申し送りを受けておいてくれたまえ。」
 そう言うと、課長は席を立った。
 その日の夕方、光太郎は一恵の郵便受けに逢いたいというメモを入れた。翌日、メモの返事が入っていた。週末なら、上野で会えると言うものだった。
 土曜日、光太郎は上野のいつも会っていた居酒屋に出掛けた。光太郎のすぐ後で一恵がやって来た。
「今度、退社するんですって?」
光太郎が聞いた。
「そうなの、田舎の親から結婚しないかと言って、人を紹介して来たのよ。私ももう30歳でしょう。親を安心させてあげなければと思うの。」
「そうだったんだ。おめでとう。」
「ありがとう、三永君も見舞いに来ていた故郷の彼女と結婚するんでしょう。」
「ああ、そうなるかも知れない。」
「彼女、いい人よ。結婚生活に向いている女性だと思うわ。都会の人間にはない素直さと純粋さを持っている。私なんか、すっかり都会に毒されてしまったわ。」
「そんなこと・・・・・」
「三永君は、そうはならないでね。」
「・・・・・」
「そんなことを言っても無理だわね。私が、三永君を毒しちゃったんだものね。」
「いえ、そんなことありません。」
「いいのよ。でも心はしっかり彼女を掴まえておかなくちゃ駄目よ。女だって、一人で寂しくなれば心がどこに行っちゃうかわからないことがあるんだから。」
「・・・・・」
「身体の離れている距離は、そのまま心の距離に比例するのよ。それを忘れないことが大事なのよ。」
 一恵は、諭すようにそう言って、ビールのジョッキを口に運んだ。
              −続く−







2026/06/27 4:26:27|小説「春の行方」
春の行方−41−
春の行方−41−

 光太郎には、久恵さえも冷たくなったように思えた。実際は、みんな光太郎の脳内の出血のことを気遣ってくれているのはわかるのだが、実際に接する態度が違って来ると自然に受け止めることはできなかった。
 それは会社においても同じだった。課の人達も、宴会でもない限り、光太郎を飲みに誘おうとはしなかった。光太郎は、次第に寂しさを覚えるようになり、仕事が終って寮に戻ると、一人でビールやウィスキーを飲むようになっていた。気が付いたときには、ウィスキーのボトルが半分空になっていることもあった。
 そんな中で、佳津枝からは毎日のようにメールが来ていた。その殆どは、自分の日々の出来事と光太郎のことを心配する内容であったが、次第に光太郎の唯一の慰めになって行った。最初は、2回とか3回に一度しか返事を書いていなかったが、ここのところ余程仕事が忙しくない限り、なるべく返事を書くようにしていた。その中で、自分が寂しい思いをしていることは書かないでいる積りだったが、しかし行間には出ていたようである。佳津枝は、しきりに心配していた。
 その日も、光太郎は仕事から帰ると、コンビニで買って来た弁当の夕食を食べながら飲んでいた。寮のみんなは居酒屋に飲みに行っているはずである。行けば受け入れてくれるのだろうけど、光太郎は行く気がしなかった。
 ビールを終え、ウィスキーのボトルを開けた。テレビを見ながら、飲んでいるのだがついつい量が進んでしまう。12時近くになり、そろそろ寝ようとしていてとき、電話のベルが鳴った。
 電話は佳津枝からだった。声が聞きたくて電話をしたと言うが、実際は身体の様子を心配しているのである。このとき、光太郎は既にかなり酔っていた。自分でも舌のろれつが回らないのがわかるし、言っていることもややトンチンカンである。
 佳津枝は、しきりに心配していた。光太郎は、ちょっと飲んでいるだけだから大丈夫だと言うけど佳津枝の心配は収まらないようだった。光太郎は、素面のときもう一度こちらから電話をしなければと思った。しかし電話を切ると、パジャマに着替えもせずに、そのままベッドに倒れ込んで寝た。
 翌日の朝、電話のベルで目が覚めた。出ると、妹の美子だった。
「お兄ちゃん、元気?」
「ああ、ちょっと寝不足だけど元気だよ。なんだい、こんな時間に?」
「ううん、別に用事ってわけじゃないけど、佳津枝さんが心配していたわよ。」
 光太郎は、昨夜の電話のことを思い出した。
「ああ、昨日の夜のことだね。ちょっと酔っぱらっていたんだ。」
「お兄ちゃん、酔っぱらうほど飲んで大丈夫なの? お医者さんからは、あまり飲まないように言われているのでしょう。」
「大丈夫さ。別に何ともないよ。」
「でも、無理しちゃだめよ。それから、お兄ちゃんから佳津枝さんに電話してあげて。彼女、随分心配していたわよ。」
「佳津枝からお前のところに電話があったの?」
「違う、私から電話したのよ。お兄ちゃんに電話をしてみたらってね。私だって、お兄ちゃんのことを心配しているのよ。でも、お兄ちゃんだって、佳津枝さんからの電話の方が嬉しいでしょう。」
 光太郎は、「そうか。」と言って電話を切った。しかし、電話はしなかった。
          −続く−







2026/06/26 2:25:06|小説「春の行方」
春の行方−40−
春の行方−40−

 仕事には復帰したものの、年度末を控えての1か月のブランクは大きかった。不在間の仕事は先輩達が処理してくれていたが、担当者の不在の影響は大きい。
 光太郎は、その挨拶をするためにしばらく挨拶回りを続けなければならなかった。多くの顧客は“若いときには、そんなこともあるさ”と言って笑ってくれたが、中には「営業が、そんな危険なことをしてどうするんだ。」と言わんばかりの辛辣な言い方をする人もいた。その人も若い頃から苦労をして来たと聞いていた人なので、それはそれで、大事に受け取らなければならない言葉だった。
 2月になって、脚の回復とともに、仕事も忙しくなった。寮の仲間と飲みに行く時間もなければ、一恵と逢う時間もままならなかった。というよりも、スキーの怪我以来、みんなも誘ってくれないし、一恵からのメモも入って来なかったのである。
 あるとき、ふとしたことで、みんなが飲みに行って、楽しかったと話しているのを聞いてしまった。出勤のとき、玄関に出たら、皆が雑談をしていたのである。光太郎は、自分が取り残されたような気分になった。その話を聞いて、みんなの前に出たとき、皆が急に黙り込んだのが余計に光太郎の神経を尖らせた。
 それからと言うものの、光太郎は会社でも寮でも、何となく疎外感を覚えるようになった。別に、課の先輩達が光太郎に冷たく当たっているというのではない。むしろ庇ってくれているのだと思う。寮の人間だって、脳に出血をしている光太郎に遠慮して、飲みに誘わないのだと思う。しかし、一緒に誘って貰えないことが、こんなに寂しいものだとは初めて知ったことであった。
 そんな孤立感を味わっている間でも、佳津枝からは、毎日のようにメールが来ていた。日々、体調に異常はないかとか、仕事を無理するなとか、光太郎を心配する内容が多くなっていた。
 光太郎は、寂しさのことは書かず、自分が大丈夫であることだけを書いて送った。
 その後も通院は続けていたが、事実、脳の後遺症のような症状は表れていなかった。光太郎は、孤独感の中で、初めて佳津枝の存在の大きさを知った。
 自分が元気で勢いがあるときは、久恵も女を意識した友達であったし、一恵とも身体の関係を通じての仲だった。それが脳の中に出血があるというだけで、全ての関係が希薄になった。人と人の関係とは、こんなに脆いものかと身をもって感じたのである。そんな中で信じられるものは何か、信じられる人は誰なのか、光太郎はしみじみと感じていた。
 結局、その後一恵からの誘いはなかった。逢う機会がなければ、話す機会もない。光太郎のことを心配してのことか、あるいはトラブルに巻き込まれたくないからなのか、それを知ることはできない。
 寮の仲間も、最初は誘わなかったが、あるときお酒を飲んでも大丈夫なのかと聞いた。医者から少量なら許可されていると言ったら、そのうちに誘ってくれるようになった。しかし、光太郎には酒を勧めようとしなかった。酒が強い光太郎に対しては当然のことであったが、それが少しずつ光太郎の気持ちを引っ込み思案にして行った。
               −続く−







2026/06/25 3:54:07|小説「春の行方」
春の行方−39−
春の行方−39−

 光太郎は、病院のベッドで新年を迎えた。母親と佳津枝は、近くのホテルを取り、そこから病院に通っていた。その間に、医師と相談し、正月明けには光太郎を松戸の病院に移して、脳の検査をすることになった。
 4日、光太郎は松戸の病院に移された。母親と佳津枝も一緒である。
「佳津枝、仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫、会社にはちゃんと断ってあるから。」
 母親は農閑期であるから心配はないが、佳津枝には仕事がある。どんな理由で休みを貰ったのか気になったが聞きはしなかった。
 その間、先に帰って来ていた大室や久恵も見舞いにやって来たし、会社の課の仲間や寮の外のメンバーも見舞いに来た。その中に、一恵もいた。
 みんな、佳津枝のことを誰だろうというような顔で見ているのに気付いていた。明らかに妹でないことには気付いているようだった。
 脳の検査の結果は、軽い内出血を起こしているということであった。現在のところ、特に障害はないが、状況によって固まった血が動いたりすると障害が出て来る可能性があるという。手術は難しく、失敗すれば却って障害が出るとのことで、結局、医師も手術は断念した。
 検査結果が出ると、佳津枝は帰って行った。母親は残って、光太郎の身の回りの世話をした。ベッドの傍にいた母親が、光太郎に言った。
「佳津枝さん、お前のことを随分心配していたんだよ。私が、お前が怪我をしたと電話をしたら、すぐに行きましょうと言ったのは、彼女だったの。」
 光太郎は、申し訳なさそうにその話を聞いていた。
 松戸の病院に移ってから、しばらくすると、松葉杖を使って歩けるようになった。しかし、入浴だの着替えなどができないので、入院生活はギブスが取れるまでできない。母親も帰って行った。そのとき母親は、見舞いに来ていた久恵に、すみませんが何かあったらよろしくお願いしますと頼んでいた。
 久恵は、仕事の帰りなどに病院に寄ってくれて、何か用事はないかと聞いた。大抵のことは自分で出来たので、特に頼むことはなかったが、たまに本や雑誌などの買い物を頼んだ。
 そんなとき、久恵が言った。
「お母さんと来ていた女性、三永君の婚約者だってね。とても、きれいな人じゃないの。私、三永君に婚約者がいるって全然知らなかったわ。」
「婚約しているわけじゃなくて、幼馴染みなんだよ。子供の頃からの近所付き合いなんだ。」
「でも、仕事を休んでまで来てくれたんでしょう。三永君のことを好きなのね。」
「うん、そうかも知れない・・・・・」
 光太郎は、この期に及んで、まだはっきり言わない自分に呆れていた。
 しかし、久恵は懲りずに病院に来てくれた。それが男女の気持ちの表れなのか、あるいは同期としての友情なのか、光太郎にはわからなかった。
 1か月後にギブスが取れて、退院になった。脳の後遺症は特に出ないようで、退院前の検査でも特に異常は認められなかった。
 1か月半ぶりに、光太郎は仕事に復帰した。
            −続く−