春の行方−23−
一恵のメモは、仕事納めの日に書かれたもので、これから岡山の実家に帰る、良い正月を迎えて欲しい。来年もよろしくという内容のものだった。光太郎は、それを読むと、再びポケットに仕舞い、眠りに就いた。 故郷の駅に着いたのは、昼を過ぎた時間であった。本当ならそこから在来線に乗り換えるのだが、今回は佳津枝が車で迎えに来ていた。持っていた両手の荷物の片方を手に取りながら、佳津枝は笑顔で出迎えた。 「明けまして、おめでとう。スキー、お疲れさま。骨を折ったりしなくて良かったわ。心配していたのよ。」 「おめでとう。そんな怖いところには行かないから大丈夫だよ。もうちょっと上手になると危ないかも知れないけどね。」 「あまり、無理しないでね。まだ入社して日が浅いし、怪我でもすると大変だわ。」 「うん、でも佳津枝の車に乗るのと、どっちが危ないだろうね?」 「マア、憎らしい! こう見えても、私、ドライブテクニックには自信があるのよ。」 ちょっと怖そうな目をしたが、そういう佳津枝の表情には光太郎と会っている安堵感のようなものが感じられた。 車は、そのまま光太郎の家に向かった。当然のように佳津枝も引き止められ、一緒に夕食をした。お互いの家がすぐ近くであるから、運転の心配をすることはない。勧められるまま、佳津枝もビールを飲み、楽しい時間を過ごした。 とは言っても、佳津枝だけはあまり喋らない。そんな佳津枝を代弁するように、妹の美子が言った。 「お兄ちゃん、スキーに行ったんだって。誰と?」 「うん、会社の仲間だよ。」 「女の人も一緒にいたの?」 その質問に、光太郎はちょっと戸惑った。 「うん、いたけど、5人で行ったんだ。心配しなくても大丈夫だよ。それより、美子はスキーなんかしたことがないだろう。なかなか面白いぜ。」 やっとの思いで光太郎が答えた。 「ふ〜ん・・・・・」 美子は、納得していないような顔つきであったが、続けた。 「お兄ちゃん、明日はどうするの? 佳津枝さんと、初詣にでも行って来たら。」 「そうだねえ。でも佳津枝の都合はいいの?」 「ええ、私は大丈夫だけど、でもお家の方達との積もるお話もあるのでしょう。」 「いいのよ、光太郎。佳津枝さんと行ってらっしゃいよ。」 母親が、横から手助けをしてくれた。 元旦の夕食が終り、光太郎は佳津枝を家まで送って行った。僅か数百メートルの距離であるが冬の夜道は暗い。佳津枝の家の近くまで来たとき、光太郎は彼女を抱き寄せてキスをした。 翌日の朝、佳津枝がやって来た。車は、光太郎の家の庭に置いてあった。佳津枝は、家族に挨拶をすると、光太郎を乗せて走り始めた。 「普賢様にお参りする?」 「そうだね。去年もお参りしたよね。」 バスと違って、車で行くとすぐだった。バスだと1時間以上もかかるのだが、車だと15分もあれば着いてしまう。 正月はさすがに初詣客が多く、参拝するのに行列を作らなければならなかった。佳津枝は、今年も長い間祈っていた。 参拝が終ると、岬の方に車を走らせた。瀬戸内の海は、冬でも静かである。二人は車から降りて浜辺を歩いた。冬の日が暖かく二人を包んでいる。 象鼻が岬は、島が砂洲で繋がれ、その先に更に砂嘴が伸びていて、その姿が象の鼻のように見えることからこの名前がある。瀬戸内海でも絶景の景色のひとつなのだが、交通の便が良くないせいか訪れる人は少ない。 二人は、お互いの想いは秘めつつも黙ったまま海岸の松林を歩いていた。 −続く− |