≪小江戸川越のぶらり散歩(写心紀行)≫

私は小江戸川越市街地の北のはずれで生まれ, 以来ず〜とそこに住んでいる超高齢者です。
 
2020/06/16 10:26:02|その他
「カタツムリの寄生虫」 今日もまた「カタツムリの話です」
童謡『かたつむり』では、子どもがかたつむりに刺激を与える様子が出てきていますが、実はかたつむりを触るのは少々危険なのです。その理由は、かたつむりに寄生虫が棲息しているケースがあるからです。 危険な寄生虫がかたつむりに潜んでいると、触れただけで死にいたるようなこともゼロとは言いきれないのです。しっかり手を洗えば大丈夫という呼びかけもありますが、むやみやたらに触らないことが最大の安全策となりますので、とくに小さなお子さんがいる家庭では、かたつむりに興味本位で触らないようしっかり伝えておきましょう。
 
――カタツムリの目は切られても再生する
 カタツムリの目は触覚の先についていて、切られても再生しますこれだけでびっくりですが、もっとあぜんとする話をしましょう。
 じつは、オカモノアラガイというカタツムリの触覚には、ロイコクロリディウムという寄生虫がすんでいることがあります。
これに寄生されると触覚はふくらみ、緑・黄・赤の3色しまもようをつくり、「ノタクタト」うごめくのです。
 寄生虫の目的は、カタツムリの触覚をイモムシのように見せかけること。すると、鳥がまんまとかんちがいして、寄生虫もろとも触覚を食べてくれます。やがて鳥はそれを消化して、寄生虫入りのうんこをします。そのうんこをカタツムリが食べ、寄生虫は新たなカタツムリの体内にすみつくというわけ。この奇妙なサイクルは、地球のかたすみで永遠にくり返されています
この寄生虫に感染すると、鳥から身を隠すどころか、自ら鳥の目立つところに出るというからさらに驚きです。
この現象をユーチューブで」見ました。驚いています。
 
 







2020/06/15 10:22:02|その他
「でんでんむし」のかなしみ  
今回は新美南吉の「でんでんむしのかなしみ」についてご紹介します。
この作品に注目が集まったのは1998年。皇后美智子さまがインドのニューデリーで行われた国際児童図書評議会の基調講演でこの「でんでんむしのかなしみ」について触れたのです。
【基調講演抜粋 橋をかける子供時代の思い出】
まだ小さな子供であった時に、一匹のでんでん虫の話を聞かせてもらったことがありました。不確かな記憶ですので、今、恐らくはそのお話の元はこれではないかと思われる、新美南吉の「でんでん虫のかなしみ」にそってお話いたします。
そのでんでん虫は、ある日突然、自分の背中の殻に、悲しみが一杯つまっていることに気付き、友達を訪ね、もう生きていけないのではないか、と自分の背負っている不幸を話します。友達のでんでん虫は、それはあなただけではない、私の背中の殻にも、悲しみは一杯つまっている、と答えます。小さなでんでん虫は、別の友達、又別の友達と訪ねて行き、同じことを話すのですが、どの友達からも返ってくる答えは同じでした。そして、でんでん虫はやっと、悲しみは誰でも持っているのだ、ということに気付きます。自分だけではないのだ。私は、私の悲しみをこらえていかなければならない。
この話は、このでんでん虫がもう嘆くのをやめたところで終わっています。

あの頃、私は幾つくらいだったのでしょう。母や、母の父である祖父、叔父や叔母たちが本を読んだりお話をしてくれたのは、私が小学校の二年くらいまででしたから、四歳から七歳くらまでの間であったと思います。その頃、私はまだ大きな悲しみというものを知りませんでした。だからでしょう。最後になげくのをやめた、と知った時、簡単に「ああよかった」と思いました。それだけのことで、特にこの事につき、じっと思いをめぐらせたということでもなかったのです。
しかし、この話は、その後何度となく、思いがけない時に私の記憶に蘇って来ました。殻一杯になる程の悲しみということと、ある日突然そのことに気付き、もう生きていけないと思ったでんでん虫の不安とが、私の記憶に刻みこまれていたのでしょう。少し大きくなると、はじめて聞いた時のように、「ああよかった」だけでは済まされなくなりました。生きていくということは、楽なことではないのだという、何とはない不安を感じることもありました。それでも、私はこの話が決して嫌いではありませんでした。

初の民間出身の皇太子妃、そして皇后となった美智子様。
大変な重圧を背負いながら皇室と国民への献身を続けてこられた美智子様を支えたものの一つに、この「でんでん虫のかなしみ」があったのです。
 







2020/06/14 19:11:03|その他
「かたつむり」「でんでんむし」について A
 カタツムリはピンチになると、ピュッと殻の中に隠れてしまいます。敵の攻撃、暑さ・寒さ。たとえ逃げ足が遅くても、殻が守ってくれるから大丈夫!殻は専用の寝室でもあり、おやすみ中は乾燥を防ぐため入り口にフタも。これは「エピフラム」と呼ばれる膜で、足から分泌された粘液を塗り固めてつくっています。ちゃんと空気穴が開いているので、ひきこもっていても窒息する心配ナシ。   乾燥が激しいときや深く眠るときは、体を殻の奥に縮めて2重、3重に膜を張ります。休眠中のカタツムリが葉っぱの裏や枝から落ちないのは、このエピフラムで密着しているから。夏の眠りは浅めで、雨の日や涼しい時間を選んで膜を溶かして破り、エサをさがしにでかけたりもします。
 カタツムリの殻の表面には微細な溝があり、汚れにくくなっています。油性ペンで落書きしても、水をかければすぐ落ちてしまうほど。すばらしいですね!このしくみは、住宅の外壁や水回りなどに応用されているそうです。肌身離さず家を持ち歩いているカタツムリですから、人間以上にマイホームの美観にはこだわりがあるようです


 







2020/06/14 18:58:04|その他
「かたつむり」「でんでんむし」について
先日NHKの「チコちゃんに叱られる」という番組で、「かたつむりの(かた)とは」というテーマでした。早速調べてみました。
 
でんでん虫々 かたつむり、
お前の頭は どこにある。
角だせ槍(やり)だせ 頭だせ。
 

でんでん虫々 かたつむり、
お前の目玉は どこにある。
角だせ槍だせ 目玉出せ。
 
 日本語における名称としてはカタツムリの他に、デンデンムシマイマイ蝸牛(かぎゅう)などがある。語源については諸説がある。
カタツムリとは、笠つぶり説、潟つぶり説、片角振り説など諸説ある。「つぶり」は古語の「つび(海螺)」で巻貝を意味する
 
でんでんむしとは、子供たちが殻から出ろ出ろとはやし立てた「出ん出ん虫」(「出ん」は出ようの意)であるとの説がある
 
マイマイとは、デンデンムシと同様に子供たちが舞え舞えとはやし立てたことに由来するとの説がある
 
蝸牛とは、語源については動作や頭の角がウシを連想させたためとみる説がある
 
 







2020/06/14 11:46:45|その他
鴉山神社いわれ(川越仲町)
蔵造りの街として知られる川越の中心部、仲町には鴉山神社が鎮座する。
社記によると、長禄元年、鎌倉管領の命によって河越城築城の任にあたった太田道灌が、城の櫓より四方を眺めたところ南西を森がさえぎり、富士山が眺望出来ないために、これを伐採させたところ、森の中に石祠があり、「源家勝平 怨敵退散 子孫繁栄 大願成就 承安三年癸巳天四月一七日 河島武盛」と記した祈願文が発見された。道灌はこれを築城の吉兆としてここに仮宮を建て、次いで文明元年社殿を建立した。以来、代々城主の信仰厚く、松平斉典の養子斉省の奉納「鴉山祠」の額が現存している。
 神社は塚上にあり、烏が群棲していたことにより烏山稲荷と称するという。また、古くは周囲に塚が多く、中でも烏山が大きいので親塚稲荷とも呼ばれる。主祭神は倉稲魂命、配祀神は素盞嗚尊・誉田別命・天児屋根命・猿田彦命であり、享和元年の『三芳野名勝図会』には、既にこれら五座が見える。
 祀職は、「風土記稿」によると、当初は太田道真の子僧正国院清須を別当としたが、いつのころからか神主を置き、天和年間、再び別当寺を置き、これが常学院の祖であると載せているが、同院は今は存在しない。
(「埼玉の神社」より)