タクシードライバー−76−(最終回)
それから3日ほどしたとき、家に帰ると淑子が「あなた、智子さんから電話があって、恭平さんとのこと、オーケーだそうよ。」と言った。 俺は、淑子の予言どおりになったことに驚いた。 「俺があんなに言って駄目だったのに、なぜだろう?」 「それはね、母親ってのは、みんな子供のことを考えるからよ。」 「う〜ん、父親も考えるんだけどなあ。」 「それは違うわ。日々赤ちゃんと接している母親と、家にいる時間が短い父親では違うし、それに何と言っても母親は10か月お腹の中にいて、しかも出産という痛い思いを赤ちゃんと共有しているのよ。」 「そんなものかなあ。」 「そうよ。それよりあなた早く恭平さんに言ってあげなくては。」 「そうだな、あいつ絶対に喜ぶよ。」 俺は、早速恭平のところに電話をした。電話口に出た恭平の喜びが伝わって来るようだった。これから彼女と相談するけど、仲人をしてくれないかと言う。俺は、すぐに承知した。 それから1か月ほどして、二人の結婚式が行われた。結婚式と言っても、お互い再婚であるし、小さなレストランを借り切って僅かな親族を呼んだだけの簡単なものだった。 ひと月の間に、俺も淑子も準備で忙しかった。仲人の挨拶も覚えなければならないし、結婚式の手順も覚えなければならない。淑子は、赤ん坊の面倒をみながらであるから、殆んど俺が準備をした。 当日は、朝早く起きて、貸衣装屋に行って着替え、やっと結婚式である。恭平も智子も、幸せそうだった。智子はウェディングドレスで愛子を抱いていたが、それがいかにも自然だった。 俺は、固くなって挨拶を述べたが、それさえも気にしていないようだった。派手な結婚式よりも、本人同士の幸せを中心にした結婚式の方が余程温か味があるように思った。 二人の結婚式で、俺も淑子も一段落ついた。これからまた平凡な生活に戻る。平凡な生活、これが一番大切なのだが、逆にまた難しいようにも思う。 結婚式の次の朝、出掛けるときに淑子が優美子を抱いて玄関に見送りに出て来た。 「いってらっしゃい!」 そう言う淑子の姿に、俺は平凡な生活の幸せをしみじみ感じていた。それとともに、サラリーマンを辞めてタクシー運転手になって本当に良かったと思った。 −完− |