≪小江戸川越のぶらり散歩(写心紀行)≫

私は小江戸川越市街地の北のはずれで生まれ, 以来ず〜とそこに住んでいる超高齢者です。
 
2020/06/14 19:11:03|その他
「かたつむり」「でんでんむし」について A
 カタツムリはピンチになると、ピュッと殻の中に隠れてしまいます。敵の攻撃、暑さ・寒さ。たとえ逃げ足が遅くても、殻が守ってくれるから大丈夫!殻は専用の寝室でもあり、おやすみ中は乾燥を防ぐため入り口にフタも。これは「エピフラム」と呼ばれる膜で、足から分泌された粘液を塗り固めてつくっています。ちゃんと空気穴が開いているので、ひきこもっていても窒息する心配ナシ。   乾燥が激しいときや深く眠るときは、体を殻の奥に縮めて2重、3重に膜を張ります。休眠中のカタツムリが葉っぱの裏や枝から落ちないのは、このエピフラムで密着しているから。夏の眠りは浅めで、雨の日や涼しい時間を選んで膜を溶かして破り、エサをさがしにでかけたりもします。
 カタツムリの殻の表面には微細な溝があり、汚れにくくなっています。油性ペンで落書きしても、水をかければすぐ落ちてしまうほど。すばらしいですね!このしくみは、住宅の外壁や水回りなどに応用されているそうです。肌身離さず家を持ち歩いているカタツムリですから、人間以上にマイホームの美観にはこだわりがあるようです


 







2020/06/14 18:58:04|その他
「かたつむり」「でんでんむし」について
先日NHKの「チコちゃんに叱られる」という番組で、「かたつむりの(かた)とは」というテーマでした。早速調べてみました。
 
でんでん虫々 かたつむり、
お前の頭は どこにある。
角だせ槍(やり)だせ 頭だせ。
 

でんでん虫々 かたつむり、
お前の目玉は どこにある。
角だせ槍だせ 目玉出せ。
 
 日本語における名称としてはカタツムリの他に、デンデンムシマイマイ蝸牛(かぎゅう)などがある。語源については諸説がある。
カタツムリとは、笠つぶり説、潟つぶり説、片角振り説など諸説ある。「つぶり」は古語の「つび(海螺)」で巻貝を意味する
 
でんでんむしとは、子供たちが殻から出ろ出ろとはやし立てた「出ん出ん虫」(「出ん」は出ようの意)であるとの説がある
 
マイマイとは、デンデンムシと同様に子供たちが舞え舞えとはやし立てたことに由来するとの説がある
 
蝸牛とは、語源については動作や頭の角がウシを連想させたためとみる説がある
 
 







2020/06/14 11:46:45|その他
鴉山神社いわれ(川越仲町)
蔵造りの街として知られる川越の中心部、仲町には鴉山神社が鎮座する。
社記によると、長禄元年、鎌倉管領の命によって河越城築城の任にあたった太田道灌が、城の櫓より四方を眺めたところ南西を森がさえぎり、富士山が眺望出来ないために、これを伐採させたところ、森の中に石祠があり、「源家勝平 怨敵退散 子孫繁栄 大願成就 承安三年癸巳天四月一七日 河島武盛」と記した祈願文が発見された。道灌はこれを築城の吉兆としてここに仮宮を建て、次いで文明元年社殿を建立した。以来、代々城主の信仰厚く、松平斉典の養子斉省の奉納「鴉山祠」の額が現存している。
 神社は塚上にあり、烏が群棲していたことにより烏山稲荷と称するという。また、古くは周囲に塚が多く、中でも烏山が大きいので親塚稲荷とも呼ばれる。主祭神は倉稲魂命、配祀神は素盞嗚尊・誉田別命・天児屋根命・猿田彦命であり、享和元年の『三芳野名勝図会』には、既にこれら五座が見える。
 祀職は、「風土記稿」によると、当初は太田道真の子僧正国院清須を別当としたが、いつのころからか神主を置き、天和年間、再び別当寺を置き、これが常学院の祖であると載せているが、同院は今は存在しない。
(「埼玉の神社」より)
 







2020/06/13 20:27:05|その他
蟻の雨対策
 アリの巣は雨のとき、浸水してしまうことはないのか疑問でしたので蟻の生態について少し調べてみました。
 もともと、雨が降っても浸水しないような小高い場所にたくさんの部屋を作って生活しています。土の中に巣を作る理由としては、地面の中だと風が吹いても雨が降っても壊れにくいからだといわれています。気温の変化に弱いアリにとって、土の中は室温が一定で変わりづらいため過ごしやすいといえます。またアリはお尻からフェロモンを出すことができ、そのニオイで連絡を取り合えるため、真っ暗な巣の中でも生活に困ることはありません。大雨が降った場合は巣に水が入ってくることもあります。そんなとき、アリは雨の気配を感じると、巣穴の入り口に土をかぶせてふたをするのです。さらに巣穴の壁を固めて、水を通さないように工夫しています。巣の中の部屋は必ず横穴に形成されているため、水は下へ下へと流れ、横穴の部屋には被害が及ばない仕組みになっているのです。
 アリはとっても賢い生き物なのです。しかし、それでも完全に防水できるというわけではありません。雨が上がって水が引いてきたら、急いで傷んだ巣を補修するようです。
 巣の外に出てエサを探し、巣にもち帰るような仕事は危険が伴うため、比較的高齢なアリが担当することが多いようです。また、外敵が巣に侵入してきたなどの緊急時には「兵隊アリ」と呼ばれる大きなアゴをもったアリが応戦します。
 これから雨上がりなどにアリを見つけたときは、どんな行動をしているのか、何を運んでいるのかをじっと観察してみるのも面白いかもしれませんね。
 
 
 







2020/06/12 12:20:04|その他
童謡「とおりゃんせ」について C
 
「通りゃんせ」。その歌詞には、ちょっと不思議な言い回しがいくつも出てきます。
りゃんせ」「しゃんせ」などの「やんせ」という語尾は、もともとは近江地方(滋賀県)の方言だとも、薩摩地方(鹿児島県)の言葉だともいわれます。
「細道じゃ」の「じゃ」という語尾は、主に備前地方(岡山県)のものです。お国訛りがちゃんぽんになったようなこの歌詞から、「通りゃんせ」成り立ちの背景が見えてきます。
 江戸には全国諸藩の上屋敷(江戸藩邸)があり、各地からもたらされた方言が江戸の山の手言葉として形成されていったという歴史があり、江戸城下発祥である、と推測できます
 明暦年間(1655〜1658年)に江戸城の二の丸東照宮が川越城の南田郭門外に遷座されます。その際、三芳野神社の天神社の外宮を造営されている。「通りゃんせ」発祥の地としてもっとも流布されている。これが川越発祥の根拠ともいわれています。
 しかし、いろいろ調べていくうち、全国各地にこの童謡が定着していますし、全国津々浦々に1万2千社もある天神社と、それぞれの地域で無邪気に遊んだ子供たちこそがその発祥でる、とするのが正解なのではないでしょうか。