≪小江戸川越のぶらり散歩(写心紀行)≫

私は小江戸川越市街地の北のはずれで生まれ, 以来ず〜とそこに住んでいる超高齢者です。
 
2020/05/13 9:09:24|その他
川越城「霧吹きの井戸」伝説
川越城内の東北に石で囲った井戸があります。これを霧吹きの井戸といいます。
むかし川越城は戦の行われたところでした。いつもは井戸に蓋がしてありましたが、敵が攻めてきて、城が危ないというときは、すぐに井戸の蓋を取ります。すると、不思議なことに井戸の中から霧がもうもうと吹き出し、あたり一面にたちこめます。そして、城の周りを濃霧が包んでしまい城を隠してしまいます。敵は、突然城が見えなくなりますので、仕方なく引き上げて行ってしまうそうです。敵が去った後は、また元の澄み切った、眺めのよい城となるのです。こういったことから「霧隠城」とも言われていたそうです。
この井戸は現在は博物館前の庭に移設され伝承されています。
(川越市教育委員会発行の続川越の伝説より)
 







2020/05/12 10:23:20|その他
榎の木稲荷(三変稲荷古墳)伝説
三変稲荷神社古墳(榎の木稲荷)
むかし喜多院に長い間住んでいた化け上手の白いキツネが、正体を見破られてお暇をもらい寺を出ることになりました。そこで、尊海僧正にお礼にと言って「二千五百年も前の釈迦が布教しているお姿をお見せいたしましょう。その代わり、私が化けている間、一言たりとも声を出してはいけません」といいました。尊海僧正は「そんなに尊いお方が見られるのはありがたい」と固く約束しました。ところが、目の前に展開されますと、さすがの尊海僧正も思わず「ああ、ありがたや、南無阿弥陀仏」と声を出してしまいました。すると、とたんに釈迦のお姿は消え、榎の木に登って化けていた白いキツネはもんどりうって落ちて死んでしまいました。尊海僧正は白いキツネを憐れみ榎の木の下に亡骸をお祀りしたのが、この榎の木稲荷だという伝説です。(川越市教育委員会発行の続川越の伝説より)
 







2020/05/11 9:08:59|その他
蓮馨寺の鐘伝説
むかしのお話です。川越の大火で蓮馨寺の堂宇伽藍は燃えてしまい、鐘楼にまで広がろうとしていました。その時です、ものすごい勢いで走ってきたお坊さんが鐘楼に駆け上り鐘をゴ〜ンゴ〜ンと乱打し始めました。周りは火の海で、人々は「早く逃げてください、もう火は消えません」と口々に叫びますがお坊さんはくじける様子も見せず、なお鐘を打ち続けました。その尊いお坊さんの姿に、火は恐れたのか、鐘楼にだけは燃え移りませんでした。それどころか除けて通るようでした。町は焼け野原となってしまいましたが、蓮馨寺の鐘楼だけはドッシリとそびえたっておりました。気が付くとお坊さんの姿は見当たりません。その後人々はあのお坊さんこそ呑龍様だったと知り、今更ながら呑龍様のありがたみがわかり、毎月八日の縁日にはにぎわったと言います。
 







2020/05/10 17:52:41|その他
喜多町広済寺の天狗伝説
川越の町がまだ蔵造りになる前の話です。
ちょっと火が出ますと軒並みに燃え広がりたちまち大火になって人々は困っていました。
喜多町には広済寺という古いお寺があり、この境内は古木が生い茂り、うっそうとしてい
ました。その中でもひときわ高い杉の老木があり、そこには天狗が住んでおりまして、いつも町を見守っていたそうです。
ある日のこと火の手が「パッ」とあがりあわや大火になろうとした時、天狗が老杉の上に大きな羽うちわを持って現れ、バッサバッサとあおぎ、風向きを考え火の手を町の外に出してしまいました。そして町を火災から守ったということです。
広済寺の門のところには、天狗の羽うちわが彫刻されています。
 







2020/05/10 17:47:41|その他
川越広済寺の「しゃぶきばばあと顎なし地蔵」伝説
川越の喜多町に広済寺という古い寺があります。この境内に「しゃぶきばばあ」という石仏があります。むかしの話ですが、喜多町に浪人が住んでいました。ある夜、家に帰ってみると部屋の中に石仏が置かれていた。不思議に思いつつ、あくる日、広済寺に納めました。寺を訪れた紺屋の娘がその石仏を見つけました。
娘は長く風邪を患っていて今日も神頼みに歩いている処でした。娘は「どうか私の風がはやく治りますように」と願をかけ、その証拠に荒縄でぐるぐる巻きにし、向こう百日間、毎朝日参することにしました。百日目にはすっかりよくなりました。娘はたいへん喜び、お礼にと「お茶と金平糖」を納めました。これが評判となり、百日咳や風邪で苦しんでいる人がやってきて、荒縄で巻きますので石が見えないくらいになりました。今も「しゃぶきばばあ」の石仏には大勢の方が訪れている様子は、お賽銭の多さで証明されています。
また、隣には「歯痛によくきく」と言われている、「あごなし地蔵尊」が仲良く並んでいます。(川越市教育委員会発行の川越の伝説より)