春の行方−12−
玄関のチャイムを鳴らすと、すぐに佳津枝が出て来た。エプロン姿である。 「おかえりなさい。私も、今日は納会なので早めに帰って来たの。疲れたでしょう、シャワーでも浴びて来て。」 その言い方は、長い出張から帰ってきた夫を迎える新妻のようだった。 「これ、おみやげなんだ。」 光太郎が、ネックレスの入った箱を渡した。 「何?」 「開けてみてよ。」 佳津枝が、包みを開いた。 「マア、嬉しい。でも、これ高かったんでしょう?」 「いや、大したことはないよ。似合えば良いんだけど。」 「ありがとう。嬉しいわ。」 佳津枝は、そう言うと光太郎に抱き着いてキスをした。 鍋の食事は美味しかった。佳津枝は、光太郎が鍋が好きなのを知っていた。落ち着いて佳津枝を見ると、夏のころより顔の肉も引き締まり、随分大人びて見えた。すっかりOLの雰囲気である。 そのことを言おうとすると、先に佳津枝が言った。 「光太郎君、すっかりサラリーマンっぽくなったわね。顔つきも引き締まって来たわ。仕事も大変なのでしょうね。」 「佳津枝こそ、大人になったって感じだよ。それにきれいになったし。」 「あらっ、やだわ。営業だから、口も上手になったのね。」 楽しい時間が過ぎて行く。 ビールで、佳津枝の頬もほんのりと紅色に染まっていた。 二人は、狭いベッドで愛の時間を過ごす。これから1週間は、自由に逢うことができるという安堵感のようなものがある。 愛の行為の後、佳津枝は光太郎の腕の中で静かな寝息を立てていた。 光太郎は、佳津枝といるときは、母親の胸に抱かれているような安堵感を覚えていた。もし久恵と同じような関係になったとして、これと同じ安堵感を得ることができるだろうかと考えてみた。久恵は、明るい性格で誰とでも付き合えるし、知識や付き合い方も洗練されている。それはしかし、夫婦としても適当なものであろうか。結婚すれば、当然であるが、他人行儀では済まされない。小さなことが、大きなしこりにもなりかねない。しかし、それを知るには光太郎はまだ未経験であった。久恵の洗練された魅力に抗し切れないことも確かであった。 翌日は、二人で故郷に向かう。 新幹線は混んでいそうなので、鈍行列車で帰ることにした。昼前に起きて、そのまま駅に向かい、ホームで弁当と缶ビールを買った。所要時間はおよそ1時間、途中の駅で停まりながら行く列車を二人は弁当とビールで楽しんだ。 鈍行列車は空いていた。二人はボックス席の向かい合わせに座り、弁当を食べながらビールを飲み、ときどき目を見合わせていたが、そのときの佳津枝は本当に幸せそうだった。 昨日もかなり飲んだのだが、光太郎も佳津枝も飲んだ。途中の乗り換え駅で、光太郎はビールを買い足した。 −続く− |