夜の釣り友-15- 次の日の夕方、私は「友達と飲んでくる。」と言って、綾乃の家を訪ねて行った。綾乃は、私の好きな日本酒を用意して待っていてくれた。 飲みながらお喋りをした後で、私達はこの前のように愛し合った。私は、2、3日に一度の割で彼女の家を訪ねた。そんな日がしばらく続いた。彼女は、次第に愛の歓びを知っているようだった。女が愛の歓びを覚えて行くのを見るのは、男として大きな喜びだった。私は、次に彼女と逢うのを心待ちにしていた。 秋が深まり、瀬戸内にも木枯らしが吹くようになったある日、彼女を訪ねて行くと、彼女は不在だった。玄関のチャイムを押しても、反応がない。今までに、こんなことはなかった。私は、彼女が病気で倒れてでもいるのではないかと思い、玄関のドアを開けてみた。鍵はかかっておらず、中に入ってみたが、人のいる様子はなかった。ベッドルームや浴室を見たが、そこにも綾乃はいなかった。 仕方なく帰ろうとしたとき、テーブルの上に封筒があった。表には、「光岡様」と書かれていた。私は、急いで封を開けて読んだ。そこにはこう書かれていた。 「光岡様、私は自分の故郷の海へ帰ります。もう二度とお会いすることはないと思います。 私の正体は、シロギスです。私が、あなたに近付いたのは、姉の仇を討つためでした。最初のとき、あなたが釣り上げた大きなシロギスこそ、私の姉でした。彼女は、お腹に子供をかかえていました。そんな姉を釣り上げて殺したあなたが憎かったのです。私は、人間に姿を変えて貴方に近付いて寝首を掻くつもりでした。 しかし、接してみてあなたが優しい人であることがわかりました。ましてや愛し合うようになると、私はあなたを心から愛してしまいました。姉の仇であるあなたと、私の愛するあなた、ふたつの矛盾する心の間で私は悩みました。 あなたに抱かれながらも、常にこれではいけないと思い続けて来ました。部屋には、ナイフが隠してあって、何度あなたを刺そうと思ったことでしょう。しかし、できませんでした。 悩み悩んだ挙句、貴方を殺すことはできず、やはり帰らなければいけないと思いました。そしてこの結論に達したのです。 あなたが健康を保たれ、奥様と仲良くお過ごしくださることを心からお祈りしています。 優しい愛をありがとうございました。 綾乃」 私は、そうだったのかと愕然とした。 それから3日後、私は再度綾乃の家を訪ねたが、そこには家があった跡形もなく、ただ長い海岸の松林が続いているだけだった。 ―完― |