春の行方−43−
しばらく二人で飲んでいたが、一恵が言った。 「私の後任になるのですってね。」 「うん、そうみたいだ。」 「その方が良いわね。営業じゃ、やがて身体を壊してしまうわ。何もない身体だったら良いけど。実は、私の父親も若い頃、交通事故で脳に出血があったの。当時は、脳の手術なんか考えられない時代だったから、そのままにしていた。でも、3年前に障害が出て、今、手が不自由なのよ。医者からはお酒を控えるように言われていたけど、酒好きの父はそんな言うことをきくハズがなかったわ。営業では、お酒を飲まないわけにはいかないものね。」 「・・・・・」 「身体は大事よ。私だって失恋した時など死にたいなどと思ったことが何度かあったけど、それは自分に負けることだと気付いたの。やけ酒も飲んだわ。身体の調子がおかしくなるくらい飲んだ。でもある時、そんな自分が嫌になったの。決して、明るく生きようなんて思ったわけじゃないけど、自棄になっている自分に相性が尽きたのよ。世の中は、冷静に見詰めなければいけないってね。三永君も、私の評判は聞いているでしょう。石のような女だって。でも、それも都会がそうさせたの。私は田舎の生れ、多分、故郷にいたらこんな人生は歩まなかったと思う。」 「・・・・・」 「ネッ、今日、これからここを出たら一緒に最後の夜を過ごしましょう。これが最後になると思うわ。私には彼がいるしあなたにも彼女がいる。だから、未練は残したくないの。」 「はい・・・・・」 光太郎は、小さく頷いた。 二人は、店を出ると、そのまま裏通りにあるラブホテルに入って行った。 光太郎と一恵は、ベッドの中にいた。 ホテルに入ると、すぐに激しい愛の世界に陶酔したが、今はお互い仰向けになって天井を見ながら会話を交わしている。 「三永君の彼女って、本当に素敵な人ね。」 「・・・・・」 「三永君、松島さんのことも好きだったのでしょう?」 「・・・・・」 「いいのよ、二人の態度を見ていればわかるわ。彼女だって、三永君に好意を持っていることは確かよ。」 「はい・・・・・」 「でもね、男と女、何があっても不思議じゃないけど、でも軸足というか、人生の要というか、それだけはしっかりしていないと、歩むべき道を誤ると思うの。私と三永君は、はっきり言って身体だけの関係、私がそれ以上のことを望まないように、三永君だってそうでしょう。でも、三永君と松島さんの関係は、それじゃ終わらないでしょう。もし三永君が松島さんのことを愛するようになると、故郷の彼女と3人共が苦しむようになるわ。それが目に見えている。苦しんでも幸せが来れば良いけど、やがて不幸だけが残るわ。」 光太郎は、今まで、一恵を心から愛おしいと思ったことはなく、割り切った関係だと思っていたが、今日ばかりは違っていた。光太郎は、身体を起こすと、一恵を抱きしめ、再び挑んで行った。 二人が寮に帰ったのは、その日が終ろうとしている時刻だった。 −続く− |