南国の浜辺近く、空には明るい月が照っていた。結ばれた後の二人は、仰向けに並んで寝ころび、月を眺めていた。 「わたしね、男の人とこうなったのは初めてなの。」 幸枝が静かに言う。 「わたし、今まで男の人は嫌いだったの。わたしの母は父とは正式に結婚していないの。早く言えばお妾さんなのよ。それでわたしがまだ小さい頃、時折やって来る父は母と寝るためだけだったわ。そんな父を見ていたわたしは男って本当に嫌らしいものだと思い込んでいたの。それに比べると、女は弱いしそんなところが好きなの。わたしは、同性愛の世界に入り込んで行ったの。新宿あたりに行くと、そんな女の子はすぐに見つかったわ。それに大学時代の女の子にも、けっこうレズの女の子がいたの。だからわたしは、男に興味を持ったことはなかった。むしろ嫌悪感を持っていたの。それを知っているから、父も母も、わたしがこんな航海に行くことを許してくれたのだわ。」 「・・・・・」 「でも、あなたとこうしてこの島で暮らすようになって、わたしの中に違うものが芽生えたの。男に対する興味のようなものを覚えたわ。あなたを見て、男の中にも素晴らしい人がいるんだってわかったの。」 「・・・・・」 俺は、黙って幸枝の話を聞いていた。 「あなたはわたしの命の恩人だわ。今回の遭難で助けてくれたと言うより、わたしを女として目覚めさせてくれた恩人という意味なの。今、改めてお礼を言うわ。」 「恩人だなんて言われるなんて思わなかったな。僕は、不器用な人間だし、それはともかくとして、ここを何とか脱出することを考えなければ・・・・・。」 「いいの、無理することはないわ。わたしは、ここで生まれ変わったの。ここでなら楽しく充実して過ごせるわ。ピーコもいるしね。」 「そうもいかないよ。近くを船でも通ってくれるといいのだが。」 「そうね。でも、無理をしなくていいのよ。気長に待ちましょう。」 俺は、沖を船が通ったときに見つけてくれるようにと、ヨットの帆を岬の突端に立てていた。 それから2週間ほどしたときである。海岸で魚釣りをしていた幸枝が俺の方に走って来ながら、沖の方を指差し、「ねえ、見て!」と大きな声で言った。沖を見ると、大きな貨物船が停泊していて、ボートがこっちにやって来ている。 「見つけてくれたんだ。僕達、帰れるんだ。」 「でも、わたし帰りたくないわ。」 幸枝の言葉に、俺は驚いた。 「何を言うんだ。こんなところで一生暮らすわけにはいかないよ。」 「でもわたし、ここで幸せを見つけたのよ。東京に戻ると、また元の生活に戻らなければならないわ。あんな欺瞞に満ちた生活に戻りたくはない。」 「君は東京に戻って元の生活に戻り、そこで新しい幸せを見つけるんだ。君ならきっと見つけられるよ。」 「嫌よ、帰りたくない。」 「我が儘を言うんじゃあない。」 俺が強い語調で言った。幸枝は、目に涙を浮かべている。 その間にも、ボートはどんどん近づいて来て、やがてエンジンの音が聞こえてきた。
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