春の行方−06−
2通のメールのうち、1通は佳津枝からのものであり、もう1通は久恵からのものだった。 久恵からのメールは、短い文章で今日の礼が書いてあった。佳津枝からのは長い文章だった。
「光太郎君は、元気でやっていますか。私も元気です。この週末は、家に帰らず広島で過ごしています。
会社は良い雰囲気で、先輩達も親切にしてくれます。係長が駄洒落の好きな人で、しょっちゅう駄洒落を言っては周囲の人を笑わせています。最初は変な人だと思っていたのですが、そのうちに慣れてしまいました。本来、優しくて、親切な人なんですよ。彼は、社内に好きな女性がいるようなのですが、まだ告白していないようです。どうしたら良いだろうかと相談されてしまいました。先輩に相談されても困りますよね。
実は、先週末に家に帰ったときに、光太郎君のご両親のところにご挨拶に行って来ました。お母さんが、元気にやっているようだけど電話も寄越さないって言っていましたよ。たまには電話をしてあげたらどうでしょう。
身体には気を付けてね。
またメールをします。おやすみなさい。
佳津枝」
光太郎は、すぐに返事を書いた。
「メール、ありがとう。母さんのところには明日にでも電話をするよ。こっちも楽しくやっている。会社の先輩達もみんな親切だよ。この前なんか、寮で歓迎のバーベキュー大会をしてくれたんだ。寮は地方からの出身者が多いので、すぐに仲良くなるんだ。
お盆には帰りたいと思っている。そのときは会えるよね。
今日も寮の仲間と飲んでいた。
じゃあ、おやすみ。
光太郎」
光太郎も仕事は順調だった。もっとも新入社員なので、責任のある仕事を任せられているわけではない。先輩に頼まれた書類を届けに行ったり、顧客のところに顔を出すだけのようなことが多い。残業もあるのだが、大抵は9時頃には寮に帰って来ることができた。
普段、久恵とは通勤のときに話をするだけだった。毎朝のように顔を合わせているので、メールでのやり取りをすることはない。佳津枝からは2日に1回の割合でメールが来ていた。その日あったことや、読んだ本の感想、会社で話題になったことなどを書いて寄越した。光太郎もほぼ同じような内容でメールを送っていた。
お盆の休みがやって来た。工場は機械を止めて一斉に休みになるのだが、営業は電話当番で誰かが残っていなければならない。光太郎は早めに休みを貰うことにした。遠くから来ている光太郎に先輩達が気を使ってくれたのである。8月5日から1週間の休みである。
朝の新幹線に乗ると、昼には広島に着くことができる。休みに入ると、すぐに新幹線に乗った。
広島駅では、佳津枝が待っていた。改札口に近付くと、いち早く光太郎の姿を見付けて手を振っていた。
「やあ、元気そうだね。」
「ええ、光太郎君も。少し太った?」
「うん、会社勤めをしていると運動ができないしね。」
「昼ご飯はまだなんだろう?」
「ええ。」
「じゃあ、何か食べて行こうよ。」
「美味しいお蕎麦の店があるのよ。光太郎君は、麺類が好きなんだよね。」
「うん、そこにしよう。」
光太郎は、佳津枝の後ろから着いて行った。佳津枝の後ろ姿に、学生時代にはなかった色気のようなものを感じていた。
−続く−