一気に自分の想いを告げて、香澄は少し気持ちが落ち着いた。まだ興奮は残っているのだが、言うべきことを言ったということが、香澄に落ち着きを与えたのである。 「僕がいけなかったのです。最初から自分の立場はわかっていました。なのに香澄さんを誘い出したりしました。そうしなければ、香澄さんをこんな目に遭わせることもなかったのです。」 チャンドラが、本当に申し訳なさそうに言った。 「いいえ、それは違います。私はチャンドラさんのお陰で、恋を、いいえ本当の愛を知ることができたのです。人を好きになることを知りました。もしチャンドラさんに会っていなければ、まだ人生について何も知らないままでいたでしょう。私は、チャンドラさんに逢えて、本当に良かったと思っています。」 「でも僕の心の中には、やはり疚しいところがあったのです。本当に愛していれば、最初から香澄さんをそんな目に遭わせるようなことをしてはいけないんだ。」 「もう、そんなことは言わないでください。私は、成長しました。チャンドラさんを好きになって苦しんだことで大きく成長したのです。心からお礼を言います。本当にありがとうございました。」 香澄は、チャンドラに向かって大きく頭を下げた。 それからは、黙ったまま食事をし、ワインを飲んだ。気持ちの総てを話し合った、そんな気持ちだった。香澄もチャンドラも終始笑顔だった。多くを話さなくても気持ちは通じ合っていた。 翌日は、快晴だった。デリーの空港には、チャンドラが見送りに来てくれた。ロビーで待つ間、二人は黙ってベンチに座っていた。昨日、お互いの想いは話し合った。今更、何も言わなくても、心は通じ合っていた。 やがて搭乗の案内がアナウンスされた。チャンドラに促されて、香澄が立ち上がると、香澄の手荷物を持ってゲートまで送ってくれる。いよいよ香澄がゲートに入ろうとしたとき、チャンドラが手を差し伸べた。香澄も手を差し出す。二人は、目を見詰め合ったまま、固く手を握り合った。愛し合いながら、永遠の別れを告げる握手だった。 ゲートを通過すると、香澄は後ろを振り向くことなく、そのまま飛行機の方に向かった。しばらくして飛行機は空港を離陸した。香澄は窓からターミナルの方を見たが、そこにチャンドラの姿を見つけることはできなかった。 窓の外、インドの空は真っ青に晴れていた。
-終り-
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