男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2026/07/04 6:41:04|小説「春の行方」
春の行方−48−
春の行方−48−

 陽子の大らかな態度は、大室と久恵にも影響を与えた。光太郎に対してあまり遠慮はしなくなったのである。
 11月の末になって、スキーの話が出た。大室は、みんなに今年もスキーを計画したいと言った。今までだったら光太郎のいないところで相談したのだろうが、意識的に光太郎がいるところで話したのだった。これに対して、光太郎は笑いながら「今回は遠慮しておくよ。」と言った。光太郎の笑顔を見た久恵はホッとしたような顔をした。
 年末を迎えると、光太郎の仕事も忙しくなる。仕事の憂鬱さよりも、忙しさの方が先になった。それも一段落したとき、課の忘年会が行われた。課の仲間と飲むのは初めてである。普通なら光太郎が来たときに歓迎会が行われるのであるが、怪我に遠慮してか行われていなかった。
 飲み会の席で、係長の飯岡が光太郎に言った。
「お疲れさん。少し元気になったみたいだな。」
「はい、仕事にも慣れました。」
「みんな君のことを心配していたんだぜ。うちの課に来たときは、随分暗い顔をしていたからな。」
「はい、すみません。」
「俺も、昔は営業にいたんだ。ひとつの商談に失敗してからここに異動させられたのだが、そのときはガックリしたよ。会社としては、お客さんに対してもそのまま営業に置いておくことはできなかったのだろうな。」
「・・・・・」
「最初は、やはりやる気を無くしたよ。だって日々緊張の営業と違って、ここは自分の力や意志を出せるセクションじゃないからなあ。」
「・・・・・」
 光太郎は何と言って良いかわからず、黙って飯岡の話を聞いていた。飯岡は話を続けた。
「でもな、会社の仕事で、これは不要だという仕事はないんだ。それに気付いたのは、この課に来て3年目だったろうか、自分で経営陣の考えていることがわかるようになってからだよ。俺達がまとめている数字によって、経営陣は次の戦略を練る、そのための資料の作り方によって彼等の判断に微妙な違いがあることがわかってからだ。今の三永にはまだわからないかも知れないが、やがてはわかって来るよ。」
「はい。」
 その日、光太郎はずっと飯岡と話をしていた。飯岡の話は、同じような道を歩いて来ているだけに説得力があった。聞いてみれば、課の人達も大なり小なり同じような経験を持っているようだった。
 飯岡の話を聞いて、光太郎はかなり元気を取り戻した。
 人の心は強いようで弱い。逆境にあるときは強くて、逆に緊張が解けたときに落ち込んだりする。光太郎も、営業で忙しいときや、営業企画課に来た当初は落ち込むこともなかったが、仕事が一段落してから落ち込んだ。そして飯岡の話を聞いて、再び心に明るさを取り戻した。
 その日、寮に帰ると、そのことを佳津枝にメールで送った。佳津枝からは、すぐに返事が来て、光太郎が元気を取り戻したことを心から喜んでいた。
 光太郎は、再び、もうすぐ帰るから、そのときを楽しみにしていると書いて送った。
         −続く−







2026/07/03 4:24:03|小説「春の行方」
春の行方−47−
春の行方−47−

 盆の休みが終り、光太郎は松戸に戻った。広島まで久恵の車で来て、そこから新幹線に乗ったのだが、乗った途端に憂鬱になった。明日からの出社のことを思うと気が重いのである。今まで、松戸に戻るときには、いつも楽しさがあった。しかし、今回はまるで憂鬱だった。
 寮に着くと、久恵に買ってきた土産を手渡そうとしてチャイムを鳴らしたが、返事はなかった。そんなことさえ、光太郎の気分を暗くした。光太郎は、冷蔵庫からビールを取り出して飲んだ。気が付いたときには、缶ビールが5、6本空になっていた。
 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。出て見ると久恵だった。
「今帰って来たの。これ、いつもの鰻よ。あらっ、もう飲んでいるの?」
「うん、喉が渇いたもんでちょっとネ。」
そう言いながらみやげを交換したが、お互い夕食に行こうとか一緒に飲もうという言葉は出なかった。
 翌日から仕事であるが、出社しても気が重い。隣の人と話をするような雰囲気はない。営業のときのように外出することもない。じっと数字と睨めっこをし、資料作りばかりである。昼食に一緒に行くような雰囲気もない。営業企画に来てから、昼食はいつも一人だった。会社にいて、一日が長かった。年度末、年度始めの忙しいときはそうも感じなかったが、一段落してからの一日は本当に長く感じられた。月末、四半期末は忙しいことがあるが、そうでないときは遅くまでの残業はなかった。7時には会社を出ることができた。寮に戻ると、一人で酒を飲むのが習慣になっていた。
 秋になっても、光太郎の憂鬱な日が続いた。朝の出勤から憂鬱だった。寮の仲間と一緒に出勤するのだが、昔と違って無口になっていた。最初は、話し掛けていた仲間も、次第に話し掛けなくなり、みんなと一緒にいながらも孤立感が深まっていった。
 佳津枝からは、相変わらずメールが届いていた。仕事もかなり忙しいようである。ディーラー回りの仕事も忙しい上に、新しいキャンペーンの企画要員にも選ばれたと言っている。そんな佳津枝の活躍の様子は、光太郎に対して彼女が果たして自分の結婚相手に相応しいのかという疑念を抱かせた。
 考えれば考えるほど、全てが暗い方向に行ってしまう。部屋で飲む酒の量も次第に増えて行き、最近ではウィスキーを飲むようになっていた。
 ある日、心配した寮の仲間が、光太郎を飲みに誘った。メンバーは、同期入社の大室と久恵、それに一年後輩の陽子である。
 大室と久恵は、光太郎にかなり気を使っていたが、陽子は違った。相変わらず自分のペースは変わらない。冗談を飛ばし、一人笑っている。仕事の話も平気でしている。大室と久恵はハラハラしながら聞いていたが、陽子の話に光太郎の笑顔を見たとき、初めて一緒になって笑った。
 陽子の天然系とも言える性格は、光太郎の心の緊張感をほぐした。4人は、また来ようと約束してその日の飲み会を終えた。
 光太郎にとって、仕事の方は相変わらず憂鬱だったが、寮の飲み会は楽しみになっていった。それは、陽子の存在によるところが大きかった。
            −続く−







2026/07/02 3:24:40|小説「春の行方」
春の行方−46−
春の行方−46−

 人間の心は不思議である。入社以来、5月病になることもなかった光太郎であるが、スキーの怪我をきっかけに全てがおかしくなって行った。
 まず寮の仲間が飲み会に誘わなくなった。営業部においてもみんなが仕事を与えることを遠慮するようになり、営業企画に異動させられた。しかもそれが身体の関係があった一恵の後任であり、一恵は故郷に帰って結婚するという。一気に仲間を失ったような疎外感に襲われた。
 営業企画の仕事は単純であり、課の雰囲気も決して明るいものではない。連帯意識がまるでなかった。
 妹の美子に仕事のことを聞かれて、それらのことが走馬灯のように頭を駆け巡った。途端に無口になった光太郎に、美子は不思議そうに聞いた。
「お兄ちゃん、どうしたの? 私、なんか変なことでも言った?」
「いや、そうじゃない。ちょっと考え事をしていたんだ。」
「なら、いいけど、佳津枝さんも心配していたよ。仕事で嫌なことでもあったの?」
「う〜ん、そんなことはないよ。」
 光太郎は、左遷されたことを美子に言うとすぐに両親、特に母親には話してしまうだろうし、そうすれば余計な心配をさせることになると思い、話す気はなかった。
 光太郎は、自分の部屋に入って、ベッドに横たわった。
 夕方になって、両親が畑から帰って来た。夕食のときも、光太郎はおとなしかったが、それはいつものことであり、両親は健康のことについて聞いただけで、突き詰めた質問はしなかった。
 その日の夜、佳津枝から電話があり、休暇中の予定を聞いてきた。デートの相談であった。
 翌日、光太郎は佳津枝とドライブをした。萩から津和野に回る予定である。今までに何度か行ったことはあるが、佳津枝とのドライブは初めてである。
 最初は、光太郎に遠慮してあまり話さなかった佳津枝であるが、天気も良く、快適なドライブに機嫌良くお喋りを始めた。しかし、仕事の話には触れないように気を使っているのが感じ取れた。光太郎も、いつしか佳津枝のペースに乗っていた。
 光太郎は、正月以来、初めて安堵感を覚えていた。人間は、親しいと思っていても、ちょっとしたきっかけで心が離れて行くことがある。
 久恵とも友情以上のものを感じていたのだが、怪我をして佳津枝が見舞いに来たことで、何となく遠慮するようになっていた。課の先輩達も、光太郎に遠慮するようになった。彼等が人間的に冷たいとか、人情がないわけではない。光太郎のことを心配してのことである。しかし、実際に接する態度は明らかに以前と違っている。
 そんな中で、佳津枝だけは変らない態度で接してくれている。結婚するなら佳津枝しかいないと思う。しかし、二人とも離れた場所で仕事を持っており、いつどうやって結婚するかは難しい問題だった。健康の心配のないときなら、自信を持ってプロポーズしたかも知れないが、今ではそれもハンディキャップだと感じていた。佳津枝に対してもだが、問題は佳津枝の両親、特に父親の顔が浮かぶのであった。
 結局、8日間の滞在中、4日は佳津枝とデートをした。その間にモーテルで過ごしたこともあった。その度に、結婚したいと言おうと思ったが、気が引けて言い出すことができなかった。怪我の後遺症がいつ出てくるかわからないというハンディ意識と、気分的に全てに自信を失っていることが原因だった。
             −続く−







2026/07/01 3:21:59|小説「春の行方」
春の行方−45−
春の行方−45−

 光太郎は、佳津枝のマンションに着くまで殆んど喋らなかった。そんな光太郎の様子に、最初は楽しそうに話し掛けていた佳津枝もいつしか無口になっていた。
 マンションに着いても、光太郎の様子は変わらなかった。さすがに軽い会話は交わすのだが、目に輝きがない。何事にも無関心といった様子である。
「元気ないわね。」
 佳津枝が努めて明るく話し掛けるのだが、以前のような反応がない。
「私のこと、嫌いになったの?」
「そんなことないけど・・・・・」
「じゃあ、どうしたの。今までの光太郎君と違うわよ。」
「うん、元気が出ないんだ。」
「何があったの。新しい仕事はどうなの?」
「うん、面白くないよ。」
「大変なのね。」
「大変というより、やり甲斐がないんだ。毎日、数字の計算と言われた通りにやる数字の操作ばかりだよ。あれなら僕でなくても新入社員の女の子でもできるよ。」
「でも大事な仕事なのでしょう。誰かがやらなくちゃならないのよ。」
「それはそうかも知れないけど・・・・・」
「つまらないのね。人生って、そんなこともあるわね。ところで、その後、怪我の後遺症とかはどうなの?」
「うん、医者には通っているけど、脳の出血の方は大丈夫みたいだよ。」
「そう、それは良かったわ。脳のことだから心配していたの。」
 佳津枝は、光太郎の心の異変に気付いてから、専ら聞き役に回っていた。
 その夜、光太郎と佳津枝はひとつのベッドで寝た。最初消極的だった光太郎も、佳津枝と身体を接しているうちにその気になったらしく、愛の行為に入った。
「光太郎君が元気がないと、私悲しくなっちゃうわ。」
「ごめん・・・・・」
「責めているんじゃないのよ。ただ元気がないと、悲しいの。」
「うん、自分でもどうしようもないんだ。」
 話しているうちに、光太郎の次第に気分が軽くなっていることに気付いていた。
 翌日、二人は実家に帰った。車が光太郎の家に着いて降りて佳津枝と別れるとき、妙な寂しさに襲われた。光太郎は、自分にとって佳津枝がなくてはならない存在であることに気付いた。しかし、結婚するには自分が会社を辞めて戻って来るか、あるいは佳津枝に会社を辞めて貰わなくてはならない。今までのメールから、佳津枝の仕事が軌道に乗っていることもわかっていた。いずれにしても、今すぐ実現することはできなさそうである。
 家に帰ると、妹の美子がいた。
「お兄ちゃん、お正月は大変だったわね。その後、どうなの?」
「うん、大丈夫だよ。」
「佳津枝さん、随分心配していたわよ。そうそう、私もパソコンを買ったの。メールもやっと覚えたところ、お兄ちゃんにも送るわね。」
「うん。お前も来年は就職だろう。どうなっているの?」
「大丈夫、隣町の会社に何とかなりそうなのよ。」
「そうか、それは良かった。」
「お兄ちゃんは、仕事はどうなの?」
「うん、何とかやっているよ。」
 そうは言ったものの、仕事の話をされるとまた憂鬱になっていった。
           −続く−







2026/06/30 2:03:23|小説「春の行方」
春の行方−44−
春の行方−44−

 顧客への挨拶回りを済ませると、光太郎は一恵からの仕事の申し送りを受けることにした。仕事の内容は、売上の数字の整理や法定の貸借対照表や損益計算書などの財務諸表の作成や予算資料の作成などである。
 申し送りを受けていて感じたのだが、一恵の仕事は完璧だった。ファイルはきれいに整理されてインデックスが付けられており、資料の場所の一覧表も作成されファイルの場所が細かく書き込まれている。仕事を引き継いで一番困るのが資料のあり場所であるが、これなら探すのに苦労することはなかった。
 一恵の普段の姿から、このような緻密な仕事をしていたとはちょっと想像ができなかった。仕事の内容は、営業の経験もあるからすぐに理解できた。結局、申し送りは1日で終った。
 3月の末、一恵は休暇を取って、引越しの荷物を送り出すことになり、この日、光太郎も休暇を取り一恵の発送を手伝うことにした。今までは、公然と手伝える環境になかったが、今回は仕事の前後任者という立場であり、誰にもはばかることなく手伝えた。それが別れの時であることが、皮肉に思えた。
 4月に入って、しばらくは財務諸表の作成などで忙しかった。会社には株主や税務署に対する思惑があって、そのための数字の整理の仕方にも工夫が必要なのである。
 しかし財務諸表の提出が終り、6月の株主総会が終って仕事が一段落すると、脱力感に襲われるようになった。仕事に、張り合いがないのである。基本的には、提出された数字の整理であり、営業にいた頃のように顧客相手の緊張感がない。しかも、課の人間はみんなクールだった。営業のときのような連帯意識が感じられない。
 第一線から外された人間が味わう疎外感であるが、25歳の光太郎には過酷な試練だった。
 初夏になり、光太郎は、次第に元気がなくなって行った。寮の仲間との飲み会に言っても、あまり喋らなくなったし、そのうち出席するのも憂鬱になり、一人で部屋で過ごすことが多くなった。
 佳津枝からは、毎日のようにメールが来ていたが、返事もあまり出さなくなった。佳津枝は、たまの返事の中の文章で読み取ったのか、しきりに心配している。
 ある日、久恵が「夏休みは、みんなでベトナムに旅行に行くけど、三永君はどうする?」と聞いた。
 光太郎は、行きたいと思わなかった。即座に、「僕は、やめておくよ。」と言った。
「ねえ、最近、元気がないみたいだけどどうしたの? 三永君らしくないわ。」
「うん、なぜかやる気が起こらないんだ。」
「どうしちゃったの?何が原因なの?」
 そう聞かれても、それに答える気さえ起こらなかった。久恵も、そんな光太郎の様子に、言葉の継ぎ穂がないようで黙ってしまった。
 佳津枝からのメールで、夏休みの予定を聞いて来た。光太郎は、お盆の休みになったらすぐに帰るつもりだと返事を出した。
 今年は営業企画なので、会社のカレンダーどおりお盆に9日間の休みである。土曜日、休みに入るとすぐに新幹線で広島に向かった。
 広島駅では、佳津枝が車で出迎えに来ていた。車に乗り込むとすぐに佳津枝が話し掛けた。
「今年の夏休みは、海外旅行とかにも行かないのね。」
「うん。」
「他の人達も行かないの?」
「いや。」
 言葉少ない光太郎を、佳津枝は不審そうな顔で見ていた。
             −続く−