赤い糸・白い糸−39−
それをきっかけに、吾作は奈緒美の美容院に通うようになった。来る度に手土産を持って来る。裏の畑で西瓜が取れたからとか、新商品のビールが発売になったとかいった類のものである。そんな吾作に、いつしか母親も奈緒美も好意を持つようになっていた。 独身の吾作が、奈緒美をデートに誘ったのは、3度目に来たときのことであった。店が休みの日に田沢湖にドライブに行かないかと誘ったのである。奈緒美は、することもなかったのでその場でOKした。 その日が来るまで、まさか配達用の軽トラックでデートじゃないかと心配だったが、それは杞憂だった。当日、店の前に停まったのは、二人乗りのスポーツカーだった。 田沢湖までおよそ2時間、吾作は喋りっぱなしだった。それは吾作の、奈緒美がデートを受け入れてくれた嬉しさを表していた。 秋の気配の漂う田沢湖は美しかった。スイス村、森林公園などに寄りながら、湖畔のレストランで食事をした。デートの間中、吾作は奈緒美を退屈させなかった。冗談を飛ばしては、奈緒美を笑わせた。奈緒美がこんなに笑ったのは、盛岡に帰って来てから初めてのことだった。 食事が終って、湖畔の広場に車を停めたとき、吾作が言った。 「おれ、奈緒美さんのことが好きだ。結婚のことも考えて欲しいだ。」 しかし奈緒美は返事を躊躇した。確かに吾作は楽しい人だが、結婚相手としては考えたこともなかった。 「いいんだ。すぐに返事をしなくても。だけんども、考えておいて欲しいんだ。」 奈緒美は、黙って頷いた。 家に帰ると、早速母親に相談した。母親は言った。 「そりゃあ、あんた。結婚したがいいだよ。わたしゃあ、お父さんと、あんたが一生独身でいるんじゃないかと心配してたんだ。それに吾作さんは、いい人だんべ。」 いきなり結婚に賛成されて、却って真剣に考えてくれているのかどうか疑わしく思えた。 吾作は、1と月毎に美容院にやって来た。相変わらず冗談を飛ばしては奈緒美を笑わせた。そして頭のセットが終ると、奈緒美をデートに誘った。奈緒美は行きたいような行きたくないような気がしたが、断わる理由もなく誘いに応じた。 デートは、ドライブのときは宮古や十和田湖の方へとだんだん遠くへも行くようになっていたし、映画を一緒に見に行くこともあった。そんな中で、奈緒美が物足りなさを感じていたのは、吾作が垢抜けないことであった。 東京での長い生活の中で、奈緒美は洗練されていた。また男を見る目も肥えていた。東京で知り合った男達に比べて吾作はいかにも田舎者に見えたのである。 ある日、そのことを母親に話した。すると母親が言った。 「あんた、そりゃあそうかも知れんけど、結婚はそんなもんじゃないわ。吾作さんは、優しいよ。あんたは気が強いから、ちょうどええんじゃなか。あたしゃあ、そう思うよ。夫婦なんて、一緒に暮らしてみて初めて良さがわかるもんだよ。」 奈緒美が、吾作のプロポーズに同意したのは秋もかなり深まった頃の、最初のデートの場所であった田沢湖畔で車を停めたときだった。 「この前言ったこと、どうだんべ。」と聞く吾作に、奈緒美は「はい、よろしくお願いします。」と笑顔で答えた。
その頃、雲の上では・・・・・ 「良かったねえ。何とか間に合ったね。」 「んだ、お陰さまで。」 「これからは、こういうのが多くなるんだろうねえ。」 「若いときは一人で頑張っていても、やがて年をとると一人でいることが寂しくなるんだ。」 「そうだねえ、この二人も幸せになるといいね。」 そう言うと、手伝いに来ていた他の神様は自分の持ち場に帰って行った。 −続く− |