八十五銀行が発行した紙幣 明治6年7月に東京に国立の銀行が誕生した。12年11月までに全国で153の国立銀行が誕生。明治11年11月、県内唯一の85番目の国立銀行が川越に誕生した。 銀行設立の話が持ち上がったのは明治10年ころから、発起人は綾部利右衛門、黒須喜兵衛、横田五郎兵衛、小川五郎右衞門、山崎嘉七、西村半右衛門、沼田治兵衞など河越藩の御用商人の系統が多かった。11年3月設立願いを提出11月開業免状下附、12月南町の横田五郎兵衛の屋敷の一角を借りて開業という経過をたどった。 資本金は20万円、1株の額面は100円、株主層は川越の商人たちが最も多く、川越、松山の士族も多数参加したという。 紙幣発行は、資本金の80%、16万円が許された。5円紙幣2万2千400枚(112,000円)、1円紙幣4万8千枚(48,000円)となっている。 かくて、20年の営業期間を迎えた第85国立銀行は、明治31年私立第85銀行に改組された。改組された銀行は時を経て、昭和18年の一県一行主義の合同勧奨により、武州銀行、忍商業銀行、飯能銀行と合併し、名を埼玉銀行と改め、最近までこの名前は継続された。埼玉銀行も他の銀行と合併し、今や名前が薄れていくのは淋しい気持ちです。 *発行された1円紙幣には、黒須喜兵衛、山崎嘉七の名が確認できる。 (川越の歴史資料参考) |