| 彦根城の後、三重の津市に行き、仲間の車で「関宿」にいきました。「関宿」は古代からの交通の要所で、古代の三関の一つ「伊勢鈴鹿の関」が置かれたところです。旧東海道の宿場町で、唯一歴史的な町並みが残ることから、川越市よりも早く、昭和59年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。「関宿」の範囲は、東西追分の間約1.8km,25haにおよび江戸時代から明治にかけて建てられたふるい町並みが約200軒が残ってあります。 関宿は貴重な文化財であるばかりでなく、「生活の場」でもありますので、むやみに家の中をのぞかないでくださいと書いてありました。朝の5時おきで見学してきました。 伊勢鈴鹿の関」は天智天皇死後、大友皇子と大海皇子(後の天武天皇)が皇位を争った時、大海皇子が鈴鹿・不破の関を固めたことによります。 上から二番目の写真の二階の窓は「虫籠窓(むしこまど)」です。 これは町屋の正面二階にある、漆喰で塗り固めた堅格子窓のことです。様々の形の虫籠窓がありました。
一番したの写真は関宿の中央に、高札場が復元されていました。高札場とは幕府や領主の最も基本的な法令を書き記した木の札(高札)を掲示した施設です。
|