春の行方−48−
陽子の大らかな態度は、大室と久恵にも影響を与えた。光太郎に対してあまり遠慮はしなくなったのである。 11月の末になって、スキーの話が出た。大室は、みんなに今年もスキーを計画したいと言った。今までだったら光太郎のいないところで相談したのだろうが、意識的に光太郎がいるところで話したのだった。これに対して、光太郎は笑いながら「今回は遠慮しておくよ。」と言った。光太郎の笑顔を見た久恵はホッとしたような顔をした。 年末を迎えると、光太郎の仕事も忙しくなる。仕事の憂鬱さよりも、忙しさの方が先になった。それも一段落したとき、課の忘年会が行われた。課の仲間と飲むのは初めてである。普通なら光太郎が来たときに歓迎会が行われるのであるが、怪我に遠慮してか行われていなかった。 飲み会の席で、係長の飯岡が光太郎に言った。 「お疲れさん。少し元気になったみたいだな。」 「はい、仕事にも慣れました。」 「みんな君のことを心配していたんだぜ。うちの課に来たときは、随分暗い顔をしていたからな。」 「はい、すみません。」 「俺も、昔は営業にいたんだ。ひとつの商談に失敗してからここに異動させられたのだが、そのときはガックリしたよ。会社としては、お客さんに対してもそのまま営業に置いておくことはできなかったのだろうな。」 「・・・・・」 「最初は、やはりやる気を無くしたよ。だって日々緊張の営業と違って、ここは自分の力や意志を出せるセクションじゃないからなあ。」 「・・・・・」 光太郎は何と言って良いかわからず、黙って飯岡の話を聞いていた。飯岡は話を続けた。 「でもな、会社の仕事で、これは不要だという仕事はないんだ。それに気付いたのは、この課に来て3年目だったろうか、自分で経営陣の考えていることがわかるようになってからだよ。俺達がまとめている数字によって、経営陣は次の戦略を練る、そのための資料の作り方によって彼等の判断に微妙な違いがあることがわかってからだ。今の三永にはまだわからないかも知れないが、やがてはわかって来るよ。」 「はい。」 その日、光太郎はずっと飯岡と話をしていた。飯岡の話は、同じような道を歩いて来ているだけに説得力があった。聞いてみれば、課の人達も大なり小なり同じような経験を持っているようだった。 飯岡の話を聞いて、光太郎はかなり元気を取り戻した。 人の心は強いようで弱い。逆境にあるときは強くて、逆に緊張が解けたときに落ち込んだりする。光太郎も、営業で忙しいときや、営業企画課に来た当初は落ち込むこともなかったが、仕事が一段落してから落ち込んだ。そして飯岡の話を聞いて、再び心に明るさを取り戻した。 その日、寮に帰ると、そのことを佳津枝にメールで送った。佳津枝からは、すぐに返事が来て、光太郎が元気を取り戻したことを心から喜んでいた。 光太郎は、再び、もうすぐ帰るから、そのときを楽しみにしていると書いて送った。 −続く− |