男と女

「男と女」について、本当にあったことをエッセイに、夢や希望を小説にしてみました。 そして趣味の花の写真なども載せています。 何でもありのブログですが、良かったら覗いて行ってください。
 
CATEGORY:小説「砂の時計」

2011/12/23 4:08:54|小説「砂の時計」
砂の時計-20-(最終回)
  一気に自分の想いを告げて、香澄は少し気持ちが落ち着いた。まだ興奮は残っているのだが、言うべきことを言ったということが、香澄に落ち着きを与えたのである。
「僕がいけなかったのです。最初から自分の立場はわかっていました。なのに香澄さんを誘い出したりしました。そうしなければ、香澄さんをこんな目に遭わせることもなかったのです。」
チャンドラが、本当に申し訳なさそうに言った。
「いいえ、それは違います。私はチャンドラさんのお陰で、恋を、いいえ本当の愛を知ることができたのです。人を好きになることを知りました。もしチャンドラさんに会っていなければ、まだ人生について何も知らないままでいたでしょう。私は、チャンドラさんに逢えて、本当に良かったと思っています。」
「でも僕の心の中には、やはり疚しいところがあったのです。本当に愛していれば、最初から香澄さんをそんな目に遭わせるようなことをしてはいけないんだ。」
「もう、そんなことは言わないでください。私は、成長しました。チャンドラさんを好きになって苦しんだことで大きく成長したのです。心からお礼を言います。本当にありがとうございました。」
香澄は、チャンドラに向かって大きく頭を下げた。
  それからは、黙ったまま食事をし、ワインを飲んだ。気持ちの総てを話し合った、そんな気持ちだった。香澄もチャンドラも終始笑顔だった。多くを話さなくても気持ちは通じ合っていた。
  翌日は、快晴だった。デリーの空港には、チャンドラが見送りに来てくれた。ロビーで待つ間、二人は黙ってベンチに座っていた。昨日、お互いの想いは話し合った。今更、何も言わなくても、心は通じ合っていた。
  やがて搭乗の案内がアナウンスされた。チャンドラに促されて、香澄が立ち上がると、香澄の手荷物を持ってゲートまで送ってくれる。いよいよ香澄がゲートに入ろうとしたとき、チャンドラが手を差し伸べた。香澄も手を差し出す。二人は、目を見詰め合ったまま、固く手を握り合った。愛し合いながら、永遠の別れを告げる握手だった。
  ゲートを通過すると、香澄は後ろを振り向くことなく、そのまま飛行機の方に向かった。しばらくして飛行機は空港を離陸した。香澄は窓からターミナルの方を見たが、そこにチャンドラの姿を見つけることはできなかった。
  窓の外、インドの空は真っ青に晴れていた。

                                            -終り-






2011/12/22 9:47:37|小説「砂の時計」
砂の時計-19-
  そのレストランは静かな店だった。観光客を対象にしているらしくちょっと豪華で、料理はインド料理のみならず西洋の料理も置いてある。私は最後の想い出にとインド料理を頼んだ。
  チャンドラは終始、寡黙だった。元々多弁な方ではないが、なぜか香澄には悲しそうに見えた。香澄も、何を言っていいかわからずに黙っていた。
「明日は、帰ってしまうのですね。」
ポツリとチャンドラが言った。
「はい、帰ったら仕事がたくさん待っています。」
言った後で、香澄はなぜこんなことを言ってしまうのだろうと思った。他に話さなければならないこと、話したいことはたくさんあるはずだった。自分は、チャンドラと別れるべきだ、もう逢ってはいけないんだと、昨夜から何度考えたことか。しかし、今それをはっきり言うべきかと思うと、また悩んだ。そんなことはチャンドラがインドに帰る前にはっきりと言われていたのではないか。なのにこうしてインドに来たからには、それ以外に言うべきことがあるはずである。それが何なのか、まだ香澄にははっきりしていなかった。チャンドラも同じらしく、今日行った遺跡の話などをしていた。時間は刻々と過ぎて行った。
「ねえ、チャンドラさん・・・・」
「えっ、何?」
救われたようにチャンドラが香澄の顔を見た。
「私達のこと・・・」
チャンドラは、香澄の目を覗き込むようにして香澄の次の言葉を待っている。
「いい想い出になるといいですね。」
チャンドラは、半分ホッとしたような、半分がっかりしたような顔をしたように見えた。
「私が、これほどまでに男の人を好きになったのは初めてです。チャンドラさんのことを大好きです。以前、チャンドラさんは私のことを愛してくれているって言ってくれましたが、言葉は違っても私もチャンドラさんと同じ気持ちです。でも、チャンドラさんが言うように、お互いの幸せを願うのが本当の愛なのですね。」
「・・・・・」
チャンドラは、黙って香澄の話を聞いている。
「私、悩みました。チャンドラさんのことを考えると夜も眠れませんでした。好きで好きでたまらないのです。その気持ちは、今の今でも変わりません。」
香澄は、ゆっくりと話を続ける。
「しかし、愛とは相手の幸せを考えることだと言われた言葉もまた私の耳に強く残っています。私は明日帰ります。おそらく、しばらくインドに来ることはないでしょう。いえ、永遠にないかも知れません。日本に帰っても、チャンドラさんのことは一生忘れられないと思います。それほどまでに、チャンドラさんは私の
心の中に入り込んでしまいました。」
「・・・・・」
「しかし、それはいつか激しい愛から静かな愛に変わるのではないかと思います。それがいつ、どのように変わって行くのかは私にもわかりません。おそらく長い、長い時間が必要でしょう。でも、一生忘れないことだけは約束します。」
  そこまで言って、香澄は前に置かれたワインのグラスに口をつけた。

                                       -続く-






2011/12/21 6:01:41|小説「砂の時計」
砂の時計-18-
  その夜も、香澄はよく眠れなかった。
明日はチャンドラに会えるのだからいいではないかと思うのだが、なぜか不安のようなものが頭から離れない。それは最初の日にあったチャンドラの暗い表情のせいかもしれない。子供さんの病気、家庭を守らなければならないチャンドラの立場、それと自分の存在を併せて考えたとき、自分は一体何なのだろうと思う。今までは熱に浮かされたようにチャンドラに惹かれていた。最初に会社の人達と一緒に会って、さほど時間のかからないうちに二人きりで逢うようになり、まさに気持ちが燃え上がろうとしている矢先にチャンドラは急遽インドに帰ってしまった。香澄の心は、燃え上がったまま残された。しかし考えてみると、帰って行ったチャンドラには家庭がある。それも重い病気の子供を抱えた大変な家庭である。二人の間に、大きな立場の違いがあることに改めて気がついたのである。
  ようやく香澄がうとうとしたときには、南の国の夏の夜は明けかけていた。
  朝食を済ませ、念入りにお化粧をするのだが、睡眠不足の顔に化粧の乗りが良くない。時間をかけてやっと化粧を済ませ、チャンドラが来る時間を待った。
  チャンドラは約束の時間ぴったりにやって来た。
「今日は、デリーの郊外を案内しましょう。」
「ありがとうございます。お子さんは大丈夫なのですか?」
「はい、入院の手続きを終えましたので、後はお医者さんに任せるしかありません。」
「早く良くなるといいですね。」
「はい。」
そう返事はしたものの、チャンドラの声には明るさがなかった。チャンドラの血を引いた子供なら、見舞いに行ってあげたかったが、それもできない自分が悲しいと思った。
  車は、デリー郊外に向かって走っている。この日は、クトュブ・ミナール、フマユーン廟などに連れて行ってくれるという。
チャンドラは、その歴史的由来や逸話などを話してくれるのだが、前回のときのような元気がない。香澄は、子供のことが気になっているいるのかと心配したが、口には出せなかった。
  昼食は、クトュブ・ミナールの近くのレストランでとった。
チャンドラはインドや遺跡についての話はしてくれるのだが、二人のことについては触れようとしなかった。香澄もあえて言うべき言葉がなく、ただチャンドラの話を聞いているだけだった。
午後のドライブを終えて、夕方は、チャンドラとの最後の食事である。このときには、二人の気持ちを話し合わなければならない。香澄は何を話そうか、今後二人はどうなるのか、などと考えていたが、結論的なものは出なかった。
  夕方になり、デリーの町に戻ると、ホテルの近くのレストランで食事をすることにした。

                                         -続く-






2011/12/20 4:56:36|小説「砂の時計」
砂の時計-17-
  約束の時間にレストランのある2階に降りて行くと、大林は先に来て席で待っていた。
香澄の方を見ると、「こっち、こっち!」と言わんばかりに大きく手を振った。
「一緒に食事ができて嬉しいです。」
大林は、笑みを浮かべてそう言った。香澄は、チャンドラのこともあるし、静かに微笑みを返しただけだった。
「インドは、いい国です。まだ貧困がありますが、これから発展するでしょう。民族的にも優秀ですから。瀬川さんは、インドをどう思います?」
「いい国ですわ。でなければ、二度も来ません。」
無論、このとき香澄の頭の中では、インド・イコール・チャンドラだった。この国の歴史のことも良く知らないし、他に産業のことや文化のこともよく知らなかった。チャンドラがインドの総てだったのである。
  大林は、滔々と話を続けた。釈迦のこと、古い仏教のこと、日本との繋がりなど、本当に興味があればいい話なのだろうが、香澄にはさほど興味があるわけではない。
「大林さんは、恋をしたことってありますか?」
唐突に香澄が聞いた。
大林は、ちょっと驚いた様子だったが、答えた。
「いいえ、まだ身を焦がすような恋はしたことがありません。」
「そうですか・・・・」
「どうかしたのですか?瀬川さんは、恋をしているのですか?」
「ええ、まあ・・・」
「恋人は、東京にいるのですか?」
「いえ・・・」
「じゃあ、この国に?」
「はい。」
「じゃあ、恋人に会いに来たのですね。留学か、出張で来ているのですか?」
「いいえ。」
「何なんだろう・・・」
「この国の人なんです。」
「えっ?じゃあ、なぜ僕なんかと食事を?」
「ええ、いろいろありまして。」
「そうですか・・・」
大林は、ちょっとつまらなさそうな顔をした。
  食事は1時間ほどで終った。
大林の口数も少なくなったし、何よりもチャンドラから連絡が来ることになっていたので香澄も落ち着かなかったのである。
  部屋に戻って、しばらくするとチャンドラから電話があった。
「香澄さん、明後日は帰るのですね。幸い子供も無事に入院しました。明日は、一日時間が取れましたからゆっくりデリーの町を案内したいと思うのですが。」
「はい、よろしくお願いします。」
「じゃあ、9時に迎えに行きます。ロビーで待っていてください。」
「わかりました。」
約束ができるとホッとして、香澄はベッドに入った。

                                          -続く-






2011/12/19 10:04:28|小説「砂の時計」
砂の時計-16-
  その夜、香澄はあまり眠れなかった。旅の疲れはあるのだが眠れない。香澄は、これが時差のせいでないことがわかっていた。
  インドに来たことを半分後悔していた。時期というかタイミングが悪かったように思えた。もうちょっと早い時期にチャンドラに相談しておけば良かったのかも知れない。しかし、そうしていれば益々辛い日々を送らなければならないし、また思い立ったときに来なければずっと先延ばしになっていて、結局来れなかったかも知れない。そんなことを考えながら、やっと眠りに就いたときには2時を回っていた。
 翌日はいい天気だった。チャンドラに言われたとおりツアーのバスストップに行って、バスに乗り込む。日本人は、他に青年が一人、60歳を過ぎたくらいであろうか夫婦がいて、ガイドがついていた。青年はすぐに香澄に話し掛けて来た。
「どちらからお出でですか?」
「東京からです。」
「僕、大林と言います。」
「瀬川です。」
「僕も東京から来ました。学生で、夏休みを利用して来たんですよ。子供の頃から一度インドに来てみたいと思っていたんです。」
「そうですか。」
「この国は偉大です。インダス文明から始まって、元々優秀な民族なんですね。この人口がすごいですよね。最近では、IT関係の技術は他に負けていません。ただ残念なのは人口が多過ぎて貧富の差が大きいことです。しかし、これからは発展すると思いますよ。」
香澄は、一生懸命に話を続ける青年に、最初は聞き流していたが、次第に話しに引き込まれて行った。
「大学では、何を勉強なさっているんですか?」
「はい、哲学です。今時、就職もないような学科なのですが、僕は興味が深いんです。仏陀を生んだ国哲学を勉強するためにも一度来てみたかったのです。」
ガイドは、「そのとおりです。」と言いながら青年の話に頷いて、説明を始めた。
  その日のメニューは、デリー周辺の観光巡りだった。
前回来たときに見たところも含まれていたが、詳しい説明が聞けるのでまた新たな印象を受けた。コースを回っている間、ガイドの説明のとき以外は、ずっと青年がお喋りを続けていた。
性格的には一直線なのだろう、自分の思っていることをそのまま飾らずに話している。ある意味でチャンドラと共通点があるのかも知れない。
  観光も終る頃、大林が香澄を夕食に誘った。香澄は、一人で食事をしたくなかった。この日はチャンドラも用事で忙しくて香澄の相手はできない。一人の食事は、あまりに惨めなような気がした。幸い、大林のホテルも近いところにある。
結局、香澄の泊まっているホテルのレストランで一緒に夕食をとることにした。

                                          -続く-






[ 1 - 5 件 / 20 件中 ] NEXT >>