幽霊の郷-4-
「また話を聞かせてくれないか。」
光司は、そう言って店を出たが、これ以上こんな話は聞きたくないと思った。
帰り道、長く続く坂道を、自転車を押しながら歩いていると池に差し掛かった。池は、けっこう大きく、水草が繁っている。光司は、老婆の言ったここにたくさんの水子が捨てられたという話を思い出すと気味が悪くなった。家の近くの森の開けたところに来ると、裏山が見える。それまでは美しいと思って見ていたが、老婆の話を聞いてからは髑髏のように思えた。
一人でいると、老婆の気味の悪い話が思い出される。昼間、何かしているときは気が紛れて良かったが、夜はいけなかった。一人でテレビを見ていると、ときおり何かがギャーッと鳴く声や、フクロウのホー、ホーッと鳴く声が聞こえて来る。光司は、思わず濁り酒をコップに注ぐと一気に飲んだ。酒の力を借りて眠るしかなかった。老婆の話を聞いてから、ここに来たことを後悔したが、今更引っ越す金もなかった。ここだって無料で提供するとあったから来たのだった。不思議なのは誰があの広告を出したかだったが、もしかしたら前の住民がどこかにいて、彼が出したのではないかと思った。
7月の末になって、やっと梅雨が明けた。空は明るく晴れ、蝉が鳴き、あたりのススキが一斉に穂を出した。今までの長雨での陰鬱な気分も幾分明るくなった。川では山女魚や岩魚がよく釣れた。囲炉裏で塩焼きにして濁り酒を飲むと、美味しかった。畑では、茄子や胡瓜、トマトなどが食べ頃である。塩で揉んで、醤油と酒を入れて浅漬けにしたり煮付けにした。これも酒によく合った。
自給自足の一人暮らしは、けっこう忙しい。町であればスーパーやコンビニがあって便利だが、会社で上司のパワハラに遭っていたことを考えると、どっちが良いとは言えない。釣りや畑仕事は苦にならなかった。むしろ、自分が働いた分だけ成果があるので楽しかった。時間があると、木を切って、薪を作った。ガスがないので、風呂を焚くにしても飯を炊くにしても、薪は必要である。家の後ろが森なので、木には困らなかった。クヌギや樫の木もあるので、そのうち椎茸も作ってみたいと思った。
ある夕べのことである。光司が酒を飲んでいると、玄関の戸をどんどんと叩く音が聞こえた。
「お願いです。入れてください。お願いです。」
切羽詰まったような女の声である。光司は、飲みかけの酒を置くと、急いで立ち上がって玄関に出た。そこには、裾を乱した浴衣姿の若い女が立っていた。戸を開けると、女は中に掛け込んで来た。
「助けてください!」
女は、そう言って光司にしがみついた。
-続くー