男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
2026/05/29 1:19:32|小説「春の行方」
春の行方−12−
春の行方−12−

 玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに佳津枝が出て来た。エプロン姿である。
「おかえりなさい。私も、今日は納会なので早めに帰って来たの。疲れたでしょう、シャワーでも浴びて来て。」
 その言い方は、長い出張から帰ってきた夫を迎える新妻のようだった。
「これ、おみやげなんだ。」
光太郎が、ネックレスの入った箱を渡した。
「何?」
「開けてみてよ。」
佳津枝が、包みを開いた。
「マア、嬉しい。でも、これ高かったんでしょう?」
「いや、大したことはないよ。似合えば良いんだけど。」
「ありがとう。嬉しいわ。」
佳津枝は、そう言うと光太郎に抱き着いてキスをした。
 鍋の食事は美味しかった。佳津枝は、光太郎が鍋が好きなのを知っていた。落ち着いて佳津枝を見ると、夏のころより顔の肉も引き締まり、随分大人びて見えた。すっかりOLの雰囲気である。
 そのことを言おうとすると、先に佳津枝が言った。
「光太郎君、すっかりサラリーマンっぽくなったわね。顔つきも引き締まって来たわ。仕事も大変なのでしょうね。」
「佳津枝こそ、大人になったって感じだよ。それにきれいになったし。」
「あらっ、やだわ。営業だから、口も上手になったのね。」
楽しい時間が過ぎて行く。
 ビールで、佳津枝の頬もほんのりと紅色に染まっていた。
 二人は、狭いベッドで愛の時間を過ごす。これから1週間は、自由に逢うことができるという安堵感のようなものがある。
 愛の行為の後、佳津枝は光太郎の腕の中で静かな寝息を立てていた。
 光太郎は、佳津枝といるときは、母親の胸に抱かれているような安堵感を覚えていた。もし久恵と同じような関係になったとして、これと同じ安堵感を得ることができるだろうかと考えてみた。久恵は、明るい性格で誰とでも付き合えるし、知識や付き合い方も洗練されている。それはしかし、夫婦としても適当なものであろうか。結婚すれば、当然であるが、他人行儀では済まされない。小さなことが、大きなしこりにもなりかねない。しかし、それを知るには光太郎はまだ未経験であった。久恵の洗練された魅力に抗し切れないことも確かであった。
 翌日は、二人で故郷に向かう。
 新幹線は混んでいそうなので、鈍行列車で帰ることにした。昼前に起きて、そのまま駅に向かい、ホームで弁当と缶ビールを買った。所要時間はおよそ1時間、途中の駅で停まりながら行く列車を二人は弁当とビールで楽しんだ。
 鈍行列車は空いていた。二人はボックス席の向かい合わせに座り、弁当を食べながらビールを飲み、ときどき目を見合わせていたが、そのときの佳津枝は本当に幸せそうだった。
 昨日もかなり飲んだのだが、光太郎も佳津枝も飲んだ。途中の乗り換え駅で、光太郎はビールを買い足した。
               −続く−







2026/05/28 2:35:48|小説「春の行方」
春の行方−11−
春の行方−11−

 12月になった。街は、早々とクリスマス・ムードである。
飲んでいるときに、大室がみんなに冬の休みにスキーに行かないかと声を掛けた。最初に行きたいと言い出したのは、久恵ほかの数人だった。行きたい者と考えている者がいる。その様子を見た大室が、「じゃあ、行きたい者は来週の日曜日までに俺のところに言って来て欲しい。その後で計画するから。」と言って、その話題はそれで終った。
 光太郎は、どうしようかと迷った。久恵が行くなら、是非行きたい。スキーの経験はないが、そんなことはどうでも良かった。
しかし、佳津枝には、暮れには帰ると言ってある。無論、両親特に母親が心待ちにしていることも確かである。スキーに行くか行かないか、仕事をしながらも、そのことを考え続けていた。
 しかし、佳津枝の期待を裏切ることはできない。結局、光太郎は故郷に帰省することにして、大室には「この次は行きたいから。」と言って、参加を断った。
 翌日の通勤のとき、久恵が言った。
「三永君、スキーは行かないの?」
「うん、お袋が待っているんだ。スキーはしたことがないので、本当は行きたいんだけどねえ。」
「そう、残念ね。」
久恵が、ちょっと寂しそうに言った。
 次の飲み会では、久恵達はスキーの話題で持ち切りである。そんな話を聞きながら、光太郎は寂しい思いをしていた。
 その間も、佳津枝からは、光太郎が帰って来るのを楽しみにしているというメールが届いていた。佳津枝のメールを見ていると、スキーを断って良かったと思う。
 年末の会社のスケジュールも決まった。先輩達の配慮で、他の人達より一日早く休みに入ることができることになった。翌日、光太郎は新幹線の切符を買いに行った。
 運良く希望の日の切符を手に入れることができた。そのことをメールで佳津枝に連絡すると、楽しみに待っているという返事が来た。
 休み前の休日、一人で秋葉原に行って、佳津枝のためにゴールドのネックレスを買った。
 光太郎は、他の人達より一日早い年末、年始の休みに入った。前の晩、久恵のところに挨拶に行き、自分は明日から故郷に帰るが、スキーを楽しんで来てと告げた。
 新幹線だと広島までは僅かに4時間半の旅である。午後に出発しても夕方には着くことができる。佳津枝は仕事であるから、早く着いても時間が余ってしまう。
 光太郎は、東京駅で自分の家族へのと佳津枝の家族への土産を買って新幹線に乗った。周囲は故郷に帰る人達であろう、列車は満席であった。
 広島駅からバスで佳津枝のマンションに向かう。夕暮れの街は、すっかり師走の雰囲気である。
 車窓の情景を眺めながら、光太郎はOLになった佳津枝がどう変わっているのだろうかと考えていた。
                −続く−







2026/05/27 4:56:59|小説「春の行方」
春の行方−10−
春の行方−10−

 みんな休み明けで飲みに行きたいのであろう、居酒屋はたくさんの人で賑わっていた。
 3人は、席についた。大室と光太郎が並んで座り、久恵とは向かい合う形である。久恵は、浜松であったことなどを笑顔で楽しそうに話している。光太郎は、そんな久恵の顔をじっと見詰めている大室の顔に気付いていた。
 翌日の出勤のとき、大室が光太郎に言った。
「松島さんって、きれいだなあ。」
「ああ、性格も明るいし、魅力的だよね。」
「俺、ああいう人が良いなあ・・・・・」
「そうだねえ、僕も彼女の魅力には惹かれるものがあるね。」
 光太郎は、故郷に佳津枝がいることは誰にも言っていなかった。後ろめたい気持ちはあるものの、今、久恵を大室に譲る気はしなかった。
 それからときどき3人で飲みに行くようになったが、そのことを知った寮の仲間が更に加わって、月に1、2回は数人で行くようになった。そのことで光太郎はむしろホッとしていた。
 佳津枝からは、相変わらず2日に一回の割でメールが来ていた。光太郎も、残業で遅くならないときは返事を返していた。
 佳津枝と久恵の魅力について、考えることが多かった。幼い頃からの付き合いで、佳津枝の気心は知れている。佳津枝となら一緒にいて安心できる。
 誰かが、男が女に求めるものは、ときめきか安らぎであると言ったが、まさに佳津枝は安らぎの女だった。
 それに対して、久恵は胸をときめかせるものがある。あの明るさ、洗練させた性格、そのどれもが一緒にいると胸をときめかした。
 寮で飲みに行くメンバーは5、6人になっていた。男が3、4人、女が2、3人のことが多かった。若い仲間同士が多かったが、時には単身赴任の人が来ることもあった。
 あるとき、単身赴任の部長が言った。
「もう単身赴任をして3年になる。夫婦でも、一緒にいるときにはそうでもなかったが、別々に暮らしていると、意外に新鮮に感じるものだ。男と女、お互いの距離がけっこう大きな問題になることがある。結婚前だと、離れて住んでいると心も離れてしまいがちだが、一旦結婚してしまうとある程度の距離が必要なのかも知れない。」
 それを聞いた誰かが言った。
「でも、アメリカなどでは単身赴任は離婚の原因にもなると言うんでしょう。」
「そういう話も聞くけど、日本人は基本的に違うんじゃないのかなあ。うちなんかは、子供の教育の関係なんだが、女房にとっては亭主よりは子供の方が大事みたいなんだ。」
「そう言えば、亭主が風邪を引いても心配しないけど、子供が病気になると本当に心配するみたいですねえ。」
「うちの課長なんか、飼っている犬の病気ほどにも心配してくれないとボヤいていましたよ。」
ここでみんながドッと笑った。
 光太郎は、結婚について考えてみた。自分はまだ22歳である。多分、早くても27、8歳までは結婚しないだろう。そうするとあと5年はあることになる。佳津枝にしても久恵にしても、同じ歳であるから、もし結婚することが決まればそれ以上遅らせることは望まないであろう。
                 −続く−







2026/05/26 4:16:13|小説「春の行方」
春の行方−09−
春の行方−09−

 広島駅に着いた。
 佳津枝は仕事で、夕方帰って来る予定なので、喫茶店や本屋で時間を潰してからマンションに向かう。玄関のチャイムを鳴らすと、すぐにエプロン姿の佳津枝が出て来た。
「私も、今帰って来たばかりなの。急いで、夕食を作るわね。」
「ごめん、忙しい思いをさせるね。外食でも良かったのに。」
「いいのよ、私、作りたいの。それより、シャワーを浴びていてよ。今日は暑かったでしょう。」
「うん。じゃあ・・・・・」
 シャワーから出て来ると、テーブルの上に魚の煮付けや野菜の煮物などと一緒にビールが準備されている。
「昨日、下拵えしておいたの。来てくれてうれしいわ。」
 佳津枝はそう言いながら、グラスにビールを注いだ。
 その夜、二人は愛し合った。明日は東京に帰らなければならないし、そうすればしばらく逢うことはできない。その思いが、二人の行為をより情熱的なものにした。
 土曜日、光太郎は午後の新幹線に乗る予定である。朝、目覚めると、佳津枝は既に台所に立って、包丁の音をさせている。
 食事をした後、居間のカーペットの上に寝そべってテレビを見ながら、まったりとした時間を過ごす。
 佳津枝が言う。
「また、しばらく逢えないのね。」
「うん、今度は暮だね。暮には帰って来るよ。」
「長いわね・・・・・」
「でも、すぐだよ。」
 そう言いながら二人は抱き合ってキスをしたが、やがて深い愛の行為に没頭して行った。
 佳津枝は、駅まで見送りに来た。新幹線が到着して乗り込むと、窓のすぐ傍まで来て手を振っている。眼は、涙に潤んでいるようである。列車が動き始めると、さすがに光太郎もホロリとした気持ちになる。出発してしばらくすると、列車はトンネルに入り、光太郎は眠りに就いた。
 寮に戻ったときは夕暮れになっていた。入り口で見上げると、電気の灯っている部屋は少なかった。みんなお盆休みで帰省しているのであろう。
 部屋に入ってパソコンを開いて見ると、久恵と佳津枝からメールが入っていた。
 久恵からのメールは、お盆の休みには浜松に帰るというもので、佳津枝からのは、昨日の楽しかったことが切々と書かれ、早く暮が来るのが待ち遠しい、暮には広島で会って一緒に家に帰りたいと書いてあった。
 月曜日から、光太郎は寂しい日々を過ごした。
 会社に行っても営業の一部の人間がいるだけで、閑散としていたし、寮に帰っても静かなものである。パソコンに向かってメールを送ったが、佳津枝も家に帰っているらしく、返事は来ない。
退屈で仕方なく、一人夕食を兼ねて飲みに出掛けた。
 日曜日、お盆の休みも最後になった。寮のみんなも午前中から少しずつ帰って来ているようである。夕方、部屋にいると玄関のチャイムが鳴った。出てみると久恵だった。
「浜松に帰って来ました。これ少ないけど、おみやげです。」
そう言って、佃煮の包みを手渡した。
「ありがとう。ちょっと待って。」
 光太郎は、部屋に戻り、母親が持たせた菓子箱のひとつを久恵に渡した。
「夕食は済ませたの?」
 光太郎が聞くとまだだと言うので、一緒に食事に行くことにした。その時、同期生で青森出身の大室と玄関で出会ったので、3人で一緒に駅に向かった。
             −続く−







2026/05/25 4:16:58|小説「春の行方」
春の行方−08−
春の行方−08−

 月曜日、光太郎は佳津枝と一緒に、彼女のマンションを出てバス停に向かった。
 佳津枝はこれから出勤で、会社は郊外であるから、広島駅とは反対方向になる。先に駅行きのバスがやって来た。バスに乗る前に、佳津枝は、「ご両親によろしく言ってね。」と言いながら、小さな菓子の包みを渡した。
 光太郎が実家に着くと、妹の美子が夏休みで家にいた。両親は、農作業に出ているとのことだった。
「お兄ちゃん、元気そうね。」
「うん、美子も真面目に勉強しているかい。」
 美子は、県内の短大に通っていた。
「大丈夫よ。それより、ときどき佳津枝さんが電話をくれるわ。お兄ちゃん、広島に寄って来たのでしょう。」
「うん。」
「佳津枝さんって、いい人ね。あの人がお姉さんだったら、私、嬉しいな。」
「うん、いい奴だよね。」
「東京にも、いい人がたくさんいるのでしょうね。」
「そうでもないさ。けっこうみんな他人行儀だよ。」
「ねえ、寮って、どんな人が一緒に住んでいるの?」
「独身者や単身赴任者だよ。」
「女の人もいるの?」
「ああ、いるよ。」
「じゃあ、気を付けないといけないわね。」
「どういうことだよ。」
「だって、お兄ちゃん、けっこう気が多いところがあるから。」
「よせよ、俺はそんなんじゃないよ。」
「さて、お父さん達が帰って来る前に食事を作っておかなくちゃあ。」
 そう言うと、美子は台所に行った。
 その日の夕方は、久し振りに家族が揃って食事をした。特に母親は、光太郎の元気な姿を見て喜んだ。父親も、飲み相手が来て嬉しそうである。
 光太郎は、翌日から途端に退屈を覚えた。家に帰って来たが、まだ同級生達は仕事をしている。美子は、友達と約束があると言って出掛けたし、話し相手もいない。
 ふと佳津枝や久恵のことを思い浮かべていた。
 土曜日には東京に帰らなければならない。その前にここを出て、広島に寄ろうかと考えた。自分も会いたいし、佳津枝も喜んでくれるに違いない。しかし、行きも帰りもでは気が引ける。
 テレビを見ながら過ごしているとき、美子が言った。
「お兄ちゃん、帰りも佳津枝さんのところに寄るの?」
「どうしようかと思っているんだ。この間、会ったばかりだしなあ。」
「寄ってあげなさいよ。彼女も、きっと喜んでくれると思うわ。」
「そうかなあ・・・・・」
「そうに決まっているわよ。」
 光太郎は心を決め、その夜佳津枝に電話をした。
 美子の言うとおり、佳津枝は嬉しそうに「待っているわ。」と言った。
 4日間は、あっという間に過ぎた。金曜日の午後、母親が光太郎を駅まで送った。
 そのとき、いくつかの土産を持たせ、「ひとつは佳津枝さんに、その他は会社の人にあげて。」
と言った。
 ホームまで送りに来た母親は、目に涙を浮かべていた。
              −続く−